テディと聞き込み3
「アランに会いに行って死体で発見されたということは…」
「彼が犯人である可能性が高いね。ベラドンナ夫人とも交流があったみたいだし」
「同姓同名、ではないですよね」
「ああ、いくらアランという名前が多いとはいえ、同じ事件の被害者が同じ場所で同じ名前の人と出会ってるんだ、同一人物としか考えられない」
去って行くブレインの背中を眺めながら、私達は横並びのまま言葉を交わす。
「これからどうしましょうか?ブレインさんが一週間前から探しに来てるのに会えていないということは、今日どころか明日以降も彼は広場に現れないかもしれませんし…」
「…………三人目の被害者であるブリアナ・キャロラインが所属していた売春宿に向かおう。もしかしたら、他の場所でアランと会っていたかもしれない」
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「ついたよ」
並んで歩いていたテディが足を止める。
指さした建物に視線を向けると、そこにはsukhavatiと書いてある看板が掛けられた如何にも怪しいお店があった。
「スカーヴァティー?」
「ああ、彼女はこの売春宿の新人娼婦だったらしい。…ふっ、丁度良かった」
(丁度良かった?)
CLOSEという小さな看板が扉にぶら下がっているにも関わらず、テディは躊躇せずに扉を開ける。
その瞬間、バラのお香が鼻腔を擽る。
扉を開く音に反応して、受付で書類を確認していたスーツ姿の男性が顔を上げた。
「すみません、まだ営業時間外で…って、テディじゃないか、久しぶりだな」
「お久しぶりです、カールさん。相変わらずお疲れのようですね」
どうやら顔見知りだったらしく、テディは話しながら足を踏み入れる。
その後に続いて入店した私は、二人の会話を邪魔しないよう静かに扉を閉じた。
「ああ、うちはお客様よりスタッフが優先っていう方針だからな、この男の相手はしたくないって突発したり、タメ口で話されたってお客様と喧嘩したりして、他の店よりちょっとクレームが多いんだ」
「俺が知る限り、ちょっとじゃないと思いますけど…」
「ははは、それにしても今日はどうし…あ、もしかして娼婦希望か?その子なら大歓迎だ、顔もスタイルも申し分ない」
「えっ…」
「いやいや、この子はダメですよ、表情筋が死んでるから」
(おい)
「それより、今日ってグレッタ居ますか?」
「ああ、居るぞ。グレッター!ご指名だ!」
カールが階段に向かって大きな声を出すと、上の階から「はーい!」という猫なで声と扉の開閉音が聞こえてくる。
階段を駆け下りる足音と共に現れたのは、肩にかからないぐらいの藤色の髪を内巻きに巻いた女性だった。
「ご指名ありがとうございます。あなたのグレッタです♡…って、何だテディか」
「あはは、こっちも相変わらず可愛くないなぁ」
露骨にがっかりして、グレッタは足を止める。
テディが嫌味を言いながら歩み寄るので、私もカールに会釈をしてから近づいていく。
「残念でした、私の可愛い反応は有料だから課金しなさい。ていうか、どうしてここに居るのよ、まだ服役中はず…あ、まさかまた看守と寝て脱獄したの?」
「また?」
そう問いかけると、初対面にも関わらず、グレッタは快く答えてくれた。
「そう、こいつは貴族に訴えられて捕まっても、すぐに看守を懐柔して出てくる脱獄魔よ。そのせいで人殺してないのにもう懲役千三十年」
「千二十九年だよ」
「千年超えたら一年なんて誤差でしょ?もう変な病気移されても知らないわよ」
「ご心配なく、少なくとも今回は看守と寝てないから」
「はぁ?じゃあ、どうやって出て来たのよ?」
「今の飼い主が正門から出してくれたんだ」
「飼い主?………って、その子?」
「いや、この子は俺の監視役。君と同じでちょっと変なんだ」
カチンとくる紹介を無視した私は、少し服装を正してから手を差し出す。
「初めまして、オフィーリアです」
「グレッタよ。まともな人間同士、あなたとは仲良くやれそうね」
仲良さそうに握手する私達を見て、テディは「まともね」とため息混じりに呟く。
どちらともなく手を離すと、怪訝そうに腕を組んだグレッタは彼に視線を移した。
「で、今日は何の情報が欲しいの?どうせ娼婦の私じゃなくて情報屋の私に用事があるんでしょ?」
「情報屋?」
首を傾げる私の隣で、テディは満足そうに頷くだけで何も言わない。
そんな彼に痺れを切らしたグレッタは、ため息を吐いて背を向けた。
「…ついてきて」
そう短く告げ、グレッタは階段を登って行く。
「はーい。………行くよ」
私の耳元で囁いてから階段を登っていくテディに倣って、私も二人の後を追い掛けた。
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グレッタに案内されたのは、煙草の匂いが充満した彼女の私室だった。
対面するソファに座るグレッタは、慣れた手つきで煙草に火を付ける。
「…それで、誰の情報が欲しいの?」
「ブリアナ・キャロラインの情報が欲しいんだ、はい百ガラド」
テディが目の前のテーブルにコインを置くと、不満そうな顔をしたグレッタは口から煙を吐き出す。
「二百ガラド」
「えー、僕の顔に免じて安くしてよ」
「あんたの薄気味悪い笑顔のどこに免じるのよ、ほら早く、二百ガラド」
「あーはいはい、払うよ払いますよ」
二枚のコインを手に取ったグレッタは、「まいど~」と満面の笑みを浮かべながら見せびらかす。
「はぁ、俺は超能力者じゃないけど、君が長生きする姿が鮮明に見えるよ」
「そりゃどうも。それよりブリアナ・キャロラインのどんな情報が欲しいの?」
「最近変わったことはなかった?例えば男性関係とか」
「男性関係ねぇ。…あ、そういえば、最近新しい恋人が出来たって言ってたわ」
「新しい恋人?娼婦の方は恋愛禁止なのかと思ってました」
「うちは禁止してないけど他の店は禁止してるんじゃないかしら。…まぁ、どっちにしても娼婦である時点で大抵上手くいかないんだけどね」
まるで実体験のように語るグレッタは、どこか寂しそうな目をしていた。
「彼女、その新しい恋人とデートするために、よくお店の子を誘って大通りの広場で買い物してたわ。あそこはお洒落で安いものがあるとかなんとか」
「…っ、君も誘われたことある?」
「あるわよ。私は買ってないけど、彼女はワンピースと指輪を買ってた」
「その露店の職人はどんな人だった?」
「んー、服職人は小柄な女性で、指輪職人はーー」
「百九十センチぐらいの大柄な男よ。あんな大きな手でこんな小さい指輪を作るなんて、相当手先が器用なんだなと思ったから覚えているわ」
「「………」」