第一章 ゴミ屋敷の朝
部屋の時計は、午前十時を少し過ぎていた。
布団の上でうずくまるように寝ていた男が、うめき声を上げながら起き上がる。
名前は 加瀬 直人、四十九歳。
身長は百五十八センチ。髪は薄く、顔はくすみ、目の焦点はどこか宙に浮いている。
彼の手帳には、精神障害者保健福祉手帳の「2級」の文字がある。
診断名は「統合失調症」と「ADHD」。軽度知的障害も併発している。
彼の部屋は、名古屋市中村区の古い木造アパート。
壁は黄ばんでおり、床にはカップ麺の容器とペットボトルが散乱している。
生ゴミの臭いが、暖房の風に乗って部屋中を巡っていた。
生活保護費の受給日は、毎月15日。
今日は13日――財布の中には、硬貨がジャラジャラと数百円。
冷蔵庫の中は空で、残っているのは半分飲みかけの牛乳だけだ。
「……今日も、ハロワ行かなあかんかな」
声に出してみたが、自分でも答えを知っている。
直人のように、障害年金と生活保護の二重受給に頼って生きている人間を、企業は雇わない。
面接に行っても、「また連絡します」と言われて終わる。
それでも、彼は週に一度はハローワークへ行く。
それが「生活指導員」との約束だからだ。
外へ出る前に、鏡を覗き込む。
くたびれたグレーのパーカーに、汚れたスニーカー。
鏡に映る自分を見て、直人は一瞬だけ目を逸らした。
——この顔じゃ、誰も見てくれへん。
そんな言葉が、脳裏に浮かぶ。
しかしその日、彼の人生は小さく動き始める。
ハローワークの帰り道、駅前のカフェで「福祉系NPOの就労支援説明会」のチラシをもらったのだ。
何気なく手に取ったそれが、やがて彼を「犯罪」と「再生」のはざまに引きずり込むことになる。




