エピローグ
<少しだけ未来>
志音はサラリーマンになっていた。航空機用のワイヤーハーネス――要は電線の束――を製造する会社に入社し、工程作業の自動化に努めている。飛行機にギリギリ関係のある会社だった。意外にも、編物のシミュレーションをしていた時の知識が役に立つこともあった。毛糸も電線も、結局のところは紐だからだ。色々と思うようにならないことは日々起きるが、それでも、この電線束が巨大なフラップを動かしているのだ、と考えると、少しだけ――まあ、ほんの少しだけ、心が満たされる気がした。
ある朝、出勤のため、駅へと向かう途中で、青白い稲妻を見たような気がして、志音は思わず足を止めた。
駅前にある時計の柱の前に、一人の女性が立っていた。
ラピスラズリのように青く輝く瞳。艶やかな漆黒のロングヘア。ハーフなのか、日本人にしては高い鼻筋に、まるで陶器のように白く透き通る肌。そして、すらりと伸びた四肢は、光沢のある黒いボディスーツに包まれている。そのタイトなスーツは、凹凸のある彼女の滑らかなボディラインをくっきりと描き出していた。朝から感情の失せた顔で駅に向かうサラリーマンの集団の中で、彼女の瞳は、真っ直ぐ彼を見つめていた。志音は彼女から目が離せなかった。美しさに目を奪われたことは否定できなかったが、何かもっとこう、心の中で何かが弾けたような気がした。旧友に再会した時の喜びのような……。
やがて、かかとを鳴らしながら、彼女は彼へと近づいてきた。志音は身動きすることができなかった。
「……あなたがいいわ……」
微かに呟くと、彼女は微笑んだ。それは、雲間から陽の光が差し込んだかのようであった。
「こんにちは。私はアミカナ=デフォルマ。あなたにとっては遥か未来からやって来た、歴史改変阻止者よ。あなたにエスコートをお願いしたいの」
穏やかな口調でそこまで言って、彼女はいぶかしんだ。
「……どうして泣いているの?」
我に返って、志音は自分の頬に手をやる。彼は涙を流していた。
「……分からない。どうして泣いているのか……」
戸惑う彼の濡れた頬にそっと手を添えると、彼女は再び微笑んだ。青い瞳が揺らぐ光を湛え、やがてそれは涙となって零れ落ちた。
「知ってる? 私、今度はちゃんと泣けるのよ……」
(完)




