表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『境界線の夜明け』  作者: キロヒカ.オツマ―


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

4/43

第四章 告発の囁き



一月の風は、骨の芯まで冷たかった。

朝の倉庫は相変わらず薄暗く、蛍光灯がチカチカと点滅している。

直人はいつものように古紙を束ね、金属くずを分別していた。

手袋の隙間から、指先がしびれる。


「加瀬さん、ちょっと、これ運んで」


北山の声が背後から飛ぶ。

威圧的でも怒鳴るでもない。だが、その一言で空気が凍る。

他の作業員たちは一斉に黙り、言葉を飲み込む。


その日、作業が終わるころ、若い女性が倉庫に入ってきた。

白いマスクに黒いダウン。細身の体に、少し疲れた目をしている。

「桐島さんから伝票取りに来ました」と北山に声をかける。


直人はその姿を見て、どこかで見覚えがある気がした。

そうだ、説明会の受付にいた女性だ。

そのときは控えめに名簿を配っていたが、今は別の表情をしている。


彼女の名前は早瀬麻衣はやせ まい

二十代後半、NPO「希望の灯」の職員だという。


仕事が終わり、直人が倉庫を出ようとした時だった。

背後から小さな声がした。


「……加瀬さんですよね? 少し、お話いいですか」


振り返ると、麻衣がそこに立っていた。

あたりを見回しながら、彼女は低い声で言った。


「ここでは話せません。近くの公園まで、少しだけ」


***


公園のベンチ。

吐く息が白く漂う中、麻衣は紙コップのコーヒーを手にしていた。

周囲には誰もいない。


「私、あのNPOで事務をしています。

 桐島さんや北山さんが、どんなふうに“お金”を動かしてるかも、だいたい知ってます」


「お金……って、あの支援物資のことか?」


「そう。寄付金も含めて、全部グレー。

 本当の目的は“生活保護受給者の口座”なんです。

 あなたたちの名義を使って、口座を動かしてる。たぶんマネーロンダリングに近い形」


直人は、理解が追いつかなかった。

自分の口座は福祉課に報告している。残高も常に確認されている。

——そんなこと、本当にできるのか。


「桐島さんは行政にも顔が利きます。だから、役所も見て見ぬふりです。

 でも……限界なんです。誰かが声を上げないと、もっと多くの人が利用される」


麻衣の声は震えていた。

彼女もまた、内部で葛藤しているのが分かった。


「お願いです。加瀬さん、あなたにしか頼めない。

 あなたの名前が使われてる口座、確認してもらえませんか?」


「……俺にしか、って?」


「あなたは、まだ“信じてる”から。桐島さんのことを」


その言葉に、直人の胸がずきりと痛んだ。

信じる——その言葉が、何より重たく響いた。

自分は、ただ誰かに“必要とされたい”だけだったのだ。


麻衣は小さな封筒を差し出した。

中には銀行名と支店名、そして一つの口座番号が書かれていた。


「この口座、あなたの名前になってます。

 でも、出入金記録を見る限り、あなたの知らない金が動いている」


直人は封筒を見つめた。

手が震えた。

まるで、その紙の中に“自分の過去の全て”が詰まっているかのように。


「……俺、どうすればいいんですか」


「まず、確かめましょう。本当にあなたのものか。

 それから、もし本当だったら——一緒に告発しましょう」


麻衣の目には、恐怖と決意の両方が宿っていた。

直人はゆっくりと頷いた。


冬の風が、二人の間を通り抜ける。

街の光が遠くに滲んで見えた。


その瞬間、直人の胸の奥で、何かが静かに変わった。

これまでの49年間、流されるままに生きてきた。

けれど今、自分の意思で何かを選ぼうとしている。


——この一歩が、すべての始まりになるとは、まだ知らなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