テディと任務3
扉が勢いよく閉められ、教室は水を打ったように静まり返った。
慌ただしい足音が完全に遠ざかったのを確認し、私達は教卓の中から姿を現す。
「被害者は修道院の女性を襲うつもりで東エリアへ向かい、中央エリア…大聖堂前で殺害された。………もしかして、その女性が誤って手をかけてしまったのでしょうか?」
「いや、それはありえない」
「何故ですか?」
「修道院の人間は日曜日のミサ以外、東エリアから出ることができないんだ。つまり、犯行現場に行けるのは西と東を行き来できる…」
「教会の人間だけ、ということですね」
テディは肯定も否定もしなかった。
気になって顔を上げてみたけれど、そこにはいつもの隙のない完成された笑みを浮かべる彼がいるだけだった。
「さっ、今日はもう遅いし、犯行現場は明日行こうか。お城まで送るよ」
そう言って、テディは私の横をすり抜けて行く。
間違ってはないならいいか、と軽く考えた私は、彼に置いていかれないように急いで後を追い掛けた。
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「一通り回ってみたけど、流石に十日以上経ってるから何も残ってないね…」
好意と嫉妬が混ざり合った囁きが、大聖堂前の広場を歩く私達を取り囲んでいた。
それに気づいているのかいないのか、テディは「んー」と空に向けて手を伸ばす。
「疲れたから、一旦庭園で休憩しない?あそこの花畑、すっごく綺麗でさ〜。きっと、君も気にいるはずっ…」
「そんなことより」
「そんなことより??俺からのデートの誘いをそんなことよりって言った?君」
顔を覗き込んできたテディを無視して、私はこちらを遠巻きに眺めている女性の群れを指さした。
「あの方達はあなたの知り合いですか?」
「え?」とテディが振り向いた瞬間、女性達から黄色い歓声が上がる。
「ああ。知り合いというか、俺のファンだよ」
「ファン!?アイドルでもないのに!?」
「アイドル…?それはよく分からないけど、俺のファンクラブが宗教界と社交界にあるらしくてさ、ここに来ると彼女達がついてきちゃうんだよね~」
テディが軽く手を振る。
それだけで歓声は膨れ上がり、耐え切れず倒れ込む者まで現れた。
「"ついてきちゃうんだよね~"じゃないですよ!どうするんですか!?このままでは教皇様に見つかってしまいますよ!?」
「えぇー、何で俺怒られてんのー?ただ歩いてただけなのに」
「その顔で歩いてたからですよ!」
「うわ、理不尽。ていうか、そういう文句は俺を産んだ母さんに言ってくれる?」
母さん。
その言葉に、私は思わず瞬きを繰り返した。
「なぁに?まさか、女神が作った人形だとでも思ってたわけ?」
「思ってませんよ!…ただ、あなたが家族の話をすると思わなかったので……」
彼の大きな瞳が弾かれるように見開いた。その瞬間ーー
「テディ!」
男性の声が聞こえ、私達は同時に振り返る。
すると、黒いローブを着た男性が、「退け!」と人混みを掻き分けて現れた。
「やぁ、ダン。今日も走り回されて大変そうだね」
「誰のせいだと…思ってるんだ…っ」
「え、誰??」
「貴様以外にいないだろうがぁ!」
呼吸を整えて激昂するダンを見て、テディは反省するどころか笑い声を上げる。
「…ったく、来い。あの方が呼んでる」
「はーい」
(あの方?)
目が合うと、テディは微笑み、私の頭をぽんっと撫でた。
「ごめん、すぐ戻るからここで待ってて」
「は、はい」という私の返事は女性達の悲鳴でかき消された。
彼女達はテディを追いかけようとしたけれど、隣を歩くダンに「仕事に戻れ!」と鬼の形相で怒られ、蜘蛛の子が散るように広場からいなくなった。
ようやく平穏を取り戻した私は、「ふぅ」と胸を撫で下ろし、噴水前のベンチに腰を下ろす。
(…それにしても、あの方って、テディの"知り合い"のことだよね?)
『教会に知り合いいるからお願いすれば入れるだろうし』
(使いの人が迎えに来るってことは、かなり上位の聖職者なんじゃ………)
「おい」
突然低く落ち着いた声で話し掛けられ、「え?」と振り向くとーー
(……………きょ、教皇!?)
そこにはこの国で知らない人間はいないであろう人物ーー教皇、ヒューゴ・イライアスが立っていた。
(どうしてここに!?ていうか、そもそも何で私なんかに話し掛けっ…)
「名前は?」
「へっ、あ、オ、オフィーリアと申しますっ」
立ち上がると、教皇は値踏みするようにこちらを見つめてくる。
「その服…城のメイドか?」
「は、はい…」
「………特技は?」
「えっ?…えぇっと、匂いで夕飯のメニュー当てること、ですかね…?」
「趣味は?」
「ひ、一人しりとりです…」
(いや、さっきから何の面接!?)
「ほう。…で、あいつのどこが好きなんだ?」
「あいつ?どなたのことですか?」
教皇が名前を口にしようとした瞬間、「おいっ!」と後ろから腕を引き寄せられ、私は温かくて大きなものにぶつかった。
振り返ると、それは珍しく息を切らしたテディだった。
「テディさっ…」
「この子に何してるんだよ!?」
まるでカイルのような荒々しい口調に、私は驚いて言葉を失う。
「ただ話していただけだ。お前こそ、どうしてここにいる?ダンには執務室で待たせておけと命令したはずだが?」
「嫌な予感がしたから戻ってきたんだ!ていうか、それなら彼女も呼んで、三人で話せば良かったじゃないか!」
「それではダメだ。この女の本性が見えないと、お前に相応しいか確認できん」
「相応しいかって、この子は俺の恋人じゃない!そもそも、俺が誰と付き合おうがあんたに関係ないだろ!」
「あるさ。私はーー」
教皇が一拍置き、静かに告げた。
「お前の父親なんだから」
「……………………………………………………………………は、」
二つの空色の瞳がゆっくりとこちらを見つめる。
「はぁ!?!?!?」




