第16章 β計画の記録
直人は、手錠をかけられたまま黒塗りのワンボックスに押し込まれた。
助手席にはスーツの男、後部座席には沙耶が押さえ込まれている。
車内の冷房が効きすぎて、皮膚がひりつくようだった。
「ここはどこや……?」
直人は目をこすった。
スーツの男は無言で、車の後部ドアを開け、直人を押し出す。
建物は外見こそ無機質なオフィスビルだが、入り口には小さな警備員室があり、IDカードによる入退室管理が厳重に行われていた。
内部に入ると、白い蛍光灯が無機質に光る長い廊下が続く。
床は光沢のあるタイル張りで、遠くにモニターが並んでいるのが見える。
「ここが……厚生統合局の極秘施設……」
直人の声は、かすかに震えた。
施設内
拘束を解かれた直人は、白衣を着た数名の職員に連れて行かれる。
「名前を名乗れ、木村直人。これは公的手続きの一環だ」
職員の声は冷たく、事務的だった。
手元の書類には「β計画被験者」と大きく印字されている。
職員が説明する。
「君は出生直後、匿名預かり制度を通じて当施設に登録されました。
β計画は“発達障害・精神障害者の適応力向上を目的とした長期観察プログラム”として政府内で認可されています。」
直人の脳裏に、幼い頃の記憶が断片的に蘇る。
白い部屋、番号のついたベッド、注射器、冷たいモニターの光——
「……俺……子どもやったんか……被験者やったんか……」
記録の全貌
職員は端末を操作し、直人の前に大型モニターを映す。
画面には出生直後から成人するまでの「個別行動記録」「心理評価データ」「薬剤投与履歴」が詳細に表示されていた。
被験番号:017
投薬:Gシリーズ(精神安定薬、集中力強化剤)
行動観察:孤独行動率高、社会適応低、幻覚・被害妄想傾向あり
特記事項:外界刺激に対する過敏反応、自己認識能力の低下
職員は冷静に続ける。
「すべては記録として保管され、統合局内で研究データとして解析されています。
君の出生情報も匿名化され、国家の政策決定に反映されてきました。」
直人は唖然とする。
「……俺の人生、全部……誰かのデータ……?」
幻聴がまた耳元で囁く。
「これが現実だ……お前は初期β被験者、誰も守らんかった。」
直人は震える手で拳を握った。
沙耶との再会
沙耶が近づく。
「直人さん、落ち着いて。私もここで調査してた。
でも内部資料は誰にも見せてもらえなかった。」
直人は彼女の顔を見つめる。
「……お前も、知っとったんか……」
沙耶は小さく頷く。
「知っていた。だから、あなたを守ろうとした。
でも、上層部の目をかいくぐるのは簡単じゃない……」
直人は息を整え、モニターの情報を睨みつける。
「……全部、ここに残っとる……
俺の人生も、桐島の死も……ぜんぶ……」
記録の解析
葛城が用意した端末も動かされ、直人のデータを解析する。
「膨大すぎる……でも、ここに真実がある。
君の過去、β計画の構造、統合局の不正。全部出せる。」
直人の幻聴が強まる。
「記録を操れ。真実はお前が紡ぐ。」
直人は震える指でキーボードに触れた。
その瞬間、彼の中で「自分の人生を取り戻す意志」が芽生える。
絶望の中に、微かだが希望が灯った。




