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『境界線の夜明け』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第七章 再会



目を開けた瞬間、眩しい白い光が刺さった。

どこかの病院のような天井。

薬品と消毒液の混じった匂い。


身体が重い。手足は拘束こそされていないが、点滴が腕に繋がっていた。

(……ここは、どこや?)


扉が開き、看護服を着た女性が入ってきた。

彼女はにこりと笑い、淡々と告げた。

「目が覚めましたか。頭を強く打って、一晩眠っていました」


「ここ、病院ですか?」

「“青葉医療センター”です。あなたは警察の方に保護されたそうですよ」


青葉医療センター——。

名古屋市郊外にある、精神科病院だった。


直人の頭の奥で、鈍い痛みが広がる。

記憶が断片的に浮かんでは消える。

——港の倉庫。

——殴られた衝撃。

——“生活保護者風情が”という声。


意識が戻るにつれ、呼吸が荒くなる。

(美咲は? 桐島は? あのデータは……)


看護師が気づき、そっと肩に触れた。

「落ち着いてください。今はまだ安静に」


その瞬間——耳の奥で声がした。


「落ち着くな。思い出せ。お前はここに閉じ込められている。」


頭の中に響く声。

誰の声でもない。けれど、どこかで聞いたことがあるような……。


(またや……)

幻聴は以前からあった。

焦燥、混乱、孤独が重なった時、必ず“何か”が話しかけてくる。


だが今回は違った。

その声が、まるで現実を導くように“指示”を与えてくるのだ。


「廊下の奥に桐島がいる。信じろ。」


思わずベッドから身を起こす。

頭がクラクラするが、体は勝手に動いていた。


ナースステーションをすり抜け、薄暗い廊下を進む。

消灯時間を過ぎた病棟は静まり返り、遠くで機械の電子音が規則正しく鳴っている。


——そして。

非常口の先にある小さな休憩室。

そこに、ひとりの女性が座っていた。


白いカーディガンに黒いスカート。

薄い笑みを浮かべたその顔を、直人はすぐに思い出した。


「……桐島さん?」


彼女は微かに頷いた。

だが、以前の“希望の灯”の理事としての穏やかな雰囲気は、もうなかった。

目の下には深い隈があり、頬がこけ、声も低く震えていた。


「久しぶりね、直人さん。あなたが生きてて……本当に、よかった」


「美咲は……どこに?」


桐島はしばらく沈黙し、窓の外の闇を見つめた。

「彼女は——消されたの」


直人の心臓が止まりかけた。


「“希望の灯”はもう終わりよ。あの組織は、政治家と業者の金洗いの道具に成り下がった。

 私も最初は“理想”を信じていた。でも、利用された。あなたも、ね」


「俺が……?」


「そう。あなたの“障害者手帳”の情報は、補助金の申請に使われてた。

 あなたが働けば働くほど、彼らの懐に金が入る仕組み。——その証拠を、あなたが見つけた」


直人の視界がぐらりと揺れる。

頭の奥がざわざわと騒がしい。

また、あの声が聞こえてきた。


「信じるな。女はお前を再び利用する。」


思わず耳を塞ぐが、声は止まらない。

桐島が眉をひそめる。


「どうしたの?」

「……いや、なんでもない」


(違う。俺は騙されない。今度は、俺がこの真実を暴く。)


その決意の裏側で、脳の奥が熱くなるような感覚。

音が光に変わり、光が記憶を照らし出す。

断片的な映像——港の倉庫、データの中の名前、桐島の笑顔、北山の冷たい目。


それらが一瞬にして“線”で結ばれた。


「……そうか。北山は、まだ動いてるんやな」

「ええ。彼は“村瀬議員”の金庫番。私も今、命を狙われてる」


「じゃあ、逃げるんやなくて、戦おう」


桐島が息を呑んだ。

直人の目には、これまでにない光が宿っていた。


恐怖ではなく、使命感。

彼を長年縛りつけてきた“病”が、今や異なる形で機能し始めていた。

——彼の脳は、誰よりも正確に“異常”を感知できる。

——音、匂い、表情の揺らぎを、まるでセンサーのように拾い上げる。


幻聴ではなく、“違和感”の翻訳装置。


それが、彼を真実へと導く“能力”となっていった。


桐島はゆっくりと立ち上がり、直人に小さなメモを渡した。


「明日、午前二時。中村区の旧印刷工場で。——すべてを話す」


そう言い残して、彼女は非常口から姿を消した。


残された直人は、薄闇の中で独りごちた。


「……俺は、もう“被害者”やない。」


病室に戻る途中、再び声が響いた。


「その通りだ。だが、真実はお前だけでは掴めない。」


直人は立ち止まり、静かに微笑んだ。


「だったら——この“声”ごと、使いこなしてやる。」


そして、夜が再び、動き始めた。

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