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どうして!

挿絵(By みてみん)


 突然、地の底から湧き上がるような、幾重にも重なる機械音が響き出して、二人は振り返った。遠くから、赤い目が点々と光る。それは、圧倒的な数となって、暗闇を埋め尽くした。二人は息を飲んだ。急いでわずかな物陰に隠れる。

「……こいつはヤバいね……」

 平静を装いながら、志音の顔は引きつっていた。彼女は、そんな彼の横顔を見つめた。

 ……これ以上は無理だわ……

 不意に彼にすがりつくと、彼女は眉根を寄せて、切なげな表情を作った。

「……志音、これで最後かも知れないから……」

 青い瞳で彼を見つめる。

「……キスして……」

 ゆっくりと瞼を閉じる。唇を近づけた。

 ……さようなら、志音……

 それが再び重ねられる直前、彼は彼女の口元を手で覆った。驚いて彼女は目を見開いた。

「……それはフェアじゃない……」

 彼は苦笑する。

「……麻酔ガス、だろ?……」

 驚いて彼女は身を引いた。どうして分かったの?……

「例え何一つ覚えていられなくても、僕は最後まで見届けたい……」

 彼の宣言に、アミカナは目を瞠った。

 やがて苦笑すると、諭すようにゆっくりと言う。

「私には任務がある。私がやるしかない。でも、あなたは巻き込まれただけ。命まで賭ける必要はない……」

 そうでしょう?と確認するように、彼女は首を傾げた。

 彼を庇いながら、これだけの蜘蛛を相手にするのは至難の技だ。彼がここで眠っていてくれるなら、後は何とか……

「……君の意志は分かった……」

 暫くの沈黙の後、彼は無理矢理笑顔を作った。

「……でも、僕から、選択の権利を奪わないで欲しい……」

 忍び寄る恐怖に怯えながら、それでも真剣なまなざしで彼は言った。

 彼女はハッとした。……選択の権利……それは、ラキシス機関が第一に優先するもの……

 ……それがあなたの意志なのね……

 彼女は俯くと長い息をついた。

「……そうね。ごめんなさい……」

 顔を上げた彼女はアトロポスを手渡した。

「失くしたら大変だから、預かっておいて」

 スイッチを切り替える。

「銃弾モードにしてある。万が一の時のお守り」

 彼女は彼の肩に手を置いた。

「『ひれ伏さぬ民は等しくアラクネの牙の露と消えるであろう』……あいつらは、動くものだけに反応する。じっとしていれば、きっと大丈夫よ」

 そう言うと、彼女は優しく微笑む。

「すぐ戻って来るわ。私、強いから」

 彼の頬にキスをした彼女は、背中の刀を二本とも引き抜くと、赤い光が渦巻く闇の中へと突進していった。

まずは蜘蛛どもをなるべく志音から引き離す!……その後は……

「……なるようにしかならないわね……」

 彼女は呟いた。


* * *


 強がってはみたものの、志音の膝の震えは止まらなかった。周囲の物音に過敏になる。遠くからは、激しい金属音が絶え間なく聞こえていた。彼女が蜘蛛を切り裂く音だ。

 僕がもっと強かったら、彼女を助けられるかも知れないのに……

 託されたアトロポスを力なく構えて、壁によりかかった彼は喘いでいた。

 ……なんで、僕はこんなにも弱いんだ……

 天を仰ぐ。

 彼女の言葉が思い返される。

『二度とないからこそ、選択は尊いの。何度もやり直せるのなら、何かを選択しようとする意志に意味はない……』

 ……そうだ。僕は一体どうしたいんだ?……

『世界を変えていいのは、あなたの意志だけなの……』

 僕は、彼女を助けたい!

 その意志のために、僕は選択する。二度と戻らない時間の中で……

 弱いから助けられないんじゃない。僕は彼女を助けたいんだ! だから強くなる! 強くなるしか、彼女を助けられないんだ!

