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『境界線の夜明け』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第38章 「第二世代」



名古屋市北区、就労支援センター「ミナトワークス」。

直人は毎朝、片道40分のバスに揺られてそこへ通っていた。

行政の保護プログラムの一環として、軽作業の訓練を受けることになったのだ。

精神科の薬は朝晩6錠。抗精神病薬、安定剤、睡眠導入剤。

副作用で指先が震えることもあるが、誰も気に留めない。

作業台には同じように無言の男女が並び、仕分けと梱包を繰り返していた。


センターの職員が声をかけた。

「斎藤さん、今日から新しい利用者さんが来ます。少しサポートお願いできますか?」

直人はうなずいた。

「はい、わかりました。」


その新しい利用者の名前は——「桐島遼」。

直人の目が止まった。

桐島、という名字。

胸の奥がざわついた。

まさか、と思いながら視線を上げると、そこに立っていたのは、二十歳前後の青年。

細い体つきに、どこか無機質な笑みを浮かべている。


「はじめまして。りょうです。」


その声の響きに、直人の背中を冷たいものが走った。

——玲奈の声に似ていた。

節回しも、息の抑え方も、同じだった。


昼休み、直人は勇気を出して話しかけた。

「……桐島って、玲奈さんと、関係ある?」

青年は笑って、首をかしげた。

「母の名前、知ってるんですか?」


その瞬間、世界が静止した。

直人の喉が締めつけられるように乾く。

玲奈の“息子”。

しかし、玲奈は亡くなってから十年以上経っている。

年齢の計算が合わない。


青年はお弁当のふたを閉め、静かに言った。


「僕、β計画の“再構成個体”なんです。

あなた、β1の被験者ですよね。」


直人は言葉を失った。

青年の瞳は、まっすぐに自分を見つめていた。

その瞳の奥には、恐怖も怒りもなく、ただ淡々とした人工的な冷たさがあった。

——まるでプログラムのように。


「母の記憶、あなたのデータから移植されてるって聞きました。

僕、あなたの“半分”でもあるらしいです。」


世界が、音を失った。

頭の奥で、鈍い耳鳴りが響く。

幻聴ではない。現実の声だった。

だが、それ以上に現実味がなかった。


その夜、直人は家に帰ると手帳を開いた。

玲奈の手紙の裏に、新たなメモを書き加える。


「β計画は終わっていない。

彼らは“遺伝情報の再利用”に移行している。」


翌朝、センターの掲示板に桐島遼の名前はなかった。

退所の理由は「本人の意思による」——それだけ。

まるで最初から存在しなかったかのように、職員たちは誰も彼のことを覚えていなかった。


その日の帰り道、直人はバスの窓から夜空を見上げた。

星は一つも見えなかった。

けれど、胸の奥で何かが燃え始めていた。

恐怖でも怒りでもない。

——自分の存在を証明するための、わずかな衝動だった。


「終わらせなきゃならないんだ。

 今度こそ、本当に。」


彼の決意は静かだった。

だがその夜、名古屋市内の電波塔で、β計画の関連データが再び流出した。

発信源は特定されず。

ただ一つ、ネット上に現れたメッセージがすべてを物語っていた。


《β2覚醒完了。記録の継承者、識別番号014:KIRISHIMA-RYO》


直人の手帳の最後のページには、震える文字でこう書かれていた。


「次の世代が、俺の続きを生きる。」

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