テディと任務5
『あいつは母さんじゃなくて、女神を選んだんだ。だから、俺達は親子じゃない』
拠点へ向かいながら、私は先程のテディの言葉を思い返していた。
(きっと、テディは教皇が自分とお母さんを捨てたと思ってるんだ。………でも)
扉を閉める寸前に見えた、教皇の寂しげな表情が脳裏に浮かぶ。
(あの顔は“父親“だったと思うけどな……)
そんなことを考えていた、その時。
「号外号外ー!みんな大好きクロウの号外だよー!」
まだ幼さの残る声が大通りに響き、私の思考を遮った。
視線を向けると、大きな鞄を斜めに掛けた少年が、通りすがりの男性に声を掛けられ、足を止めている。
(クロウ…?)
少年が再び歩き出した瞬間、目が合った。
すると、彼は無邪気な笑みを浮かべ、こちらへ駆け寄ってくる。
「はい、一枚十ガラドだよ!」
「えっ」
突然新聞を押し付けられ、思わず声が漏れた。
「えって、まさか立ち読みするつもり?」
「しませんよ!ていうか、そもそも読みたいなんて一言もっ…」
「誰かー!ここに泥棒がいまーす!」
「ちょ、ちょっと!」
少年の大声に、周囲がざわめき立つ。
一斉に集まる視線に耐えきれず、私は「ああもうっ」と小銭を取り出した。
「はい!」
「まいど~」
受け取ったコインを宙に放って、器用に受け止める少年を横目に、私は小さく息を吐き、新聞へと視線を落とす。
そこには、【今週のクロウからのプレゼントは"靴"】と大きく書かれていた。
「それにしても、号外の一面を飾るなんて、相当有名な方なんですね。このクロウって…」
「えっ、お姉さん、クロウを知らないの!?」
ぐいっと距離を詰められ、「え、ええ」と反射的に仰け反る。
「週に一度、夜の貧民街に現れて、寝ている子供達にプレゼントを配って回る反女神派の三人組だよ!」
「反女神派…」
「六年前から活動してるのに、誰も顔を見たことがないんだ!だから、写真を撮れたら記者として雇ってやるって編集長に言われてるんだけど…」
「まだ撮れてない、と」
「そう」と、少年は肩を落とした。
コロコロと変わる表情に、自然と頬が緩む。
「でも、どうしてクロウなんですか?烏は昼行性だと思うのですが…」
「おっ、いいところに気がついたね!」
得意げに胸を張り、少年は声を潜める。
「その情報はまだ編集長にも言ってないんだけど……ふふっ、お姉さんは新聞を買ってくれたから、特別に教えてあげる!」
「実はね」と背伸びをして、私の耳元に顔を寄せた。
「その名前は貧民街の子供が呼び始めたんだ」
「貧民街の子が?」
「うん。四年前の土砂降りの日、ある子供がクロウの一人にブランケットを掛けられて目を覚ましたんだけど、その時、雷が光って見えたんだってーー」
カァッと、遠くで煤まみれた鳥の鳴き声が聞こえた気がした。
「大きな烏のタトゥーがさ」
××××××××××××××××××××
沸き上がる湯の音が、静かな部屋に溶けていく。
ケトルを手に取り、茶葉の待つティーポットにお湯を注いだ。
ふわりと立ち上る紅茶の香りに頬を緩ませ、蓋を閉める。
そろそろだろうかと掛け時計に視線を向けた瞬間、ゆっくりと扉が開く音がして、私は振り返った。
「あ、お帰りなさい」
その一言に、帰ってきた人物ーーテディの動きが止まる。
空色の瞳が見開かれ、何度も瞬きを繰り返した。
「テディ様?」
「…っ、あ、えっと、タダイマ」
曖昧に笑いながら扉を閉める姿を見て、私は「あっ」と声を上げた。
「す、すみません、勝手にキッチンをお借りしてしまって!どなたかに許可を取ろうと思ったのですが、三人共外出されていたので、その……」
「あはは、別に構わないよ。…って、料理しない俺が言うのはおかしいか」
「?では、誰が使われてるんですか?」
「カイくん」
衝撃的な事実に唖然とする私を前に、テディは羽織っていた上着をソファにかけ、平然と腰を下ろした。
「えぇ!?カイル様って、料理できるんですか!?」
「できるどころか上手いらしいよ?よくつまみ食いしてるジャックが言ってた」
「ジャック様がつまみ食いを…!?」
「ああ見えて、大食いなんだ。美味しそうだったからつい~って全部食べちゃって、カイくんが怒るまでがワンセット」
「それを言うなら、テディ様が宥めるまででは?」
そう言いながら、私は紅茶を注いだ二つのカップをテーブルに置いた。
しかし、テディはそれに手を伸ばさず、じっと見つめている。
「もしかして、紅茶苦手でしたか…?」
「……………いや、好きだよ。ありがとう」
そう口をつける彼に、「いえ」と返事をして、私は向かいのソファに座った。
一口飲み、気持ちを整えてから、静かに話を切り出す。
「………それで、門番の方は何と?」
長い睫毛の奥で、空色の瞳が僅かに揺れた。
「誰も通してないって。……門に居る間はね」
「門に居る間は?」
「あの日の夜、西エリアにある教皇の宮殿でパーティーが開かれていたそうなんだ。教会の人間はもちろん、彼らもあいつに誘われて少しだけ顔を出しに行ったらしい。つまり…」
「その間は簡単に侵入できた、ということですね」
「ああ。ちなみに、一応警備兵にも話を聞いてみたけど、西の入口は酔っ払ったデレク・ユージーンしか通してないってさ」
「では、決まりですね。犯人は教会の人間ではなく、外部の人間だと」
何も言わず、テディはカップをテーブルへ置いた。
「けどさ、どうして犯人は大聖堂に侵入したのかな?」
「?そりゃあ、被害者を殺害するために決まってっ…」
「だからどうして?」
柔らかい声とは裏腹に、視線が鋭くなる。
「俺が彼を殺すなら、学校帰りとかを襲うけどな」
「………犯人の目的はデレク・ユージーンじゃなかったと言いたいんですか?」
頷く代わりに、端正な口元が弧を描いた。
「でも、西の入口は被害者以外通ってないんですよね?会うことすらできないのに、どうやって被害者を殺害するつもりだったと?」
「それはーー」
大きな手が再びカップを持ち上げる。
「俺も分かんないだよね~」
「…………………………はぁ?」
眉を顰める私をよそに、テディは何事もなかったかのようにカップを揺らした。
「んー、聖女の力で空を飛んだ…いや、瞬間移動したとかどう?面白くない?」
「面白くないしありえないですよ!…全く、それなら隠し通路を作ったの方がまだ信じられっ…」
言葉を遮るように、テディの喉から熱を帯びた声が溢れる。
顔を上げると、彼のシャツが琥珀色に染まり始めていた。
「だ、大丈夫ですか!?もう、ふざけてるからです、よ……………」
慌てて駆け寄った、その瞬間。
息をすることすら忘れ、私の思考は完全に止まった。
濡れたシャツ越しに覗いた彼の肌に、大きな烏が羽ばたいていたから。




