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再演のディペンデンス  作者: 齋藤瑛
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テディと任務4

息を吸うことすら許されぬ静寂が、執務室を支配していた。

歴代の教皇の肖像画と磨き上げられた調度品に囲まれる中、まるで王座のような革張りの椅子に身を預けた教皇が、その重苦しい沈黙を破る。


「それで?恋人でないなら、何故その女を連れて来たんだ?」

「そりゃあ恋人になる予定だから♡」


いつの間にか調子を取り戻していたテディの発言に、私は一拍遅れて声を荒げた。


「はぁ!?あなた、何言っ…」

「ていうのは冗談でーー」


宥めるように、テディは隣に立つ私の頭をポンっと撫でる。


「今、この子と一緒に捜査してるんだよね。デレク・ユージーンが大聖堂前で射殺された事件について」


「えっ」と私が声を漏らすと同時に、教皇の瞳に警戒の色が宿る。


「誰から聞いた?」

「ヴィンセント様から。あんたが騎士団の捜査を止めるから、誰かが掃除屋(うち)に依頼したんじゃないかな?」


そう言うや否や、教皇の背後に控えていたダンが彼の耳元に顔を寄せた。


「先日、ユージーン司教が皇帝陛下主催の狩猟大会に参加されていました。もしや、その際に…」


その言葉を受け、教皇は静かに息を吐き、テディへ鋭い視線を向ける。


「そこまで分かっているなら、私が言いたいことも分かるな?捜査は禁止だ」

「それは無理な相談だなぁ。こう見えて、俺、忠誠心強いタイプだから」

「では、私からヴィンセント様に伝えておこう。だから、もう帰れ」

「えー」

「えーじゃない、帰れ」

「………あーはいはい、帰りますよ。でも、帰る前に一つだけ質問に答えてくれない?今日の代金としてでいいから」


(今日の代金?)


疑問を抱く私をよそに、教皇は逡巡しながら話を促す。


「………何だ?」

「犯人は教会の人間………じゃなくて、"外部の人間"だよね?」


核心を突く問いに、私とダンは目を見開き、教皇の肩が僅かに揺れた。


「…どうしてそう思う?」

「教会の人間ならわざわざ大聖堂で殺害する必要がない。それにーー」


一歩、もう一歩と近づき、テディは上質な木材の机に身を乗り出す。


「あんたがあいつらのために動くとは思えない。もちろん、侵入者のためにもね」

「………なるほど。つまり、お前は私が犯人を知っていて、庇っている…そう言いたいんだな?」


同じ色の瞳が正面からぶつかり合う。

無言を肯定として受け取ったのか、教皇は鼻に触れ、ゆっくりと口を開いた。


「残念だが、あの日は誰も招いていないし、私が動いたのはあいつらのためではなく、オリビア様のためだ」


その一言に、小さな世界を照らしていた太陽が分厚い雲に覆われていく。


「…………………………本当に変わらないな、あんたは」


力なく呟き、テディは失望だけを残して執務室を後にした。


「あっ、ちょっと!…すみません、失礼しますっ」


軽く頭を下げ、私はテディの後を慌てて追う。

扉を閉める寸前、隙間から見えた教皇は寂しそうな顔で肖像画を見つめていた。






××××××××××××××××××××






静まり返った廊下に二つの不揃いな足音が響く。


「待ってください!テディ様!…テディさっ…ぶへっ!」


突然立ち止まったテディの背中にぶつかり、私は間抜けな声を漏らした。

少し赤らんだ鼻を摩っていると、彼はお決まりの笑い声を上げながら振り返る。


「びっくりした?俺、教皇の息子なんだよね~」


そこにはいつものテディが居た。

まるで何事もなかったかのような反応に言葉を失っていると、彼は「あっ」とこちらに顔を近づける。


「でも、みんなには内緒だよ?オリビア教の教皇は妻子を持っちゃいけないから」


唇に指を当てて、テディは妖しく微笑む。

昨日の出来事が脳裏に過り、反射的に身を引く私を見て、彼は満足げに笑った。


「…よく今までバレませんでしたね」

「バレないよ〜。俺ですら三年前までは知らなかったし」

「三年前!?」

「俺、ここじゃなくて、母さんと一緒に歓楽街で暮らしてたからさ」

「だとしても、お母様から聞いてなかったんですか?」

「うん。聞く前に事故で死んじゃったからね~」


まるで冗談でも言っているかのような軽さに、思考が一瞬止まった。


「…それで、教皇様に引き取られたんですか?」

「まさか。たまたまミサに参加したら見つかっちゃってさ。五百万ガラドやるから顔を見せに来い〜って言われて、それ以来、お金が必要な時に会いに来てるだけ」

「五百万ガラド!?一回会うだけで!?」


『今日の代金としてでいいから』


(そういう意味だったのね…)


「あいつ、極度の面食いだからね~」

「面食いというか、普通に父親として息子の顔が見たいのでは…?」

「二十年以上会いに来なかったのに?」

「そ、それは………」


言葉に詰まった瞬間、吹き抜けから暖かな風が流れ込んできた。


「……………ここって、すごく綺麗だよね」


脈絡のない発言に顔を上げると、テディは太陽に照らされた中庭を見つめていた。


「こんな場所であいつは暮らしてたんだ。…母さんが死んだ時も、俺がゴミ捨て場を漁ってた時も、俺が汚ないおっさんから金を貰ってた時も、ずっと」


眩しそうに目を細める。


「あいつは母さんじゃなくて、女神を選んだんだ。だから、俺達は親子じゃない」


雨すら降らない、曇った目。

美しい顔立ちも相まって、今の彼は本当に女神が作った人形のようだった。


「……………………ダメだなぁ」


消えてしまいそうなぐらい、か細い声。

聞き返そうとした瞬間、テディは「さぁてと」と手を叩いた。


「俺は門番に話を聞きに行こうかな」

「えっ、帰るんじゃないんですか?」

「帰るよ。話を聞いた後で」


後出しジャンケンのような言い分に呆れていると、テディは腹を抱えて笑い出した。


「はー、あいつも君も、本当に分かりやすいよね。…あ、君は嘘つかないほうがいいよ?どうせバレるから」

「君は?」

「教皇。誰も招いてないってのは、たぶん嘘だよ」

「え!?ど、どうして、嘘だって分かるんですか?」

「鼻だよ。あいつは嘘をつく前に鼻を触る」


(流石詐欺師…。すごい洞察力ね……)


感心していると、テディは背を向けて歩き出した。


「ってことで、君は拠点で待っててくれる?十八時ぐらいには帰るからさ」

「いや、私も行きますよ」


後を追いかける私に見向きもせず、テディは笑いながら断る。


「ダーメー」

「ダメって、私はあなたの監視役ですよ?そもそも、あなたに拒否権はなっ…」

「ダメなものはダメー」

「話を遮らないでください!もう、何でダメなんですか!?」

「何でってーー」


長い足を止めて、空色の瞳がこちらを覗き込む。


「君に嫌われたくないから」

「…………………………はい?」

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