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『境界線の夜明け』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第二章 希望の灯との出会い



名古屋駅西口のロータリーを抜けた先、古いビルの三階に、その事務所はあった。

入口のプレートには「特定非営利活動法人 希望の灯」と書かれている。

小さな看板の下には、白い紙で「生活困窮者向け・就労支援説明会 本日13時より」と貼られていた。


「……ここか」


加瀬直人は、手に汗を握りながら、狭い階段をゆっくり上がった。

壁には古い求人ポスターが貼られており、階段の隅には灰皿代わりの缶コーヒーの空き缶がいくつも転がっていた。


ドアを開けると、狭いスペースに十人ほどの男女が座っていた。

皆、似たような顔つきをしていた。

疲れた目、擦り切れた服、手に抱えたビニール袋。

誰もが、どこかに置き忘れられた人たちのようだった。


机の上には「出席者記入表」があり、直人は震える手で自分の名前を書いた。

字は歪んでいた。

その瞬間、後ろから声がした。


「初めての方ですね。ありがとうございます、今日は来てくれて」


声の主は、四十代半ばほどの女性だった。

白いシャツにベージュのジャケット、控えめな化粧。

穏やかで清潔な印象のその人が、NPO代表の桐島玲子だった。


「私は桐島と申します。“希望の灯”の代表をしています。

ここでは、仕事を失った方、家族を失った方、社会から少し離れてしまった方に、もう一度スタートを切るお手伝いをしています」


桐島の声は静かだったが、不思議と人を引き込む力があった。

直人は、誰かにまっすぐ話しかけられることに慣れていなかった。

胸の奥が少し熱くなるのを感じた。


説明会は淡々と進んだ。

就労支援というより、簡単な清掃や軽作業を紹介し、生活相談に乗る仕組みのようだった。

それでも、桐島の言葉には“救い”のような響きがあった。


「あなたの人生は、まだ途中なんです。

 私たちは、それを最後まで見届けます。ここでは“やり直し”ができるんですよ」


その言葉を聞いたとき、直人の目の奥に、微かな光が灯った。


説明会が終わったあと、桐島は個別面談を提案してきた。

「よければ、少しお話ししませんか?」


狭い応接スペース。

桐島は湯呑みに温かいお茶を注ぎながら、静かに言った。


「直人さん、生活保護を受けておられるんですよね?

 無理のない範囲で、週に数時間だけの軽作業をしてみませんか。

 もちろん、報酬は交通費込みで支給します。まずは“動くこと”から始めましょう」


「……自分なんか、役に立つんでしょうか」


「立ちますよ。誰かが“信じてくれる”だけで、人は動けるんです」


桐島の目は、真っ直ぐだった。

その日、直人は初めて、心の底から「自分はまだ終わっていないのかもしれない」と思った。


帰り道、駅のホームで電車を待ちながら、手帳を開いた。

桐島がくれた名刺の裏には、手書きでこう書かれていた。


「明日は、今日よりも少しだけ良くなる」


風が吹き抜ける。

夕暮れのホームで、直人は名刺を見つめながら、小さく笑った。

その笑みは、ほんのわずかに、希望の形をしていた。

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