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再演のディペンデンス  作者: 齋藤瑛
22/33

カイルと任務8

女神さえ息を潜めているような大聖堂の中。

月明かりがステンドグラスを透かし、祭壇前で佇む少年の背を照らしていた。


「今日は止めた方がいいぜ」


砂利を噛むような声に萌葱色が揺れる。


「また雨が降るらしいからな」


二つの足音が波紋のように広がっていく。

エメラルドの瞳が私を通り過ぎて、隣を歩くカイルに優しく微笑みかけた。


「うん。だからその前に始めようと思ってさ。早く来てくれて助かったよ」


足を止める私達とは対照的に、エイダンは一歩、また一歩と段差を降りる。


「………本当に火をつけるつもりか?」

「もちろん、そのためにエレサレスに来たからね。今までのは余興に過ぎない」

「てめぇの目的ははなから大聖堂(ここ)だったのか」

「んー、それはちょっと違うかな。僕は燃やしたいのは大聖堂じゃなくてーー」


「大聖堂にいる聖女と聖女候補達だ」


聖女ーーこの小説のヒロイン、ジェシカ・フローレンスの話が出るとは思わず、私は動揺を隠せなかった。


「根を断ちて葉を枯らす…女神と違って、人間である聖女は簡単に死ぬ。そうすれば、女神派は神託を受け取ることすらできない」

「聖女が死ねば、女神派(やつら)も信者として死ぬってことか」

「ああ。だから君もエレサレス(ここ)に居たんだろう?僕達の再会は必然だったんだね」


赤が髪を、青が顔を、金が手を染めていく。

その色の中で笑う姿は聖像ではなく、まるで堕ちた天使のようだった。


「さぁ、一緒に正義の鉄槌を下そう!僕達のような犠牲者を出さないために!」


口元を歪ませたまま、エイダンはカイルに手を差し出す。けれどーー


「………え?」


パンッと乾いた音が二人の間に落ちた。


「残念だが、必然じゃなくて偶然だ。…俺は八年前の罪を償うために来た」

「罪を償う?…な、何言ってるんだよ、君は僕を救ってくれたじゃないか」

「お前が勝手に救われただけだろ。俺は正義の味方じゃない、ただの人殺しだ」

「ち、違うよ、君は正義の味方だ!これまでも、そしてこれからもずっとっ…」

「間違っているのはあなたです!」


自分でも驚くぐらい力強い声で彼から言葉を奪った。


「あなたの両親が女神にしていたように、あなたは彼に依存しているだけです!」

「…っ、違うっ、僕は両親(あいつら)なんかとっ…」

「同じだよ。村から逃げ出す時も今も、俺を捕まえた奴らと同じ目ぇしてる」


同じ目ーー濁りきったエメラルド瞳にはもう何も映らない。


「……………違う、違う違う違う違う違うッッッ、僕はあいつらとは違う!!!」


理性を失ったエイダンは懐から取り出した絡繰のボタンを押す。しかしーー


「………………………………………は?」


世界は何も変わらなかった。


「な、なんっ…」

「何で燃えないんだ、だろ?」


一本の剣のように真っ直ぐな眼差しを貫かれ、エイダンは顔を歪める。


「悪いが、爆弾は解体させてもらった。猛獣達にな」






××××××××××××××××××××






「お疲れ様、ルーくん」


聖女の私室とは思えないほど飾り気のない部屋。

机の下に座り込んでいたルーカスは、背後から声を掛けられて振り返る。

すると、そこにはーー


「テディさん」


いつも通り胡散臭い笑みを浮かべたテディが立っていた。


「いやぁ、こんな短時間で爆弾を解体しちゃうなんて凄いね。流石ヴィンセント様の護衛騎士…いや、クロード公爵の嫡男、かな?」


探るような視線を浴びながらも、ルーカスは素知らぬ顔で謙遜する。


「いえ、あなたのお陰ですよ。あと少しでも発見が遅ければ間に合わなかった」






××××××××××××××××××××






「爆弾の解体?」


時を遡ること、十時間前。

掃除屋(タイディ)の拠点の中、ルーカスは目の前のソファに座るカイルとオフィーリアに問いかけた。


「はい、今夜私達が追っている連続放火魔が大聖堂に火をつけます」

「あいつことだからどこかに例の爆弾を隠してるはず…それを解体して欲しい」

「例の爆弾…って、何だっけ??」


隣で首を傾げるテディを一瞥してから、ルーカスは簡潔に説明する。


「最近闇市で出回ってる武器の一つ、遠隔操作型爆弾のことですよ」

「あー、逃げ出した聖女候補が魔力を悪用して作ってるやつか。…あれ?ていうか、もしかしなくても、カイルは犯人と知り合いなの?」

「知り合いというか、その……………ダ、ダチだ…」


そう言って、カイルが頬を染めて視線を逸らす。

すると、ルーカスは「へぇ」と呟き、テディは「ふーん」と笑みを浮かべた。


「な、なんだよ?」


その問いに答えたのは、ルーカスでもテディでもなくーー


「お前、犬以外の友達いたんだな」

「……………………………………………………は?」


今まで一言も発することなく、壁と同化していたジャックだった。

予想外な人物に予想外な言葉を言われたカイルは、一瞬間の抜けた表情をするけれど、すぐに意識を取り戻して眉を吊り上げる。


