カイルと任務5
今でも鮮明に覚えている。
村を飲み込む炎も。
獣のように咆哮する火の音も。
皮膚を焼き裂くような熱風も。
そして、希望に満ち溢れたエメラルドの瞳も。
なのに、どうして忘れていたんだろう。
「………ル様」
昔も今も同じ臭いが漂っていたことを。
「カイル様!」
××××××××××××××××××××
何度か呼び掛けると、カイルはハッと我に返った。
「大丈夫ですか?顔色悪いですけど…」
片付けられたばかりのテーブルに汗の雫が落ちる。
肩で息をする彼を見て、私は「お冷貰ってきますね」と席を立った。その瞬間ーー
「なぁっ」
武骨な手が私の手を強く掴んだ。
「お前に俺の居場所を教えたのはどんな奴だ!?」
唐突な問いと行動に、私は「え?」と驚きの声を漏らす。
「女か?男か?」
「だ、男性でした。私達より少し若いと思います…」
「じゃ、じゃあ髪は?瞳は?何色だった!?」
「えっと………髪は萌葱色で、瞳はまるでーー」
「エメラルドみたいな青竹色でした」
その言葉に深紅の瞳が大きく揺れる。
「…………………………そう、か」
彼は視線を伏せ、掴んでいた手を離して額に当てた。
「カイル様?」と声を掛けると、彼は深呼吸して、ゆっくりと顔を上げる。
「……………一回しか言わねぇからよく聞け。恐らく、犯人はその男ーー」
「エイダン・ジェイコブだ」
「へ?………ちょ、ちょっと待ってください!何で彼が犯人なんですか!?ていうか、どうして彼の名前をっ…」
「そいつがマレー村の生き残りだからだ」
「マレー村ってっ…」
(カイルの故郷………!)
「そもそもスペスってのは、マレー村周辺にしか生息しない希少な鳥の羽を織り込んだ生地だ。燃えやすく、燃やすと硫黄みてぇな臭いがする。……八年前や今回の事件と同じようにな」
『卵が腐ったみてぇな臭いがしねぇか?』
(カイルの嗅覚は間違ってなかったんだ…)
「酒場は最近模様替えしたと言っていた。多分、そいつが酒場にスペスのカーテンを、仕立て屋に生地を売りつけたんだ」
「そんな………」
その時ーー
「きゃあああああ!火事よー!」
外から女性の悲鳴が響き、店内が騒然となる
「…っ、クソッ」
「カイル様!」
店を飛び出したカイルを追い掛けるように、私もその場を後にした。
××××××××××××××××××××
茜色の空の下、向かいの建物も同じ色に染まっていた。
消火に当たる人や、私のように炎に釘付けになる人でごった返す中ーー
「エイダン!」
辺りを見回していたカイルが声を上げる。
彼の視線の先を追うと、野次馬の群れの中で萌葱色が揺れた。
しかし、喧騒に掻き消されたのか、少年は振り向かずに路地へ消えてしまった。
「おい、待てよ!エイダン!」
人混みを掻き分けて追い掛けるとーー
「そんな何回も呼ばなくても聞こえてるよ。君は声が大きいからね」
昨日出会った少年ーーエイダン・ジェイコブが立っていた。
「久しぶりだね、カイルくん」
笑みを浮かべるエイダンとは対照的に、カイルは強ばった表情で話し掛ける。
「………あれはお前の仕業なのか?」
「そうだよ。…あ、でも、安心して。今日は定休日でお客さんは居ないし、従業員も君を苦しめた女神派だけだから」
(君を苦しめた?)
「何でこんなことを?」
「恩返しさ。八年前、両親から救ってくれたから。…それにーー」
「君のようになりたいと思ったんだ。君のような正義の味方に」
エメラルドの瞳がギラギラと輝く。
正義の味方に憧れる子供ではなく、神を崇める信者のような眼差しに背筋が凍る。
「………あ、あの傭兵達は?」
「え?」
震える声で問いかけると、エイダンの瞳に今日初めて私の姿が映った。
「彼らは女神派ではないですよね?教会の十字架を持っていなかったですし…」
「ああ、違うよ」
「だったらっ…」
「でも、彼らは"悪"だ」
「………!」
「正義の味方は悪は粛清しないといけない。そう、これは"正義"の炎なんだよ!」
エメラルドの瞳から孕んでいた狂気が零れ落ちる。
恐怖で言葉を詰まらせているとーー
「違ぇよ」
カイルの声が路地に響き渡った。
「正義なんかじゃねぇ、ただの自己満足な炎だ。今も昔もな」
背後からゴウゴウと燃え盛る音が聞こえてくる。
エイダンが言葉を紡ごうとした瞬間、騎士団の足音が近づいてきた。
「…時間切れ、か」
残念そうに呟くと、エイダンは背を向けて歩き出す。
「おい、待て!まだ話がっ…」
「明日の午後十時、僕は大聖堂に火をつける」
追い縋るように手を伸ばしたまま、カイルの動きは止まる。
「また明日ね、カイルくん。きっと、僕の手を取ることになる。だって君はーー」
「この手を振り払えないだろうから」
振り向かず、エイダンは手を振りながら去っていく。
遠ざかる背中を追い掛けることなく、カイルは自分の手を黙って見つめていた。
「私達も一旦拠点に戻りましょう。ここに居たら、騎士団に怪しまれてしまいます。………カイル様?」
話し掛けても返事をしないカイルの顔を覗き込む。
その顔を見た瞬間、私は嫌な予感がして、彼の手を引いて強引に歩き出した。
決して後ろは振り返らずに。




