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『境界線の夜明け』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第21章 遺された記録


1. 火災現場の再調査


事件からおよそ三か月後。

警視庁湾岸署の資料保管室に、ひとりの刑事が呼び出された。

階級章を外したスーツ姿の女刑事——古賀玲子。

彼女は桐島玲奈の事件を最初に担当していたが、β計画関連の内部リーク後、部署を異動させられていた。


「……これ、再鑑定の指示が出たの?」

古賀は、封印シールの貼られた証拠箱を見つめた。

中には、焼け跡から回収された物品の一部——

黒く焦げたノートの残骸があった。


「警察庁長官官房からの指示です。『外交的圧力対応案件』って。」

若い鑑識官が、半ばため息混じりに言った。


古賀は手袋をはめ、慎重にページを開いた。

炭化した紙の端に、わずかに文字が残っていた。


『β補助記録・最終報告』

『対象個体:K・桐島玲奈/N・木村直人』


ページの裏には、見覚えのある筆跡。

「……直人、あなた……」

震える指でなぞると、最後の一行が浮かび上がった。


『俺たちは、被験者やない。“存在”そのものや。』


古賀は唇を噛んだ。

これが“遺書”であり、そして——

国家が封じようとした“記録”の最後だった。


2. 証拠物の引き渡し


翌週、外務省を通じて警察庁からICIJ東京支局への資料引き渡しが正式に行われた。

だが、そこに添付された書類の中に、ひとつ不審な文書が紛れ込んでいた。


『β計画に関する最終調査報告書』

作成者:木村直人

日付:2023年4月16日


沙耶はブリュッセルのホテルで、その文書のコピーを受け取った。

封筒の内側に、茶色いインクで走り書きがあった。


「この手紙が届くころ、俺はもういないやろ。

けど、灰の中にも、まだ光はある。

βは“実験”なんかやない。

——“生きる理由”そのものや。」


沙耶は胸の奥が熱くなるのを感じた。

直人の文字は不格好で、ところどころ崩れていたが、

そこに“彼のままの思考”が詰まっていた。


3. β計画の核心


文書を翻訳しながら、沙耶は次第に理解していった。

“β計画”の本質は、単なる人体実験ではなかった。


「生まれながらに社会適応困難を示す個体を、

早期にデータ化・観察し、行動・感情・記憶のパターンを統合AIに学習させる。」


つまり、国家は障害者や精神疾患者の「思考ノイズ」を統計化し、

社会全体の“逸脱モデル”として利用していた。


その目的は、“予防的管理社会”の構築。

犯罪や自殺、テロの発生を未然に防ぐために、

“不安定な個体”を早期に監視・データ処理する。


だが、その「観察対象」には、

直人や玲奈のように「人としての意思」を持った者たちが含まれていた。


沙耶の指が止まった。

ファイルの最後に、赤字でこう記されていた。


『β最終段階:被験者データの“削除”をもって実験完了とする。』


——削除、それは“抹消”を意味していた。


4. 記者会見


数週間後。

欧州人権法廷前のホールで、沙耶は記者団に囲まれていた。

カメラのフラッシュが絶え間なく光る。


「三浦さん、あなたは日本政府の公式見解に異議を唱えるのですか?」

「“β計画”の存在を裏付ける証拠は本物だと断言できますか?」


沙耶は一呼吸おき、静かに言った。


「……証拠は、数字や書類だけではありません。

 あの人の、生きた言葉が、何よりの証拠です。」


彼女の視線の先、記者席の最前列にひとりの人物がいた。

黒いフードを目深にかぶり、顔を隠している。

だが、その指先には——

右手の火傷痕があった。


沙耶は微かに微笑んだ。

「……直人。」


5. その後


会見の翌日、日本政府は緊急声明を発表。

「β計画に該当する事業は確認されていない」との公式見解を出し、

関係機関への問い合わせをすべて打ち切った。


だが、ICIJが公表した「β補助観察リスト」は世界中で閲覧され、

国際的な倫理審査委員会が日本に調査団を派遣することを決定した。


それから半年。

沙耶は再び日本に戻り、

静岡県内の療養施設でボランティアとして働いていた。


その日、施設のポストに一通の封筒が届いた。

差出人不明。中には、小さなSDカードと一枚のメモ。


『灰の底に、まだ声がある。

続きを頼む。——N』


6. ラスト・ページ


SDカードを再生すると、

画面には暗い部屋で撮影された映像が映った。

かすかなノイズの中、男の声が聞こえる。


「……俺はもう、病気も、障害も、

ラベルで人を分ける社会も、信じられへん。

せやけど、“生きたい”って思える瞬間は、確かにあった。

それだけは、ほんまや。」


画面の奥で、炎の明かりが一瞬映り、やがて暗転した。


沙耶は涙をこぼしながら、静かに呟いた。

「あなたの声、確かに届いたよ。」


そして彼女は新しいファイルを開いた。

タイトルには、こう記した。


『β計画・補遺:灰から生まれた希望』

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