「いるに決まってんだろ!てか、てめぇにだけは言われたくねぇんだよ!」

「そうそう、犬は彼女だよね?カイくんに寄ってくるのはほとんど雌犬だし」

「彼女じゃねぇわ!俺の恋愛対象は人間の女だ!」

「その割には女性じゃなくて雌犬にばかり話し掛けてますけどね」

「なっ、見てたのか!?」

「話し掛けてるんですね、ドン引きです…」


三人からからかわれ、カイルは「て、てめぇら」と小刻みに震え出す。


「全員一発ぶん殴る!」

「カ、カイル様!?」


勢いよく立ち上がったカイルの腰に、オフィーリアは必死にしがみついた。

そんな光景を空色の瞳が興味深そうに見つめる。


「どうどう!一旦落ち着いてください!」

「そのどうどうってやつやめろぉ!俺は馬じゃねぇ!てか、離せっ…」

「離しません!私達は頼み事をしに来たんですよ?それとも彼と戦うことになってもいいんですか!?」

「~~~ッッ」


ようやく諦めたカイルは、「ああクソッ」と呟きながらソファに座り直した。


「で!?結局、爆弾の解体はできんのか?できないのか?」

「できますよ。…ですが、僕達のような部外者が大聖堂に入るには申請が必要です。許可が取れたとしても時間が掛かりますし、夜までに見つけ出すのは…」

「つまり、見つかりさえすれば解体するってこと?」


全員の視線がテディに集中する。


「なら、俺が探そうか。教会に知り合いいるからお願いすれば入れるだろうし」

「いいんですか!?」

「うん。なんだか、面白いことになってるみたいだし」


そう言って、テディはまるで新しい玩具を見つけた子供のように笑う。

断るという選択肢がない状況に、ルーカスは盛大なため息を吐いた。


「………言っときますけど、僕の貸しは高いですからね」






××××××××××××××××××××






「あれ?そういえば、ジャックは?」


辺りを見渡しながら、テディは道具を片付けるルーカスに問いかけた。


「ヴィンセント様の所へ行くと言っていましたよ」

「えー、勿体ない。カイくんに貸しを作るチャンスなのに」

「彼は頼るのが苦手ですからね。ま、それだけ大切な友人ということでしょう」

「羨ましい?」

「ええ」


肯定、しかも即答されるとは思っていなかったテディは目を丸くする。


「へぇ、これまた珍しい。正直なルーくんなんて」

「僕はいつだって正直ですよ」

「ああ、だからーー」


オフィーリア(彼女)を嫌いなこと、隠そうとしないんだ」


その瞬間、ルーカスの手から道具を滑り落ちた。






××××××××××××××××××××






同時刻、エイダンの手からも絡繰ーー起爆スイッチを落ちた。


「どう、して…」

「自分で言うのもなんだか、俺は他人より足も早けりゃ鼻も利く。でも、お前に鬼ごっこでも隠れんぼでも勝ったことがない。…お前が用意周到な奴だから」

「………!」

「そんなお前なら、俺が手を取らなかった場合も考えて、例の爆弾を用意すると思った。真っ向勝負で俺に勝てるわけねぇからな」


再び大聖堂は息を呑むほどの静寂に包まれた。


「……………君、変わったね。昔はそんな風に誰かに頼ったりしなかったのに…もしかして、彼女のせい?」


虚な目が私を見つめる。

焦点の合わない視線を浴びて、アラン・バーナードに殺されかけた記憶が蘇った。


「彼女は君に必要だと思ってたけど、僕の勘違いだったみたいだね。ならーー」


「要らない」


その瞬間、エイダンはナイフを片手にこちらへ向かって走り出した。

咄嗟に逃げようとしたけれどーー


「おい、約束破んな」

「え?」


目の前に大きな背中が広がる。

それと同時に呻き声が聞こえ、彼が私の代わりに腹部を刺されたことが分かった。


「カ、カイル様!」

「そばにいねぇと守れねぇだろ、バカ」


『死にたきゃ俺が居ないところで死ね。死にたくなきゃ、俺のそばから離れんなよ、綿毛』


エイダンが慌ててナイフを引き抜くと、カイルは膝から崩れ落ちた。

そんな彼に寄り添い、腹部を押さえる彼の手に自分の手を重ねるけれど、止めどなく流れる真っ赤な血で綺麗な大理石の床が汚れていく。


「…っ、な、なんで…」

「言っただろう?俺は罪を償いに来たって。だから、俺は誰も死なせねぇし、お前に誰も殺させねぇ…っ」


そう宣言したカイルの瞳には、どんな闇にも染まらない強い光が宿っていた。

カランカラン、とナイフの落下音がこだまする。


「君は本当に………」


その続きを飲み込んだエイダンは違う言葉を口にした。


「………村に火をつけたのは君じゃないんだろう?」

「………!」

「やっぱりね」

「気づいてたのか…」

「ああ。君は自分のためにじゃなくて、他人のために行動する人だから」

「だったら、どうして……」

「…僕を救ってくれるのは、いつだって君であって欲しかったんだ。みんなが僕を置いていく中、君だけが一緒に残ってくれたから」


ポタポタと零れ落ちる涙が、まるで聖水のようにエメラルドの瞳を浄化していく。

その瞳には楽しそうに遊ぶ幼い二人が映っているような気がした。

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