カイルと遭遇
「あの、銀髪の男性を見掛けませんでしたか?身長はこのぐらいで、顔はその…腹立つぐらい整ってるんですけど……」
「いや、見てないな」
「ごめんね」と去って行く男性の背中を見つめながら、私はため息を吐いた。
(どこに居るのよ、テディは)
人が行き交う大通りでヴィンセントとの会話を思い出した。
『じゃあ、頑張って。まずはテディを見つけられるといいね』
『見つけられるといい?彼らは拠点で暮らしているのではないのですか?』
『暮らしてるよ。でも、彼はほとんど拠点に居ないらしいんだ。…特に夜は』
『夜?』
『ああ。ただの小銭稼ぎならいいんだけど、ね?』
(案の定、拠点には居ないし、誰に聞いても見てないって言うし…)
「もう、どうすれば………うわっ」
トボトボと歩き出した瞬間、突然路地から真っ白な子犬が飛び出してきた。
(どうしてこんなところから犬が……)
路地を覗いてみるとーー
(カイル…!)
先程の子犬に指を噛まれたのか、「いってぇ」と蹲る臙脂髪の青年の姿があった。
(よかった、昨日の怪我は治ったようね…)
足を踏み入れようとした、その時ーー
「クソッ、何で急に怒り出したんだ?やっぱり女ってよく分かんねぇな、チョコ」
カイルは話し掛けた。………目の前に座る茶色い子犬に。
(ん??????????)
思考停止する頭に、「ワンッ!」という犬の鳴き声が響く。
ハッと我に返った私は慌てて壁に隠れた。
(い、犬に話し掛けてる!あの話は本当だったのね……)
バレたら怒られると頭では分かっているのに、体は好奇心に抗えず路地を覗いた。
「え、別の女の話をしたから?しょうがねぇだろ、お前ら以外に話せる奴いねぇんだから。………れ、恋愛相談なんて」
(恋愛相談!?あのカイルが!?!?)
「くぅ〜ん」と鳴かれ、カイルは茶色い子犬ーーチョコの頭を撫で始めた。
「………出会った頃のお前らみたいに、俺もあいつに、他人に触られるのが嫌だった。でも、いつの間にか嫌じゃなくなって、気づいたら触って欲しいって、触りてぇって思うようになっちまってた。…俺、あいつといるとーー」
深紅の瞳に温かな光が宿る。
「人間になれんだよ」
告白されたわけではないのに心臓が大きく跳ねた。
彼の眼差しがあまりにも優しかったから。
「で、でも、正直好かれてねぇから告白しても上手くいかなっ…」
「だとしても、告白すべきですよ!」
気づいたら、隠れていることを忘れて声を掛けていた。
突如として現れた私を見て、カイルは「は?」と間抜けな声を上げる。
「そんな風に好意を向けられて嫌な人はいませんし、それに好きって言われて好きになる人も居るらしいですから!」
口を開けたまま固まっていたカイルの顔は見る見るうちに赤く染まっていく。
「お、おおおおおおまっ、おまえ…いっ!」
「大丈夫ですか!?」
ガンッと鈍い音が響く。
尻もちをついて後退ろうとしたカイルが、ゴミステーションに頭をぶつけたのだ。
「い、いつからそこに居たんだよ!?」
「えっと、女ってよく分かんねぇなって辺りから」
「そんな前から居たんならもっと早く声掛けろや!盗み聞きしてんじゃねぇ!」
「す、すみません」と差し伸べた手をカイルは渋々取って立ち上がる。
そんな私達に何を思ったのか、チョコは黙って路地の奥へと消えて行った。
「……………引いただろ?」
「え?」と振り向くと、カイルは恥ずかしそうに視線を逸らしていた。
「犬に話し掛けるなんて、あいつらみてぇに引いだろつったんだ」
「いえ、驚きはしましたけど引いてはいません」
「嘘つけ。本当は気持ち悪ぃって思ってるくせに」
「ついてませんよ。むしろ、ちょっと羨ましいなと思いました」
「羨ましい?」
「はい。話し掛けるというより会話しているように見えたので」
その一言に彼は何故か目を丸くした。
「今のわんちゃんはチョコちゃんって言うんですか?」
「…いや、どっちかというとチョコくんだ。あいつ雄だから」
「なるほど。じゃあ、先程飛び出してきた白いわんちゃんは?」
「クリーム、雌」
「クリームちゃんですか。ふふふ、茶色だからチョコで白だからクリームって、カイルさんらしいというか安直っ…」
「あ?なんか言ったか?」
ポキポキと指を鳴らす音が聞こえ、私は「そ、それにしても」と話題を変えた。
「カイル様って好きな人いたんですね。あはは、どんな方なのか見てみたいです」
「………毎日見てんだろ」
「毎日?……………えっ、もしかしてヴィンセント様ですか?ドン引きです」
「んなわけねぇだろ!つーか、何でこっちはドン引きすんだよ!?」
「余計なお世話かもしれませんが、あの方はやめておいた方がいいですよ。性別とか身分の差以前に性格がちょっと…」
「だから違ぇって!昨日も言ったが、俺の恋愛対象は人間の女だ!」
「あ、そういえばそうでしたね。ふぅ、安心しました」
安堵する私を見て、カイルは深い深いため息を吐いた。
「でも、だとしたらどなたなんですか?他に毎日顔を合わせる人なんてっ…」
「なぁ」
突然話を遮られ、私は顔を上げる。
「あれって、お前も?」
「あれ?」
「好きって言われたら好きになるってやつ」
「んー、好きになるかは分かりませんが意識はすると思いま、す……」
語尾が消える。
だって、彼が先程のような温かい…いや、熱い眼差しで見つめていたから。
ギザギザした歯が覗いた、その瞬間ーー
「あっ、カイくんみっけ〜」
甘い空気をぶち壊すように、聞き慣れた軽い声が大通りから聞こえてきた。




