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時間転送物の辿る道

挿絵(By みてみん)


<火曜日>

 あくる日、時間通りに合流した二人は、アミカナの希望で、海際の博物館を訪れていた。平日午前中の博物館は人もまばらだった。時々、普段見ることのない彼女の容姿に、老人から無遠慮な視線が向けられていた。

「この街は、戦国時代の遺物が多いのね……」

 薄暗い展示室の鎧や刀を眺めながら、彼女は言った。

「まあね、当時は戦略的に重要な位置にあったらしいから……」

 何気なく答えたが、彼は、日本史にはまあまあ造詣が深いと自負していた。

 やがて、極彩色の大皿の前のソファに、二人は腰を下ろした。

「戦国時代にも、時間転送したことはあるの?」

 ふと思い付いて、彼は尋ねた。彼女ではなくても、実際の戦国武将、例えば、水野勝成に会ったことのある同僚がいるのなら、勝成が本当はどんな人物だったのかを聞いてみたいと思ったのだ。

「ないわ」

 彼女は即座に答えた。

「私達は歴史を管理する側だから、改変する側が興味を示さないところには行く必要がないの。日本の戦国時代には、特に世界を変えるような要素はないんだと思うわ」

 ……世界を変えるような要素はない……彼は肩を落とした。まあ、確かに、日本の中で覇権を争っていただけで、世界からは殆ど孤立していたわけだが……

 彼の失望ぶりが伝わったのだろう。慰めるように彼女は言葉を付け足した。

「まあ、小物を送って、微妙な改変には成功しているかも知れないけどね」

「成功している?」

「ええ」

「君たちが、阻止できない場合もあるってこと?」

「まあ、そうね」

 彼女は肩をすくめた。

「質量の小さい時間転送物にはなかなか対応できないの」

「どういうこと?」

「言ったでしょ? 皿が極々小さかったら、流れは一瞬でそれを迂回して、微妙に違う歴史が定着する。私のようなエージェントが干渉する暇がない」

 そう言われて、彼は、数百年前に作られた目の前の皿に目をやった。

「そうなんだ……」

「……ただ、それをしたところで、改変を自在にコントロールできるとは思えないけどね……」

 彼女も皿を見る。

 過去に送られた小物……不意に思い当たることがあって、彼は思わず彼女を見た。

「じゃあ! じゃあ、オーパーツとかも、未来から転送されたもの? 『聖徳太子の地球儀』とか。あの、飛鳥時代の物なのに、南北アメリカや南極大陸まで刻まれているヤツ!」

 彼女は反射的に身を引く。

「オーパーツ? あー、あれは多分違うと思う」

「何で?」

「時間が迂回し切れば、転送された物体は……」

 ほんの一瞬間があった。

「……消えてなくなるそうだから……」

「消えて……なくなる?」

「そう。私も直接見たことはないけど、実験動画では、一瞬光って跡形もなく消えたわ……」

「何で?」

「さあ、私達にも分からないことはあるわ。世界が時間的ノイズを排除するための仕組みと言う人もいる。対消滅にも似てるけど、全くエネルギーが生じないから、きっと違うのよね……」

 その後も、彼女は消滅する原因についていくつか候補を上げていたが、志音の耳には入っていなかった。光って、跡形もなく消える……?

「アミカナ?」

 志音は彼女の言葉を遮った。

「……実は、一昨日、植え込みの中で妙なものを見つけたんだ。掌に乗るぐらいの、黒いドーナツのようなリングに、九つの赤い目が付いていて……。そいつからは、ある緯度・経度を機械的に読み上げる声が繰り返し流れていた……」

 浮き彫りになった奇怪な目が、たった今見たように思い出される。

「僕が見ていると、そいつは急に光って、跡形もなく消えた。本当に、跡形もなくだ。一瞬、幻を見たのかと……」

 彼女は眼を見開いた。顔色が青ざめていくように見えた。

「……で、その緯度・経度がどこかは分かるの?」

「ああ、僕がよく行く公園に、どういう由来か分からないけど、その地点の緯度・経度を記した碑があってさ……」

「……まさか?……」

「そう、それが、あの巨大な銀色の球体が出現した公園なんだ……」

 彼女の唇は震えていた。目を閉じるとゆっくりと息を吐く。その息も震えているように、志音には思えた。

「……なんてこと……」

 そう言うと、彼女は先程までとは全く別人の鋭い目つきで志音を見る。

「……それは座天使スローン。メタクニームのシンボルよ」

 そして彼女は天を仰いだ。

「既に何か仕掛けられている!」

「……どういうこと?」

 ピンと来ない顔の彼を、彼女は睨んだ。

「未来から送られてきた何かが、ある緯度・経度を告げた後、光って消えた。それをあなたが覚えているということは、時の流れがそいつを迂回し切ったってこと! 歴史が改変されたのよ!」

「改変って……一体それで何が変わったのさ?」

 彼が言い終わるのを待たずに、彼女は自身の鼻先に人差し指を当てて考え込んだ。

「事前情報に、スローンの話はなかったわ……。どうなっているの?……。本来、あなたはそんなものを見てはいないはず。だとしたら、奴ら一体何を……」

 彼女は床の一点を見つめ、そこから極めてゆっくりと彼の顔に視線を移した。

「……あなた、そこに行ったわね?」

 詰問するような低い声で、彼女は言った。

「あの球体が出現する瞬間を見たんじゃない? 自分が知っている緯度・経度を言われたんだもの。そこに何かあるのか、確かめたくなる。そうでしょう?」

 そう言われて、彼は思い出したくないものを思い出してしまった。全てのものが輪郭を失うような凄まじい閃光と、肌を切り裂くように吹き荒れる砂塵、大気が電化する鼻を衝くような異臭、そして、耳をつんざくような叫び――いや、歌か?

 余りの鮮明さに、彼は口元を押さえた。鼓動が不規則に脈打ち、冷や汗が吹き上がる。

 彼の様子の変化に気付いた彼女だったが、特に表情を変えることはなかった。急に立ち上がる。

「あの球体、もっと詳しく観察するわよ!」

 そのまま展示室を飛び出そうとする彼女の腕を、志音は咄嗟に引いた。引き留めるつもりだったが、しかし、体勢を崩したのは彼の方だった。

「無理だよ! 非常線が張られてるのは、昨日見ただろ? あれより中には行けない!」

 よろめきながら言う彼に、彼女は微笑んだ。

「観測点なら探してあるわ」

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