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再演のディペンデンス  作者: 齋藤瑛
20/33

カイルと任務6

「あ、雨……」


月光すらない暗闇の中、水の匂いが鼻腔を擽り、ポツポツと雨が降り始める。

振り返ると、カイルは黙ったまま俯いていた。


(走る……のは難しそうね)


「あそこで雨宿りしましょう」


街灯の明かりを頼りに、私はカイルの手を引いて軒下へと移動した。

チラリと横顔を見ると、重力に逆らう彼の髪が雨に従うように伏せている。


「風邪引きますよ」


そう言って、私がハンカチを取り出し、カイルの顔に手を伸ばした瞬間ーー


「止めろ」


ようやく開いた口から低い声が漏れた。

その言葉を無視して、私は彼の濡れた顔を拭く。


「止めろって言ってるだろ!」


手を振り払われ、ハンカチが水溜まりに落ちた。

前髪の隙間から見えた深紅の瞳が苦しげに揺れる。


「俺はお前に心配してもらえるような人間じゃない。もう、放っておいてくれ」

「………だったらーー」


雨音を掻き消すように、バチンと頬を叩く音が響き渡る。


「こんな迷子の子犬みたいな顔しないでください!」


突然顔を両手で挟まれ、カイルは「は?」と間の抜けた声を漏らす。


「はぁ!?誰がっ…」

「迷ってる理由は話したくないなら無理に聞きません!でも、手を引っ張るぐらいはさせてください!」

「………!」

「私も正しい道なんて分かりませんけど、二人なら迷ったっていいじゃないですか。遠回りしたって楽しいじゃないですか」

「……………そう、だな」


カイルは私の右手に頬を擦り寄せーー


「お前となら楽しそうだ」


嘲笑でも自虐的な笑みでもない温かい笑みを初めて浮かべた。

その笑顔に胸が高鳴り、私は思わず視線を逸らして彼から手を離す。


「…本当は優しい人だと、お前は俺に言ったよな」


「ええ」と返事をしながらも、私の意識は彼の体温が微かに残る手に集中する。


「でも、それは違う。昨日おっさんから女を助けたのも、今日スリから財布を取り返したのも全て、八年前の贖罪として助けただけだ」


八年前という単語に顔を上げると、不安そうな深紅の瞳と目が合う。


「どこに行けば、何をすれば許してもらえるのかって、俺の心は今もマレー村で彷徨い続けてる。………あの日、俺のせいで火がついたから」

「ついた?つけたではなくて?」


雨脚が強まり、地面を叩く音が激しくなると同時に、彼はゆっくりと口を開いた。


「……………何百年も昔、マレー村に訪れた聖女が女神の神託を告げたんだーー」


「赤い髪に赤い目をした男児が村を滅ぼすと」






××××××××××××××××××××






「いい?決して、家の外に出てはダメよ」

「どうして?」

「…外には恐ろしい化け物がいるの。その化け物に食べられてしまうかも」

「化け物…」

「あなたことが心配だから言っているのよ?お願いだから分かってちょうだい」


そう言って、母さんは俺を抱きしめた。


幼い頃、俺の世界は小さかった。

別に小さな世界が嫌だったわけじゃない。

ただ、俺には外の世界が眩しくて、どうしても憧れることを止められなかった。

だから、母さんも父さんもいない日、外から聞こえてきた楽しそうな子供達の声に惹かれて、俺は約束を破った。そこでーー


「君、誰…?」


俺とエイダンは出会った。


「…カ、カイル。カイル・リード」

「そっか、僕はエイダン・ジェイコブ。カイルくんも一緒に遊ぼうよ、ほら!」


差し出された手を取ると、エイダンは俺を光の中心へ連れて行った。

楽しかった。

初めての鬼ごっこも隠れんぼもすごく楽しくて、俺は時間を忘れて遊んだ。


日が沈むにつれて一人、また一人と人数が減っていった。

そして、最後に残ったのは俺とエイダンだった。


「まだ帰らないのか?」

「………うん」

「そっか。……なら、俺も帰らない」

「え?」

「もっともっと遊ぼうぜ!エイダン!」

「う、うん!」


真っ暗になるまで、俺達は遊び続けた。

まだまだ遊び足りないけど、そろそろ帰らなくてはと思っていた。しかしーー


俺があの家に戻ることはなかった。


エイダンを迎えに来た両親は俺を見た瞬間、口を揃えてこう言った。

「化け物」と。


そのまま俺は狭い地下牢へと投獄された。

「出してくれ」と声が枯れるぐらい叫んでも、誰も俺を助けてはくれなかった。

でもきっと、すぐに母さんが迎えに来てくれる。そう思っていた、けれどーー


迎えに来たのは父さんだった。


いつも無口な父さんから語られたのは、女神の神託と、住民達に非難されて母さんが自殺したことだった。


「お前のせいで母さんは死んだんだぞ!?お前のせいだ!全部、お前のせいだ!」


父さんは俺を責めた。そしてーー


「やはり、あの時殺しておけばよかった…っ」


自分を責めた。


「……………一緒に帰ろう、母さんの所へ」


濁った瞳のまま、父さんは地下牢の扉を開けて俺に手を差し伸べた。

煙の臭いに混じって、硫黄の臭いがする。

嫌な予感がした瞬間、外から火が回ってきた。

村を巻き込んで一家心中しようとしてるんだと気づき、俺は父さんの手を振り払い、隙をついて逃げ出した。


案の定、村は火の海と化していた。


『お前のせいだ!全部、お前のせいだ!』


そうだよ、父さん。

俺が約束を破ったせいで、生まれてきたせいでこうなってしまったんだ。


『外には恐ろしい化け物がいるの』


違うよ、母さん。

化け物は外じゃない、内側にいたんだ。

化け物はーーー


俺だ。


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