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再演のディペンデンス  作者: 齋藤瑛
18/33

カイルと任務4

『悪かった』

私の肩に額を押し付けてきた彼は、まるで子犬のようだった。けれどーー


「ちゃんと前見て歩けぇっ!」

「ぐはっ」


夜が明けると、狂犬に戻っていた。

カイルは地面に落ちたナイフを踏みつけ、拾った鞄を肩に掛ける。


「ク、クソッ、覚えてろよ!」


勝ち目がないと悟ったのか、殴られた男は捨て台詞を吐いて逃げて行った。


「ったく、盗む暇あったら働け。雑魚が」


ナイフを拾い上げるカイルに、被害者らしき青年が駆け寄って何度も頭を下げる。そんな光景を私はーー


「はぁ………」


遠巻きに眺めていた。


ことの始まりは、仕立て屋へ向かう途中の大通りで起きた。


「ひ、ひったくりです!誰か捕まえてください!」


気弱そうな声が響き、振り返れば、鞄を抱えナイフを握った男が突進してくる。

「下がってろ」と囁いたカイルは自らぶつかりに…いや、殴りにいったのだ。


(ナイフを持った相手に素手で立ち向かうなんて、本当に自分を顧みない人…)


青年に鞄を返すと、カイルはナイフをゴミ捨て場に捨て、こちらに戻ってきた。

じとりとした私の視線に気づいたようで、彼は気まずそうに視線を逸らす。


「な、何だよ、相手からぶつかって来たんだから仕方ねぇだろ?正当防衛だ」

「おかしいですね。ぶつかられたというより、ぶつかったように見えましたけど」

「どっちでもいいだろ!どうせ負けねぇんだから」

「あれー?負けねぇって言ったのに、誘拐されて泣いてたのは誰でしたっけ??」

「泣いてねぇわ!殺すぞ!」


こうして、またいつものように言い合いになる。

そう、彼はほとんど変わっていない。

変わったのはーーー


「全く。怪我は………してないようですね」


私が触れても振り払わなくなったこと。


「では、仕立て屋に急ぎましょう」

「あっ、おい!待てって!」


そして、私に歩幅を合わせてくれるようになったこと。

たったそれだけのことだけれど、ちょっと…いや、かなり嬉しい。

チラリと横顔を盗み見ると、燃え上がる家を見つめていた姿と重なる。


(あの時、八年前の事件を思い出していたのかな…。もしかして、小屋で見つけた時に様子が変だったのも、その件が関係してる……?)


「な、なぁ」


隣から声を掛けられ、私は現実に引き戻される。


「何ですか?」

「いや、そこ行く前によぉーー」


差し出されたのは一枚の名刺だった。


「ここ、寄ってかね?」






××××××××××××××××××××






「お待たせ致しました~!」


ケーキ屋に併設されたカフェのテーブルに、所狭しとケーキが並べられる。


「先程は本当にありがとうございました。お代は結構ですので、どうぞご自由にお召し上がりください」


そう言い残して、この店のパティシエであり、取り返した鞄の持ち主である青年は厨房へ戻って行った。

大量のケーキを前に、私はゴクリと唾を飲み込む。


(うっ、見てるだけで胸やけしそう…)


顔を引き攣らせる私とは対照的に、カイルは子供のようにケーキを頬張っていた。


「………薄々思ってましたけど、カイル様って甘い物がお好きなんですね」

「おう、俺は頭脳派だからな」


(いや、どう見ても肉体派でしょ)


「しかも、飲み物はお砂糖たっぷりなミルクティー。………結局、角砂糖は何個入れたんですか?」

「数えてねぇ、いつも味で決めてんだ」

「はぁ、糖尿病になっても知りませんからね」

「トウニョウビョウ?何だそれ、新しい菓子か??」


(知らないの!?もしかして、この世界にはそうゆう病気は存在しないのかな…)


そんなことを考えていると、不意にカイルの手が止まった。


「カイル様?」


最後に残していたであろう苺にフォークを刺し、カイルはこちらに差し出す。


「……………やる」

「え?えっと、苺、苦手なんですか?」

「んなわけあるか!むしろ、この世の食い物の中で一番好きだ!」

「で、では何故……?」


カイルは頬杖をつき、視線を逸らした。


「………お、お前が居なかったら、この店に入りづらかったし。そもそも昨日死んでたかもしれねぇし…だから、そのーー」


「助かった」


苺のように真っ赤な瞳がこちらを見つめる。


「……………驚きました。あなたって、感謝できるんですね」

「できるに決まってんだろうが!失礼な奴だな……ほら、早く受け取れ!」


「はいはい」と髪を耳にかけ、私は身を乗り出す。

差し出された苺を口に含むと、言い出した本人は何故か赤面していた。


「なっ」

「ありがとうございます。苺食べたら、ケーキも食べたくなってきました」

「………そ、そうかよ」


私は手前にあったケーキを一口食べる。

一方カイルは二個目のケーキに手を伸ばすことはなく、フォークを睨んでいた。

「どうかしましたか?」と声を掛けようとした時、扉を開く音がした。


「いらっしゃいませ~…って、あら、珍しいわね。あんたが昼間に来るなんて」


レジに立つスタッフが、入ってきた常連らしき女性客に砕けた口調で話し掛ける。


「そりゃあ二日前から無職ですから。それに、今日はミサに参加してたからさ」


ーーミサ。

その言葉に思わず顔を上げると、女性客の手には聖書と十字架が握られていた。


「あれ、女神派だったっけ?」

「違う違う。女神なんて信じちゃいないわよ」

「ちょっ…バカ!聞かれたら殺されるわよ!」

「だって、女神とその加護を受けた聖女だけ魔法使えるとか嘘くさくない?」

「まぁ、そうだけど…。なら、どうしてミサに?」

「亡くなったオーナーが女神派だったのよ」

「ああ、最近働き始めた仕立て屋の」


「「………!」」


仕立て屋の従業員だと分かった瞬間、私達は息を潜めて耳をそばだてる。


「そう、『あいつらの死を女神様に伝えて成仏させてくれ~』って、オーナーの親戚から頼まれてさ。短い間とはいえ世話になったから断れなくて」


(仕立て屋のオーナーも女神派………やっぱり犯人の狙いは女神派?)


「ていうか、それより新しい仕事どうしようかな。……はぁ、あれのお陰で貴族御用達のお店になりかけてたから、このまま玉の輿を狙うつもりだったのに…」

「あれって………ああーー」


「スペス?」


ガシャンと陶器が割れる音が店内に響いた。

視線を向けると、テーブルには破片が散らばり、ミルクティーが零れていた。


「カイル様?」


カイルの顔は見る見るうちに青ざめていく。

まるで、砂糖という名の毒に蝕まれたかのように。

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