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ラグノとエミル

作者: 佐藤 桂
掲載日:2026/05/18

 エミルとラグノは双子だ。エミルが姉で、ラグノが弟。顔の見分けがつかないほどそっくりなので、エミルは髪を伸ばすことにした。


 エミルとラグノは10歳の誕生日の夜に、山奥に捨てられた。理由はわからない。両親の仲はもうずっと悪かったし、子供がいては、それぞれ新生活を始めようにもできなかったのではと思う。

 エミルとラグノも、両親の口喧嘩を毎日のように聞かされることにはうんざりしていた。だから、捨てられたことは悲しかったはずなのに、涙はでなかった。


 二人で鬱蒼とした木々の間を歩く。静かに月が、枝葉を白く、妖しくてらしていた。

「ラグノ、これからどうしたい?」

「うーん、したいというよりしなきゃいけないことが多いかな。まず、雨風がしのげるところが必要でしょ、食べ物の確保、獣に襲われることもあるからどう身を守るか…。誰か保護してくれる大人を探すのが一番かなあ」

「じゃあまずこの山を早く抜けて、人里を見つけて、住まわせてもらう、っていうのが理想的?」

「そうだね。まあ今はまず、寝られそうな場所を探そう」

 ふたりはそのあと、おあつらえ向きな大木の洞を見つけたので、そこで朝まで休むことにした。


 朝日が差し込んで、その眩しさに目を覚ましたのはラグノが先だった。

 二人がいた村はこの国の地図では東にあったので、太陽の向きから推測して、西に向かって歩いた。



「だめだ。迷った」

「のどが渇いたね」

 随分歩いたのに、川も人里も見つからない。山を歩く知識もない。空は葉で暗く覆われていて、地面からひんやりとした冷気すら感じる。時折、どこかで鳥が鳴いた。


「日が暮れてきた…」

 1日中歩いて、二人はへとへとだった。昨日のような大木の洞はもう見つけられず、二人は目についた大きな岩のそばに腰を下ろして背を預け、どちらともなく手をつないで瞼を閉じた。あきらめが心の大半を占めていた。




 夢を見た。

 まだ、両親の仲が良かったころ。家族で出かけたり、家でみんなでボードゲームをした。楽しいことがもっとあったはずなのに、思い出せない。10年のうち、悲しいことばっかりでもなかったんだ。でもしょうがない。ないものねだりはできない。これは神様が私たちに与えた試練だ、神様って本当にいるの、助けてくれないの?神様、神様お願い、

 ラグノ(エミル)だけでも助けて。

 エミル(ラグノ)だけでも助けて。



 頬を涙が伝う感触に、ラグノは目を覚ました。白い天井と、白い壁。清潔なシーツ。自分がもう山にいないことの驚きとともに、エミルを探す。

「エミル、エミル!?」

 ラグノはベッドからそろりと下りると、裸足に冷たい石の床を感じながら、ドアに向かった。そぉっと開けると、廊下が左右に続いている。正面にもドアがあった。ノックしてみたが、返事はなかったし、開かなかった。とりあえず窓があって、外の光がある方へ歩いていくと、大きな観音開きの扉があった。開けようとノブに手をかけたとき、向こう側から勢いよく扉が開いた。


「ああ、起きたんだね、気分はどう?」

 明るい表情の、30歳くらいの黒髪の女性が、片手に、おかゆと果物、水の入ったコップが載ったお盆を持って、立っていた。

「今、食事をもっていこうと思ったのよ」

「エミル、あの、一緒にいた姉はどこですか?ここはどこですか?」

「とりあえず、部屋に戻りましょう、話はそれからしましょう?私はメイ、ここは聖アメリア村の中央教会というところよ。あなたは村の人が山で見つけて、ここに運び込まれたのよ」

「姉は、」と言いかけてラグノは黙り込んだ。僕を見つけたとき姉はもしかしてもういなかった?強い不安にラグノはめまいを覚えた。


 最初にいた部屋に戻り、これまでの顛末を話すと、メイは言った。

「そう、それは大変辛かったわね!ここで良ければ住むといいわ。ここは孤児院も兼ねているの。教義があるから、まったくの自由、というわけにはいかないけれど、慣れてくればなんてことないわ」

