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再演のディペンデンス  作者: 齋藤瑛
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ヴィンセントと約束

「…あなたは何もしなくていい。これは僕の問題です」

「でも、私が余計なことを言ったせいでっ…」

「だったら、昨日の貸しを今返してもらっていいですか?」


その瞬間、息が止まりそうになった。だってーー


「金輪際、僕に話し掛けないでください」


前髪の隙間から覗いた彼の瞳が、深海のように光を拒んでいたから。






××××××××××××××××××××






(む、むかつく〜ッッッ!)


吹き抜けの廊下を歩きながら、私はルーカスに言われた言葉を思い返していた。


(なーにが「話し掛けないでください」よ!こっちだってあんたみたいな陰険男と話したくないっての!ふんっ、このままクロード侯爵に怒られてしまえっ……)


頬を叩かれたルーカスの姿が脳裏に浮かび、自然と足が止まる。


(……そしたらまた叩かれちゃうのかな?きっと、すごく痛かったよね)


なのに、ルーカスは驚きもせずに謝罪していた。

その行動でクロード公爵が常日頃から彼を叩いていること、そして周りの人間が咎めることも守ることせずにただ傍観していることが一目で分かった。


(……………やっぱり私も一緒にっ…)


踵を返そうとした瞬間、スズランの香りがした。

その香りに誘われるように私は草地へ足を踏み入れる。

一歩、また一歩と進み続けるとーー


「ここは…」


今朝夢で見た場所へと辿り着いた。


(どこか見覚えがあると思ったらここだったのね。…それにしても本当に何も変わってない。まるでこの場所だけ時間が止まってるみたい……)


またしても優しい風が頬を撫でる。

その風に背中を押されるように歩き出すと、木漏れ日の下、夢に出てきた少年と同じ髪色の人物が静かに眠っていた。


(ヴィンセント…)


早く誰か呼びに行かなくちゃ、と頭では理解しているのに体が動かない。

その姿から目を離せずにいるとーー


「まだ?」

「え?」


突然右腕を引かれ、私はバランスを崩して膝をつく。

亜麻色の長いまつ毛が震え、菫色の瞳に見慣れたオフィーリアの姿が映り込んだ。


「いつ寝込みを襲ってくれるの?オフィ」

「おっ、襲いませんよ…」

「あはは、そっか。残念」


笑う彼は、先程私の服を脱がそうとした男とはまるで別人のようだった。


「どうして…」

「どうしてって何が?」

「えっ、えっと…ど、どうして私だと分かったのかと……」

「そりゃあ分かるよ。僕を見つけられるのは昔から君だけだからね」


『………君は僕のことを見てるんだね』


どちらの言葉も過去を知った私にはとてつもなく重く感じた。

もう神託に存在しないというだけで、彼はずっと一人で生きてきたのだろうか。

だからこそオフィーリアは自分の手を汚してでも彼の望みを叶えてあげたかったんだろうか、と。


「…さっきはごめん」

「え?」

「恥ずかしい思いをさせて」


菫色の瞳がこちらを見上げる。

狂気を孕んだ瞳と重なり、私は「い、いえ」と逃げるように視線を逸らした。


「…………………………やっぱり君、変わったね」


(気づかれてた…!)


「そ、そんなことありません!先程のことで仰っているのであればあれはっ…」

「それだけじゃない。僕に見つめる瞳も名前を呼ぶ声も全て違う、何よりーー」


ヴィンセントは私の右手を取り、自分の頬に添える。


「君の手はこんなに温かくなかった」


微笑まれた瞬間、胸が軋んだ。


(……どうして利用して捨てるだけの道具にそんな寂しそうな顔で笑いかけるの?)


「カイルのことが好きになった?それとも、僕のことが嫌いになった?…君も僕から離れていくの?」


(離れたい。そのために掃除屋(タイディ)を味方につけようとしてるんだから。でも………)


『だからさオフィ、君が落ちてきてよ。地獄でも可愛がってあげるから』


夢で言われた言葉が胸の奥で響き、今度は左手を彼の頬に添える。


「…離れませんよ。だって私は、あなたと一緒に地獄へ落ちると決めてますから」


(オフィーリアならこう言ったはず………よね?)


木々が揺れる。

葉音に掻き消されてしまいそうなほど小さな声でヴィンセントは呟いた。


「…じゃあ、名前を呼んで」

「え?」

「ヴィンスって、昔みたいに呼んでよ」


それは"命令"ではなく、切実な"願い"だった。


「…ヴィンス」


そう名前を呼んだ瞬間ーー


「なぁに?オフィ」


細長い指先からは想像できないほどしっかりした腕に包み込まれた。


「なっ、ヴィ、ヴィンセント様!?」

「あーあ、もう元に戻っちゃった。…でもまぁ、その呼び方も好きだからいいや。それよりこのまま一緒に昼寝でもしようよ、あの日みたいにさ」

「いや、それはっ…」

「ダメ?」


耳元で悪魔が囁く。

契約書にサインする寸前、私は最後の力を振り絞って彼の胸を押し返した。


「ダメっ…ですよ。クロード公爵様がヴィンセント様をお探しなんですから」

「クロード公爵が?」

「はい、至急謁見の間に来て欲しいと」


「ふーん」という不機嫌な声を上げた後、ヴィンセントはため息を吐いた。


「それなら仕方がない、か。謁見の間ってことは、クロード公爵というより陛下の呼び出しだろうし」


私を解放した彼は草を払って立ち上がる。


(た、助かったぁ…)


安堵の息を吐きながら起き上がる私に、ヴィンセントは「はい」と懐から取り出した手紙をこちらへ差し出した。


「これは…」

「テディに任せたい個人任務。さっき欲しいって言ってたでしょ?」

「よ、よろしいんですか?」

「いいよ。なんかーー」


手紙を受け取っても立ち上がらない私の手をヴィンセントが掴む。


「すぐ真っ赤になる今の君も嫌いじゃないから」


引き上げられた勢いで抱きついてしまい、私の顔は熱を帯びていく。

その顔を見て、ヴィンセントは喉を鳴らしながら楽しそうに笑った。

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