 ……自動攻撃機は、アトロポスを原子崩壊モードで立ち上げた時に反応する……

 百貨店の屋上での出来事を思い出した。そして、彼女が触れたスイッチも覚えている。

 彼は、彼女が去った方向とは反対に走り出し、球体の陰へと回った。少し距離を取ってから、振り返ってアトロポスを構える。

 彼は、アトロポスを原子崩壊モードで起動した。重低音が響き始める。

「……さあ、来いよ……」

 震えながら、それでも微笑んで彼は呟いた。

 遠くに聞こえていた機械音が一瞬止み、そして次第に大きくなる。土砂に埋もれていない球体の右下の円弧の向こうに、赤い目が点々と光り出す。

「そう……そっからしか来れないよな……」

 彼は銃口をその円弧に向けた。唸りの周波数が上がっていく。一番前を走る蜘蛛の赤い三つ目がグルグル回っていた。発射音が響き、耳元を針がかすめる。

 ……まだまだ!……

 迫りくる蜘蛛の足が跳ね上げる砂が、頬に当たった。

「よ~し、全部食われちまえ!」

 彼は引き金を引いた。


* * *


 絶えず彼女に襲い掛かっていた蜘蛛の集団が、急に動きを止めた。仲間の死骸を蹴飛ばしながら、慌てたように闇の中に消えていく。

 アミカナは、先端の折れた刀を地面に突き刺して、ふらふらと立ち上がった。あちこちの人工皮膚が切り裂かれ、銀色のフレームが覗いている。

「……何?……急に?……」

 何故、攻撃を止めたのだろうか?……

 ……志音、あなたまさか!……

 最悪の状況に気付いて、彼女は青ざめた。蜘蛛を引き付けるために、彼は……

 ……原子崩壊モードで起動したのね!……

 呟くより早く、彼女は彼に向かって駆け出していた。

 その時、行く手に巨大な緑色の閃光が見えた。前から瓦礫交じりの突風を浴びた彼女は、続いて、消失点に吹き込む後ろからの風に体を煽られた。

 球体は、四分の一余りが吹き飛んで――いや、正確には齧り取られていた。彼が十分引き付けて撃ったのか、残っている蜘蛛はわずかだった。それらを背後から切り裂きながら、彼女は彼の下へと走る。

 そこで、衝撃の事態に、アミカナは思わず立ち竦んだ。アトロポスを手にした志音の腹部に、蜘蛛の針が深々と突き刺さり、それが彼を壁に磔にしていた。

「志音?!」

 叫んで駆け出した彼女だったが、量子頭脳からの信号の激しい乱れに、三歩も走らぬうちに足がもつれ、膝を付いた。それでも、刀を投げ捨て、四つん這いのまま彼の下へと擦り寄る。

 彼は薄目を開けて彼女に微笑んだ。

「なんてこと!」

 彼にすがるように針の刺さる傷口まで手を上げるが、そこからどうにもすることができず、ただただ指先を震わせた。

「……僕は大丈夫だ……そんなに痛くないし……」

「大丈夫なわけないでしょ!」

 彼女は取り乱して叫ぶ。

 どうしよう……どうしよう……どうしよう……

 何も考えられない。息が激しく乱れる。

「……針を引き抜いてくれ。君と一緒にメシアを倒しに行かなきゃ……」

「抜いたらダメよ! 血が……」

 その時だった。

 彼女の青い瞳が大きく見開かれた。

 ……何?……

 呼吸が止まる。

 世界がぐるぐると回るような感覚に襲われて、思わず尻もちをつくと、そのまま後ずさる。

 ……何なの?……

 苦しいのに、息ができない。気が狂っていくような気がした。両手でゆっくりと頭を抱える。頭の中に指を突っ込んで搔きむしりたい。

 ……何なのよ?……

 突然、弾けたように志音へと近づいた彼女は、彼の腹に刺さった針を渾身の力を込めて一気に引き抜いた。勢いでそれを後ろに投げ捨てる。転がっていく金属音の中、彼は磔から解放されてその場にくず折れた。その彼の腹の傷口からは血が流れ出すことはなく、代わりに中で小さな紫色の火花が弾けていた。

「……嘘でしょ?……どうして……」

 全身の震えが止まらない。脳が理解することを拒絶している。

 志音も、アミカナと同じアンドロイドだった……


* * *


 自分の腹の傷口から覗く火花に、彼は微笑んだ。

「……そんな気はしてた……」

 衝撃の事実を知っても、志音は取り乱さなかった。

「……あの蜘蛛達は、僕を捕まえて、球体の中に引き込んだんだ……。そして、多分僕は複製され、機械の方は球体の外に捨てられた。きっと、失踪人の捜索のような厄介事を避けるためだ……」

 天を仰ぐと、彼は顔を歪めた。

「だから……メシアは僕だ。いや、僕のオリジナルだ」

 何を言っているのか、アミカナには分からなかった。志音がアンドロイド……志音がアンドロイド……

「どうして……」

 彼女は呟いた。

「どうして!」

 声を張り上げる。

「どうして! どうして!」

 泣けない彼女には、髪を振り乱して叫ぶしか術がなかった。

「どうしてあなたがアンドロイドに!」

 嘆きの声が漏れる。

「……あなたなら、あなたなら……」

 そういうと、苦悶に歪む表情で、彼女は彼の頬に手を添えた。

「もしかしたら、私のことを覚えていてくれると思ったのに……例え、偽時間の中での出来事が何一つなかったことになったとしても……あの花言葉が名前の由来のあなたなら……何でも覚えられるあなたなら……。それが、私のほんの小さな希望だったのに……」

 俯いて歯を食いしばる。

 そう、球体を破壊して、全てが巻き戻ったとしても、志音なら、彼女のことを微かにでも覚えていてくれるのではないか……そう思っていた。科学的根拠はない。それは祈りに近かった。しかし、偽時間の中で過ごした彼はオリジナルではない。未来から転送されたアンドロイドだ。アンドロイドが消え去れば、彼女との記憶は完全に失われる。オリジナルが見聞きした訳ではないのだから、オリジナルが覚えているはずがないのだ。そして、任務遂行のため、未来から転送されたものは、偽時間の間に全て粉砕する必要があった。

「……どうして、あなたは……私が消し去るべき存在になってしまっているの……」

 深すぎる絶望の淵に突き落とされた彼女は、すがるように彼を見つめた。

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