「ここは聖アメリア教を信仰する村なんですか?」

「ええ、そうよ。この村に住む人はみんな信者ね」


 聖アメリア教については、両親が話していたのを聞いたことがあった。なんでも信仰している人はごく僅かで、見かけることはめったにない、とのことだった。


「姉さんを探しに行きたいんですが、」

「まずは体の調子を整えましょう?体内魔力がすごく消耗しているとお医者様が言っていたわ」

「魔力?僕に魔力があるんですか?」


 自分に魔力があるなんて、聞いたことはなかった。この国の人々は魔力を持たない。ここよりもっと北の国には持っている人達がいて、魔力を生活や国防に役立てているらしかったが、ラグノは夢物語のように思っていた。エミルのことは、村の人達も探してくれる、という言葉に感謝して、食事をとり終わったラグノはまた眠った。



「エミルさんがみつかったわ」

「姉が見つかった!?」

「そうなの、ここより大分北にいったところで、そこで「悪魔の樹」に取り込まれかけていると…」

 メイは沈痛な面持ちで続けた。

「悪魔の樹」とは北部を生息域とし、根で歩いて移動し、魔力のあるものを自分の幹に同化させながら、吸収する、という魔物の一種だ。

「きっとエミルさんもあなた同様、魔力を持っているのね」

「そんな…ぼくはどうしたら…」

「…ここから北西に言ったところに魔女が住んでいる、という話を聞いたわ。その魔女なら、助ける方法を知っているかもしれない」

「行きます。その魔女のところへ!教えてください!エミルを、姉さんを助けなきゃ」

「わかった、私も行くから、一緒に行きましょう」


 メイとラグノは村の人たちに心配されながらも、魔女の家を目指して村を出た。

 薄暗い木々の中を進み、崖際をあるいて、でこぼこした岩だらけの道をいき、日が沈みかけたころ、湖がある開けた場所へ出た。湖の真ん中に島があり、島には魔女の家らしき小屋が建っていた。どう渡ったものかと考えていると、一艘の小舟が音もなく岸へ近づいてきた。二人は魔女が寄こしてくれたものと信じ、その小舟に乗り込んだ。島につくと、小屋の扉が内側へ、二人を招くように開いた。



 小屋の中には、黒いローブを着た魔女が水晶珠を手にして待っていた。年齢も性別も見当もつかず、肌の色の白さだけが印象に残った。魔女が言った。

「代償が要る」

「なんでも、できることなら、姉を助けられるならなんでもします」

「私もそろそろ寿命で、後継を考えなくてはいけない。お前の魔力の器は大きい。後継としてここで修行できるか?姉はもう半分死にかけている。身体は助からない。魂はお前と融合できる。融合すれば器はもっと大きくなるだろう。」

 メイは青ざめた。「それは、助かるといえるのですか。人格はどうなるのでしょう」

「人格は、さてどうしようね?二重人格にすることもできるが、ややこしかろう。人格を統一するといえば、今までとは別人格のように思うだろうが、もともと双子。ずっと一緒に暮らしてきたからには考えも似ているだろうし、齟齬は生まれないだろう」

 メイとラグノは絶句した。なんだか色々無理な気がする。詰んでる気がする。

 ラグノは血の気がひいて、床に膝をついた。だがもう時間がない。ラグノは言った。

「二重人格でお願いします…。」

「ほう?それはどうして?」

「僕がいずれ!魔女として大成し!新しい魔法を創りだして!姉と僕がそれぞれに生きられる道を創ってみせます!!」

「ほうほう、いずれ身体を…ほうほうよう言うた!後継として申し分ない!ではそれで良いな!決まりだ!」

 次の瞬間、足元に魔法陣が広がりラグノは光に包まれたのだった。



「あのう、ラグノはいつ頃目が覚めますか?」

「ふむ、あと半日は眠っているだろうね」

 メイは心配そうに、小屋の中のベッドに眠るラグノを見やる。ラグノの見た目は、すでに魔女と同じように、子供なのはわかるのだが中性的で、肌が抜けるように白くなっていた。そして、メイは魔女に言った。

「あの、後継として修業する間、私もラグノと一緒に住まわせて下さい。この子たちはまだ親代わりになる大人が必要な年齢です。保護者として見守ってやりたいんです」

「ふうん…良いだろう。あんたみたいのがいるなら、世の中まだまだ捨てたものではないね…」


 こうしてラグノとエミルは、幸せになるための道を歩み出したのだった。












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