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『境界線の夜明け』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第十五章 沈黙の記者会見



午前十時、東京・港区の雑居ビル五階。

独立系ネットメディア《Civic Eye》の編集室は、狭いが熱気に包まれていた。


机の上にはノートPCとカメラ、そして“取材お断り”の張り紙。

小さな会議室の中央に、長机が一つ。

その前に立つ木村直人は、借り物のスーツに身を包んでいた。

ネクタイの結び目が少し歪んでいる。


沙耶がそっと結び直しながら、小声で言った。

「大丈夫。言葉に詰まってもいい。

 あなたが“そこにいる”ことが、一番大事だから。」


直人は静かに頷いた。

彼の手のひらには汗が滲み、指先はわずかに震えている。


部屋の奥では、葛城がマイクの配線を確認していた。

「配信準備完了。

 このライブ映像は、海外サーバーに同時送信する。

 止められても、コピーが残る仕組みだ。」


壁掛け時計が10時を指す。

カメラの赤いランプが点灯した。

無数の視線が、直人に向けられる。


葛城の声が響く。

「本日は《Civic Eye》主催による緊急記者会見にご参加いただき、ありがとうございます。

 本件は、厚生統合局による補助金不正および、精神障害者を対象とした臨床実験の疑惑について——」


直人の喉が乾く。

カメラのレンズが彼を射抜くように見つめる。

頭の奥で、かすかなノイズが鳴る。


「喋るな。黙れ。お前の言葉は信じられない。」


——幻聴か。

——それとも、恐怖が形になったものか。


彼はマイクの前に立つ。

口を開こうとするが、言葉が出ない。


「私は……」


声が震える。

「私は、“希望の灯”という就労支援施設で働いていました。

 でも、そこは——働く場所じゃなかった。

 薬を飲まされて、データを取られて、

 俺らは“再就職者”じゃなく、“被験者”やったんです。」


会場の空気が一変する。

記者たちのペンが一斉に動き始めた。

フラッシュが瞬く。


「それを支援してたのが……厚生統合局や。

 役所も警察も、全部グルや。

 俺の名前は“β017”。

 あんたらの税金で、人間が数字にされとる。」


直人の声は次第に強くなっていった。

「助けてほしくて病院行っても、

 “症例”扱いされて、薬漬けにされて。

 誰も聞いてくれへん。

 せやけど——今ここに俺が立っとる。

 それが全部の証拠や!」


一瞬、静寂。


その沈黙を破ったのは、ひとりの女性記者の声だった。

「木村さん、あなたの過去について確認させてください。

 あなた——出生に関する記録が、どこにも存在しないんです。」


会場がざわめく。

直人は一瞬、息を詰めた。


「……どういう意味ですか?」


女性記者が続ける。

「あなたの戸籍。

 生まれてすぐに赤ちゃんポストに預けられたとおっしゃっていましたが、

 その施設——記録上は存在していません。

 しかも、“017”という識別番号……

 あれ、政府の“β実験”被験児リストの番号と一致するんです。」


葛城の顔が凍る。

沙耶が立ち上がりかける。


「待ってください、それは——」


だがその瞬間、会議室の照明が落ちた。

モニターが暗転する。

外の廊下から、無線の音と靴音。


「通信遮断! 葛城さん、映像止められてる!」

沙耶が叫ぶ。


直人は混乱する記者たちの中で、呆然と立ち尽くした。

暗闇の中、ひとつの幻聴が明瞭に響く。


「思い出せ。お前は、被験児だった。

 “017”は、β計画の原初体だ。」


「……俺が……最初から?」


意識が遠のく。

蛍光灯が一瞬だけ明滅し、

沙耶の姿が誰かに押さえつけられているのが見えた。


「やめろ! 沙耶!」


直人は叫んだ。

だが、すぐに腕を後ろにねじり上げられる。

黒いスーツの男たちが無言で彼を取り囲んでいた。


「公安だ! 抵抗するな!」


「俺は何もしてへん! ただ真実を——!」


葛城が駆け寄ろうとした瞬間、

銃の安全装置を外す音が鳴り、部屋の空気が凍りついた。


「木村直人、国家機密漏洩の疑いで拘束する。」


その言葉が、彼の“人生の頂点”と“崩壊の瞬間”を同時に刻んだ。

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