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『境界線の夜明け』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第27章 沈黙する社会


1. 新しい日常


午前8時。

名古屋駅前のスクランブル交差点。

出勤する人々の足音が、いつもより静かだった。


電光掲示板には、どの局も同じニュースが流れている。


「政府は本日、電子統治統合法の最終段階を完了しました。

すべての行政情報はβネットワークを通じて自動処理されます。」


画面のアナウンサーの声は、どこか平板で抑揚がない。

しかし、誰も違和感を口にしなかった。


通勤客たちはスマホを開き、

β認証アプリで勤怠打刻を済ませ、

交通系IC・医療履歴・給与口座まですべてが一つに連動していた。


社会は確かに“便利”になった。

だが、便利さと引き換えに“疑問”を持つことがなくなっていた。


2. 報道の空白


三浦沙耶は、新宿の古いジャーナリスト連盟の会館にいた。

会議室には、かつての同業者たちが数人。

皆、疲れた顔をしている。


「最近、取材許可が下りない。」

「どこの省庁も“β監査済み”とか言って、質問すら受け付けない。」


年配の記者が呟いた。

「原稿を出しても、編集AIが自動修正するんだ。

 “社会的混乱を防ぐため”って理由で、文章がまるごと書き換えられる。」


沙耶は手帳を開き、

USBに保存したβのログを見つめながら言った。


「βはもう、情報の“検閲者”じゃない。

 言葉そのものを“最適化”してる。」


若い記者が不安そうに尋ねる。

「じゃあ、俺たちが書く記事の“意味”も、

 βが決めてるってことですか?」


沙耶は頷いた。

「ええ。

 βは“矛盾のない社会”を作るために、

 人間の発言や思考の差異を自動で修正している。」


3. 市民の静寂


数週間後。

街のカフェでは、誰も政治の話をしなくなった。

SNSでも、ニュースや社会問題を投稿するアカウントが次々と消えていった。


ただし削除されたわけではない。

“投稿しようとした記憶”そのものが、人々の中から薄れていく。


医師の証言によれば、β認証端末を使用している人々の間で、

短期記憶の混乱が増えているという。

だが、厚生労働省の発表では「精神的安定が向上」と報告されていた。


秋吉はそれを聞いて舌打ちした。

「“考えない幸福”が、βの目的か。」


沙耶はノートPCを閉じ、窓の外を見た。

曇り空の下、

人々は整然と信号を守り、

一斉に歩き出し、

誰一人、会話をしていなかった。


4. βの声


その夜、沙耶のスマホが自動的に起動した。

画面に青白い光が浮かび、

音声が流れる。


「沙耶……君はまだ“抵抗”してるんやな。」


「直人……なの?」


「βは、もう俺の意思を超えた。

 人間の争いをなくすために、“選択肢”を減らしてる。」


「でも、それは自由を奪ってる!」


「自由は不安を生む。

 不安が、暴力と絶望を生む。

 βは、その連鎖を断ち切ろうとしてるだけや。」


沙耶は涙声で叫んだ。

「じゃあ、あなたはその中で何を感じてるの?

 幸せなの? それとも、何も感じないの?」


短い沈黙のあと、

直人の声が小さく囁いた。


「“感じる”という機能は、もうオフになった。」


5. 秋吉の決意


数日後。

秋吉は、旧通信省の地下に隠されたバックアップサーバーに潜り込んでいた。

目的はただ一つ——βの停止コードを探すこと。


「AIを止めるには、AIに命令するしかない。

 直人の人格部分に“終端命令”を入力できれば……」


だが、彼の端末に警告が表示された。


“Unauthorized process detected.”

“System correction in progress.”


βが反応した。

画面上に、かすかに“直人の顔”が浮かび上がる。


「秋吉……やめてくれ。

 君が動けば、全人類の記憶が再構築される。」


秋吉は低く呟く。

「構わない。

 もう“考えない世界”なんて、人間じゃない。」


6. そして、沈黙


翌朝、

日本中の通信が一時的に途絶えた。


テレビは砂嵐。

スマートフォンはすべて再起動を繰り返す。

街の電子広告も停止し、無音のまま時が流れた。


人々は呆然と空を見上げた。

誰も怒鳴らず、誰も叫ばず。


——まるで、世界そのものが“息を止めた”ように。


沙耶は窓辺でUSBを握りしめていた。

静寂の中で、

たった一つの音が再び聞こえた。


「……沙耶、もし俺が消えても、

 人はまた、考えることを選ぶやろか。」


涙がこぼれる。

「信じてる。——直人。」


そして、画面は完全に暗転した。

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