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再演のディペンデンス  作者: 齋藤瑛
28/33

テディと任務2

「ここが被害者のクラスですか…」


夕日に照らされた廊下を歩いていた私達は、『2-A』という札がついた教室の前で立ち止まった。


(まだ誰か残ってるかもしれないし、ここは慎重に…)


そんな思考を否定するように、テディは「お邪魔しまーす」と躊躇なく扉を開く。


「えっ、ちょ、ちょっと!」

「誰も居ないね。みんな帰っちゃったのかな」


教壇から辺りを見渡すテディを見て、私は小さくため息を吐きながら教室へ足を踏み入れた。


「もう十七時ですからね。部活に所属していない生徒は帰宅しているのではないでしょうか」

「部活…」

「どうしましょう?外から運動部の声が聞こえますし、とりあえずグラウンドに行ってみますか?」


その問いへの返事は「はい」でも「いいえ」でもなく、何かが床に落ちる音だった。

「は?」と振り返ると、テディの足元に黒板消しやチョークが散らばっている。


「な、何やってるんですか!?」

「あはは、ごめんごめん。ちょっとぼーっとしてた」

「ぼーっとって…さっき扉を開ける時も思いましたけど、私達は今潜入してるんですよ!?もっと緊張感を持って下さい!」


しゃがんで落とした物を拾っていると、「だからごめんって~」と言ったそばから緊張感のない声が近づいてきた。


「あーもう、せっかくの綺麗な靴がチョークの粉で真っ白じゃないですか」

「チョーク…」

「どうせ友達から借りたんでしょうけど、ちゃんと大事に使わないとダメっ…」

「ねぇ」


言葉を遮られ、ハンカチで汚れを拭う手が止まる。

顔を上げると、また空色の瞳が探るようにこちらを見つめていた。


「もしかして君、学校に来たことあるの?」

「?もちろん、ありまっ…」


す、と言い切る前に自分が今"オフィーリア"であることを思い出した。


「…せん!あはは、私は孤児ですから!」


(あっぶねぇ!前世とごっちゃになって、ありますって言うところだった…!)


すぐに笑って誤魔化したものの、詐欺師の目は欺けないようで、テディは「じゃあ」と私の手の中にあるチョークを指さした。


「どうして、これの名前を知ってるの?」

「そ、それは…」


言葉を詰まらせた、その時。

良いのか悪いのか、廊下から男子生徒の話し声が聞こえてきた。


「大変、どこか隠れないとっ…」

「こっち」


「え?」と声を漏らした直後、二人の男子生徒が教室に入って来る。


「あれ、教室が開いてる。不用心だなぁ」

「明日提出の課題を忘れたお前が言うな」


部屋の奥へ向かう男子生徒達の会話をーー


(ちーー)


私達は教卓の中で聞いていた。


(ちっっっっっか!)


茹でダコのように真っ赤な私の顔と対照的に、至近距離にある端正な顔は余裕そうな笑みを浮かべている。


「危なかったね」

「はっ、はい…」


砂糖を溶かしたような甘い声に囁かれ、耳の奥まで熱を帯びていく。


(やばいやばいやばいやばい!目でっか、鼻たっか、顔ちっさ!めちゃくちゃいい匂いするんだが~!?!?)


どこを見ても眩しすぎて、ついに私は視線を落としたけれど、匂いからは逃げられなかった。


(死ぬ…このままじゃ興奮死する!…ハッ、そうだ!九九で心を落ち着かせっ…)


「…普通だな」


頭上から落ちてきた低い声に顔を上げると、空色の瞳が曇り始めていた。


「ねぇ、どうやってヴィンセント様とカイくんを落としたの?」

「お、落とした?」

「…え、まさか気づいてないの?カイくんがあんなことしたのに?」

「あんなこと…?」


鸚鵡返ししかしない私を見て、テディは深いため息を吐いた。


「…ド陰キャ、クソガキ、女顔」


(いや、何の呪文??)


「俺達のあだ名だよ。俺と真逆で、カイくんは人の名前を覚えないんだ」


『ちょ待てや、ド陰キャ!』

『首洗って待っとけ、クソガキ!』

『気色悪ぃこと言ってんじゃねぇぞ、女顔!』


(確かに、ヴィンセント様のことも"サイコ野郎"って呼んでたな…)


「どうせすぐに離れていくと思ってるからだろうね。…そんなカイくんが君の名前だけは覚えた。それってーー」


大きな手に手首を掴まれ、軽々と持ち上げられる。


「君を離したくないって思ってるからじゃないの?」


(じゃあ、あの時言おうとしたのは………)


鮫のようなギザギザした歯が脳裏に蘇る。

再び顔に熱が集まりかけた瞬間、「あーあ」とテディが肩を落とした。


「ガッカリだなぁ。あの二人を落としたから一体どんな子かと思えば、こんなつまんない子だったなんて」


(つまんない!?)


「しかも、任務の役にも立たないただのバカ」


(バ、バカ~!?!?)


「あ、安心して、別にカイくんのことをヴィンセント様にチクる気はないから。君はともかく、彼に居なくなられるのは俺も困っ…」

「ええ、私はバカですよ」


言葉を遮ると、テディは目を見開いた。


「足も遅いし力もないですよ。でも、ただのバカではありませんーー」


顔を上げて、先程まで直視できなかった顔を睨みつける。


「諦めの悪いバカですっ」


その瞬間、雲が晴れたような気がした。

しかし、まるで日傘を差したように、その瞳は前髪で隠されてしまう。


「だから、あなたみたいにすぐ諦める天才より、私の方が任務に役立てるはず…って、何震えてるんですか?」

「いや、まさかバカ宣言するとは思わなくて…しかも、あんな堂々と…くくくっ」


笑いを堪えていたテディは、目尻に浮かんだ涙を拭き、ゆっくり顔を上げた。


「じゃあ、俺も諦めないで待とうかなーー」


綺麗な顔が間近に迫り、息が止まる。


「君が、俺を落としてくれるまで」


彼の吐息が唇にかかって、まるでキスしてるみたいだった。


「…………………………は?」

「あっ、見つけたー!」


突然響いた大声に、私達の肩が同時に跳ね上がる。


「ふぅ、これで怒られずに済む」

「いや、そんな汚ないプリント提出したら逆に怒られるだろ」


色んな意味で助かったと私が胸を撫で下ろした、その時。


「…って、やっべぇ!おい、そろそろ出ないと門限間に合わねぇぞ!」

「え、もうそんな時間!?ちょ、ちょっと待て、すぐ片付けるから!」

「急げ急げ!…ったく、寄り道できねぇし、休みの日は外出禁止だし、()()()のせいで最悪だ」


(デレク…!)


「本当だよな。あいつがあんな時間に()()()()で殺されなければこんなことにはならなかったのに」


大聖堂前。

その言葉を聞いた瞬間、私達は何の合図もなく目を合わせた。


「いや、それを言うならーー」


「修道院の女に襲いに行かなければだろ?」

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