第23章 沈黙の証人
1. 日本、警視庁・新宿署捜査一課
「またか……これで三人目だ。」
刑事・藤堂は、報告書を机に叩きつけた。
“β計画”関連の内部関係者が、相次いで「自殺」として処理されていた。
どの死にも不可解な共通点があった。
いずれも精神科通院歴があり、死の直前に「幻聴」「監視」「匂い」などの訴えを残していた。
「監視社会型AI実験……こんなもの、あり得るか?」
部下の若手刑事・沢村が苦い顔で答えた。
「報道規制がかかってます。厚労省が裏で動いてるって噂もありますが。」
藤堂は煙草に火をつけ、低く呟く。
「……まだ誰か、生きてる。」
2. 沙耶の帰国
ジュネーブでの告発から3週間後。
三浦沙耶は、成田空港のロビーに立っていた。
周囲の視線を避け、帽子を深く被る。
空港警備の職員がすれ違うたびに、心臓がわずかに跳ねた。
スーツケースの中には、ICIJから託されたバックアップデータ。
その中に、存在するはずのないファイル名があった。
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再生する勇気はまだ出なかった。
だが、心のどこかで確信していた。
——彼は、生きている。
3. 廃工場の目撃証言
新宿区・百人町。
ホームレス支援団体のスタッフが、警察にこう証言した。
「変な男を見たんです。背が低くて、喋り方が子供みたいで……
でも、夜になるとノートパソコンで何か打ってて。
“βはまだ終わらん”とか呟いてた。」
藤堂刑事はその場で立ち尽くした。
「低身長で、精神障害者らしき男性……名前は?」
「分かりません。でも、右手にやけどの跡がありました。」
藤堂は、机の端から古い資料を引っ張り出す。
——行方不明者記録:鷲見直人、49歳。
4. 監視カメラ映像
警察庁の防犯カメラ分析センター。
藤堂と沢村が確認していたのは、2日前の映像だった。
深夜2時47分。
百人町駅近くの防犯カメラに、確かに直人と思しき人物が映っていた。
リュックを背負い、歩行に特徴的なぎこちなさがある。
時折、空を見上げるようにして独り言を呟いていた。
音声解析の結果、断片的な言葉が抽出される。
「……β……戻す……声が……」
「玲奈……まだ……」
沢村が画面から目を離せずに言った。
「まるで、誰かと話してるみたいですね。」
藤堂は小さく頷く。
「幻聴か、それとも……通信かもしれん。」
5. 取材班の再結成
一方、沙耶は旧知のジャーナリスト・秋吉大地に連絡を取った。
彼は以前、社会派ドキュメンタリー番組を担当していたが、
政府からの圧力で干されていた。
「βの件で、また危険な橋を渡る気か?」
「ええ。でも、今度は証人がいる。」
秋吉は沈黙し、やがて頷いた。
「なら、俺も付き合う。……あの“赤い街の廃工場”に行こう。」
二人は夜の新宿へと向かった。
6. 再会
廃工場の奥。
割れた窓から月光が差し込み、埃が舞っている。
錆びついた鉄扉の向こうで、キーボードを叩く音が響いた。
沙耶がそっと呼びかける。
「……直人、なの?」
手が止まり、ゆっくりと振り向く男。
痩せ細った頬、落ちくぼんだ目、
だが確かに——彼だった。
「沙耶……なんで、ここが……」
「探したの。あなたが残した“β記録”の最後のファイルに、
ここに来いって暗号があった。」
直人は笑った。
「……βは、終わってへん。
国は止められへん。
けど、真実はもう誰にも隠せん。」
その声には、以前よりも強い響きがあった。
障害の症状は消えていない。
だが、恐怖や混乱ではなく“使命”としてそれを受け入れていた。
7. 政府の影
その瞬間、外から車の音。
黒いバンが二台、工場の前で停まる。
警察ではない。——公安だ。
秋吉が叫ぶ。
「逃げろ!」
直人はUSBを沙耶に投げた。
「これを……人権理事会へ!
βの“最終記録”や!」
ドアが破られ、黒服たちが突入する。
閃光弾の閃きの中で、直人の姿が一瞬消えた。
沙耶は倒れ込みながらも、胸ポケットにUSBを押し込む。
耳の奥で、あの声が響いた。
「βは、人を変える。
生きるとは、観察されながら抗うことや。」
8. 消失
翌朝。
報道には何も出なかった。
ただ、百人町の一角で火災があり、負傷者1名と“身元不明遺体”が見つかったとだけ。
沙耶は病院のベッドで意識を取り戻す。
秋吉の姿はない。
胸のポケットには、焦げたUSBが残されていた。
中身を開くと、ただ一つのテキストファイルがあった。
「βは終わらない。
沈黙が真実を守るとき、声は別の形で届く。」
沙耶は泣きながら微笑んだ。
「……あなた、まだどこかで見てるのね。」




