第18章 告発の代償
β計画の記録が流出してから、わずか二十四時間。
ニュースサイトのトップページはどこも同じ見出しで埋め尽くされた。
「政府の極秘人体モニタリング計画」
「障害者を実験台に?」
「厚生統合局の闇」
テレビ局前には抗議のプラカードを掲げた市民たちが集まり、
SNSでは「#β計画」「#木村直人」「#国家の裏側」というタグがトレンドの上位に並んだ。
だが、世間の熱狂の裏で、直人の名前はあっという間に“容疑者”として扱われ始めていた。
テレビの画面には、モザイク越しに施設前を歩く直人の姿が映る。
「元生活保護受給者で無職の男性(49)。精神障害・発達障害の診断歴あり。」
ナレーターの冷たい声が響くたび、
彼の存在そのものが「信頼性のない告発者」として切り捨てられていった。
一方的な沈黙
潜伏先の商店で、直人はテレビを消した。
「……結局、俺は“狂ったやつ”にされるんか。」
幻聴が小さく囁く。
「彼らにとって都合の悪い声は、いつも消される。」
店主がそっと玄関を閉め、新聞を差し出した。
「お前の名前、出とるで。」
一面には政府の記者会見の様子が載っていた。
厚生統合局の局長が無表情に語る。
「該当の“β計画”は存在しません。
しかし、障害者支援データの一部が不正流出したことは事実です。
木村直人氏は、システム侵入の容疑者として捜査対象です。」
直人は記事を握り潰した。
「……やっぱり、隠すんやな……」
沙耶の決断
夜、玄関のチャイムが小さく鳴った。
ドアを開けると、沙耶が立っていた。
目の下に深いクマがあり、髪は乱れていた。
「直人さん……逃げて。
統合局の監視部門が、あなたの位置を特定してる。」
「なんでお前が……」
沙耶はポケットから一枚の紙を差し出した。
そこには、統合局の内部メールが印刷されていた。
【機密扱い】
木村直人:β017号 削除対象リスト移行予定。
「……削除対象……?」
沙耶は涙を浮かべながらうなずいた。
「彼らは、あなたを“消す”気よ。物理的にも、記録上からも。」
玲奈の真実
沙耶はさらに封筒を取り出した。
「……桐島玲奈さんの検死報告、改ざんされてた。」
直人は息を呑んだ。
封筒の中には、法医学者の再鑑定書が入っていた。
死因:薬物中毒(Gシリーズ過量投与)
備考:β被験者対象薬剤と一致。自己摂取の可能性低。
「玲奈も、被験者だったのよ……直人さんと同じ。」
頭の中が真っ白になった。
記憶の断片がフラッシュのように蘇る——
玲奈の笑い声、注射器、白い部屋、番号の刻印。
「……あいつも、あの計画の中におったんか……」
幻聴がざわめき、空気が歪む。
「お前だけじゃない。みんな“データ”だった。」
逃避行の終わり
深夜、二人は裏道を抜け、駅近くのネットカフェに身を隠した。
沙耶がパソコンを開き、USBのデータを再確認する。
「これを国外の報道機関に送れば、もう隠せない。
でも、その前に——」
彼女が言葉を切る。
画面上に、赤い文字が浮かんでいた。
“アクセス制限:内部削除プロトコル発動”
「……誰か、もう動いてる……」
直人は立ち上がり、外の闇を見た。
遠くでパトカーのサイレンが鳴っている。
幻聴が囁く。
「選べ。逃げるか、残すか。」
直人はUSBを沙耶の手に押し付けた。
「……お前が持ってけ。俺は、ここで終わらせる。」
沙耶の目が見開かれる。
「直人さん、何言ってるの!」
「β計画は、俺の始まりやった。
でも、終わらせるのも……俺の役目や。」
夜明け前
直人は一人、施設跡地へと戻った。
かつて自分が監禁されていた地下室の前に立ち、
錆びた扉を開ける。
中は静まり返っていた。
机の上に、壊れたモニターと古い紙ファイル。
彼は最後のページを開いた。
そこには、桐島玲奈の顔写真と「β017補助観察者」という記録。
「……一緒に、生きたかったな……」
小さな笑みを浮かべ、
ポケットのライターで紙を燃やした。
炎がページを舐め、白い灰となって舞い上がる。
幻聴が、最後の一言を囁いた。
「これで、自由になれたな。」
直人は目を閉じた。
夜明けの光が差し込み、
焦げた灰がゆっくりと空へ昇っていった。




