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『境界線の夜明け』  作者: キロヒカ.オツマ―


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第十一章 刑事・三浦沙耶



名古屋市中区・錦三丁目。

午前四時。

繁華街のネオンがまだ消えきらない時間に、

一台の黒い車がビルの影に止まった。


車から降りたのは、スーツ姿の女刑事・三浦沙耶みうら・さや

長い髪を後ろでまとめ、表情は冷静だが、瞳には強い光が宿っていた。


助手席の若い刑事が資料を差し出す。

「加瀬直人、四十九歳。生活保護受給中。発達障害および統合失調症の診断歴あり。

 昨夜、豊田市の廃研究所に侵入し、放火現場に関与した疑い。」


「で、被害者の桐島玲奈。NPO『希望の灯』の代表。遺体は焼損著しく、DNA鑑定待ち……」


沙耶は資料を閉じた。

「この男、本当に放火犯なの?」


「現場でUSBメモリを持って逃走してます。動機も十分かと」


彼女は窓の外を見た。

夜明けの街は雨上がりで濡れており、街灯の光がアスファルトに滲んでいる。


「……動機が“十分”って、あなたたちはいつもそう言うのね。」

沙耶の声は低かった。


彼女はこの数年、生活困窮者や障害者が関わる事件を何件も担当していた。

だが、その多くは“誰かに利用された”末の悲劇だった。

そして——彼女自身もまた、かつて同じ闇に足を踏み入れたことがあった。


彼女の脳裏に、精神科病院で過ごした若い日の記憶がよぎる。

幻聴。

自己破壊衝動。

電気けいれん療法。


それらを越えて今の地位を掴んだ。

だが、心の奥に“声”はまだ残っている。

(——あなたはまだ、向こう側にいる。)


無線が鳴った。

「豊田市方面の監視カメラに、該当人物を確認。名古屋方面へ移動中とのこと。」


沙耶は静かに言った。

「追わなくていい。……彼は逃げてるんじゃない。探してる。」


「探してる?」


「真実を。」


一方その頃、

直人は名古屋駅近くの地下街で、紙コップのコーヒーを握りしめていた。

夜通し歩き、足は腫れ、息も荒い。


「……誰が、俺を……監視してるんや」


周囲の人々がすべて“観察者”に見える。

イヤホンから流れる音楽が、急に言葉に変わった。


「三浦沙耶。彼女が、お前を見つける。」

「彼女は敵でもあり、味方でもある。」


「……誰やねん、お前は!」


叫びかけた声を、通行人が怪訝に見る。

直人はフードを深くかぶり、身を縮めた。


頭の中の“声”が続ける。


「彼女もまた、β計画の“もう一人”。」


β計画——。

桐島が話していた、精神制御プログラム。

まさか、刑事までもが……?


その瞬間、背後で誰かが声をかけた。

「加瀬直人さんですね。」


ゆっくり振り向くと、

そこにいたのは黒いスーツの女——三浦沙耶だった。


距離にして、わずか二メートル。

彼女の目は、銃よりも冷たく、そしてどこか悲しげだった。


「落ち着いて。私は警察の者です。あなたを保護したいの。」


「……保護? 逮捕ちゃうんか?」


「あなたが持ってるUSB。中身を見たわ。あれは……あなたを“造った記録”でしょう?」


直人の体が硬直した。

なぜ彼女が、それを知っている?


沙耶は一歩近づいた。

「私も——あなたと同じ場所で、目を覚ましたことがあるの。」


その言葉を聞いた瞬間、直人の中で“声”が止んだ。

雨音だけが響く。


「あなたも……β計画の……?」


「ええ。でも私は、成功例。あなたは失敗例。

 だからこそ、あなたの中に“自由”がある。」


沙耶の瞳は揺れていた。

敵ではない。だが、味方とも言い切れない。

二人の間には、言葉では説明できない“同質の狂気”が流れていた。


「協力しなさい、加瀬さん。真実を暴くには、私たち二人が必要。」


直人は震える声で尋ねた。

「……もし、俺がまた“声”に支配されたら?」


「そのときは——私が撃つ。」


彼女はそう言って、コートの内ポケットに手を入れた。

だが取り出したのは銃ではなく、

一枚の名刺だった。


名古屋公安局 特殊監査課

三浦沙耶


「……始めましょう。“本当の調査”を。」


直人はゆっくりと頷いた。

そして、二人は雨の名古屋の街を歩き出した。


その背後で、ビルの窓に映る影が二つ。

そのさらに奥、監視カメラのモニターには、もうひとつ——

“第三の視線”が、静かに彼らを追っていた。

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