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再演のディペンデンス  作者: 齋藤瑛
19/33

カイルと任務5

今でも鮮明に覚えている。

村を飲み込む炎も。

獣のように咆哮する火の音も。

皮膚を焼き裂くような熱風も。

そして、希望に満ち溢れたエメラルドの瞳も。

なのに、どうして忘れていたんだろう。


「………ル様」


昔も今も同じ臭いが漂っていたことを。


「カイル様!」






××××××××××××××××××××






何度か呼び掛けると、カイルはハッと我に返った。


「大丈夫ですか?顔色悪いですけど…」


片付けられたばかりのテーブルに汗の雫が落ちる。

肩で息をする彼を見て、私は「お冷貰ってきますね」と席を立った。その瞬間ーー


「なぁっ」


武骨な手が私の手を強く掴んだ。


「お前に俺の居場所を教えたのはどんな奴だ!?」


唐突な問いと行動に、私は「え?」と驚きの声を漏らす。


「女か?男か?」

「だ、男性でした。私達より少し若いと思います…」

「じゃ、じゃあ髪は?瞳は?何色だった!?」

「えっと………髪は萌葱色で、瞳はまるでーー」


「エメラルドみたいな青竹色でした」


その言葉に深紅の瞳が大きく揺れる。


「…………………………そう、か」


彼は視線を伏せ、掴んでいた手を離して額に当てた。

「カイル様?」と声を掛けると、彼は深呼吸して、ゆっくりと顔を上げる。


「……………一回しか言わねぇからよく聞け。恐らく、犯人はその男ーー」


「エイダン・ジェイコブだ」


「へ?………ちょ、ちょっと待ってください!何で彼が犯人なんですか!?ていうか、どうして彼の名前をっ…」

「そいつがマレー村の生き残りだからだ」

「マレー村ってっ…」


(カイルの故郷………!)


「そもそもスペスってのは、マレー村周辺にしか生息しない希少な鳥の羽を織り込んだ生地だ。燃えやすく、燃やすと硫黄みてぇな臭いがする。……八年前や今回の事件と同じようにな」


『卵が腐ったみてぇな臭いがしねぇか?』


(カイルの嗅覚は間違ってなかったんだ…)


「酒場は最近模様替えしたと言っていた。多分、そいつが酒場にスペスのカーテンを、仕立て屋に生地を売りつけたんだ」

「そんな………」


その時ーー


「きゃあああああ!火事よー!」


外から女性の悲鳴が響き、店内が騒然となる


「…っ、クソッ」

「カイル様!」


店を飛び出したカイルを追い掛けるように、私もその場を後にした。






××××××××××××××××××××






茜色の空の下、向かいの建物も同じ色に染まっていた。

消火に当たる人や、私のように炎に釘付けになる人でごった返す中ーー


「エイダン!」


辺りを見回していたカイルが声を上げる。

彼の視線の先を追うと、野次馬の群れの中で萌葱色が揺れた。

しかし、喧騒に掻き消されたのか、少年は振り向かずに路地へ消えてしまった。


「おい、待てよ!エイダン!」


人混みを掻き分けて追い掛けるとーー


「そんな何回も呼ばなくても聞こえてるよ。君は声が大きいからね」


昨日出会った少年ーーエイダン・ジェイコブが立っていた。


「久しぶりだね、カイルくん」


笑みを浮かべるエイダンとは対照的に、カイルは強ばった表情で話し掛ける。


「………あれはお前の仕業なのか?」

「そうだよ。…あ、でも、安心して。今日は定休日でお客さんは居ないし、従業員も君を苦しめた女神派だけだから」


(君を苦しめた?)


「何でこんなことを?」

「恩返しさ。八年前、両親(あいつら)から救ってくれたから。…それにーー」


「君のようになりたいと思ったんだ。君のような正義の味方に」


エメラルドの瞳がギラギラと輝く。

正義の味方に憧れる子供ではなく、神を崇める信者のような眼差しに背筋が凍る。


「………あ、あの傭兵達は?」

「え?」


震える声で問いかけると、エイダンの瞳に今日初めて私の姿が映った。


「彼らは女神派ではないですよね?教会の十字架を持っていなかったですし…」

「ああ、違うよ」

「だったらっ…」

「でも、彼らは"悪"だ」

「………!」

「正義の味方は悪は粛清しないといけない。そう、これは"正義"の炎なんだよ!」


エメラルドの瞳から孕んでいた狂気が零れ落ちる。

恐怖で言葉を詰まらせているとーー


「違ぇよ」


カイルの声が路地に響き渡った。


「正義なんかじゃねぇ、ただの自己満足な炎だ。今も昔もな」


背後からゴウゴウと燃え盛る音が聞こえてくる。

エイダンが言葉を紡ごうとした瞬間、騎士団の足音が近づいてきた。


「…時間切れ、か」


残念そうに呟くと、エイダンは背を向けて歩き出す。


「おい、待て!まだ話がっ…」

「明日の午後十時、僕は大聖堂に火をつける」


追い縋るように手を伸ばしたまま、カイルの動きは止まる。


「また明日ね、カイルくん。きっと、僕の手を取ることになる。だって君はーー」


「この手を振り払えないだろうから」


振り向かず、エイダンは手を振りながら去っていく。

遠ざかる背中を追い掛けることなく、カイルは自分の手を黙って見つめていた。


「私達も一旦拠点に戻りましょう。ここに居たら、騎士団に怪しまれてしまいます。………カイル様?」


話し掛けても返事をしないカイルの顔を覗き込む。

その顔を見た瞬間、私は嫌な予感がして、彼の手を引いて強引に歩き出した。

決して後ろは振り返らずに。

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