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再演のディペンデンス  作者: 齋藤瑛
16/17

カイルと任務2

「やっぱり、何も残ってないですね…」


瓦礫と化した酒場の前、私達は立ち尽くしていた。


「近隣の住民に聞き込みしてみますか?………カイル様?」


返事がないので振り向くと、カイルは眉を顰めていた。


「……………臭うな」

「失礼な!あなたと違って、毎日お風呂入ってますよ!」

「失礼なのはてめぇだ!俺だって、毎日入っとるわ!…じゃなくて、こう…硫黄を燃やしたような臭いがしねぇか?」

「いや、そんな臭いしませんけど……………あの、早く帰りたいから適当に言ってるわけじゃないですよね?」

「さっきからお前は俺を怒らせたいらしいな」


カイルはピクピクと青筋を立てていたけれど、吐き出したのは怒鳴り声ではなく、深いため息だった。


「…つーか、よく考えたらおかしくね?何で酒場が夜に営業してねぇんだよ?」

「確かに………定休日だった、とかでしょうか」

「いや、それはねぇ」


突然歩き出したカイルを追い掛けると、斜向かいの掲示板の前で立ち止まった。


「見ろ。この店の定休日は土曜だ」

「七日前は金曜日…」

「ああ。どうやら金曜だけ閉店が早いみてぇだな」

「稼ぎ時に営業してないなんて、気になりますね」

「そうだな。……………とりあえず、あそこの酒場に入ってみるか。何か情報が手に入るかもしれねぇ」

「そうですね…」


そう言葉を交わした私達は、放火現場の真向かいにある酒場に足を運んだ。






××××××××××××××××××××






扉を開くと、店内は人でごった返していた。


「うわ、凄く混んでますね。………って、大丈夫ですか?顔色が悪いですけど」

「大丈夫なわけあるか。ああクソッ、色んな臭いが混じって気持ち悪りぃ…」


“お酒で“ではなく、“臭いで“酔い、今にも吐きそうなカイルに気を取られている内に、若い男性スタッフが駆け寄ってきた。


「いらっしゃいませ~!何名様ッスか?」

「あ、私達は…」

「二人」


隣から聞こえてきた死にそうな声に、私は「えっ」と驚きの声を漏らす。


「二名様ッスね。ご案内しまーす!」


人の間を縫うように進むスタッフの後を追いつつ、私はカイルに話し掛けた。


「…あの」

「んだよ?」

「私達は放火事件について聞きに来たんですよね?このままではお客さんだと勘違いされるのでは?」

「勘違いじゃねぇ、俺達は客だ。客のフリをして、話を聞き出せ」

「聞き出せって…まさか、私に全部押し付ける気じゃっ…」

「こちらでーす!」


私の言葉を遮り、スタッフが足を止める。

案内された席に座るカイルを見て、私も不満を飲み込んで腰を下ろした。


「ご注文はお決まりっスか?」

「コーラ」

「あれ、お酒じゃなくていいんスか?あ、ちなみに、俺のおすすめは…」

「コーラ」


ギロリと睨まれ、スタッフは肩を竦める。


「か、かっしこまりましたー。えっと、お嬢さんは?」

「私は………りんごジュースで」

「了解!少々お待ちくださいね~」


そう言って、男性スタッフは厨房へ向かう。

臭いに慣れてきたのか、先程より血色が良くなったカイルは頬杖をついた。


「案外真面目なんですね。仕事中とはいえ、一杯ぐらい飲んでも怒りませんよ」

「別に仕事中じゃなくても飲まねぇよ」


(仕事中じゃなくても?もしかして……)


「苦手なんですか?お酒」

「あ?……………あぁ!?俺に苦手なもんがあるわけねぇだろ!」

「でも、飲めないんですよね?」

「飲()ないんじゃねぇ、飲()ないんだ!」

「どっちも同じじゃないですか…」

「違ぇわ!飲めないだとっ………その、かっこ悪ぃ…だろ……」


さっきまでの威勢はどうしたのか、カイルは恥ずかしそうに視線を逸らす。


「別にかっこ悪くないと思いますけど」


深紅の瞳がこちらを見つめる。


「正直体に良くはないですし、飲まないことに越したことはないですから」

「…………………………お」

「お待たせしました!コーラとりんごジュースでーす!」


カイルが口を開いた瞬間、先程のスタッフがテーブルの上にジョッキを置く。

ビクッと肩を震わせ、顔を背ける彼の分も、私はお礼を口にした。


「ありがとうございます。お忙しいのに」

「いやいや、そんなに忙しくは………ありますね」

「やっぱり、金曜日の夜だからですか?」

「それもありますけど…ほら、ちょっと前に向かいの酒場で火事あったでしょ?そのせいというかお陰で、うちにお客さんが集中してるんスよ」


火事という単語に、私は思わず反応してしまう。


「そ、それは大変ですね…」

「そうなんスよ。…あ、でも、今より店長が寝込んだ時の方が大変でしたね。あそこのオーナーとうちの店長、一緒に土曜日のミサへ行くぐらい仲が良かったから」

「土曜日のミサ…もしかして、オーナーさんは女神派だったんですか?」

「そうそう、そのために金曜日は早く閉店して、土曜日は定休日にしてるぐらい熱狂的な信者ッスよ」


(女神派…)


「………そのオーナーとは会ったことがあるのか?」


普通に聞いても答えると判断したのか、今まで沈黙を貫いていたカイルが、唐突に質問を投げ掛ける。

案の定、スタッフは一瞬驚いた表情をしたものの、スラスラと答え始めた。


「会ったことどころか話したこともありますよ。よく店長に会いに来てたんで」

「最近、何か変わったことはなかったか?」

「変わったこと?………あ、そういえば、最近店内を模様替えしたって言ってたな。家具とかカーテンとか全部」


(模様替え…は、事件に関係なさそうね……)


そう考えているとーー


「は、離してください!」


女性の声に店内が静まり返る。


「いいじゃねぇか、一杯ぐらい付き合ってくれよ~」


視線を向けると、女性スタッフが酔っ払った中年男性に絡まれているようだった。

ヒソヒソとした声が行き交う中、カイルは何も言わずに立ち上がった。


「カイルさん?」


そして、そのまま歩き出すとーー


「目ぇ、覚めたか?」


カイルは中年男性の頭にコーラをぶちまけ、ジョッキを投げ捨てた。

再び静まり返った店内で、彼の予想外の行動に、私の頭は思考停止する。


「……………カイルさん!?」


「あぁ!?」と声を上げた中年男性と我に返った私は、ほぼ同時に立ち上がる。


「ついでに鏡見ろ。金も貰ってねぇのに、誰がてめぇの汚い面見ながら酒飲むんだよ。不味くなるわ」

「てめぇ、今なんつった!」

「耳まで悪いんか?風俗行けっつったんだよ、クソジジイ」

「こんのクソガキっ…」


殴り掛かろうとした中年男性を、スタッフ達が必死で抑え込む。

この状況でも逃げようとしないカイルの手を、私は後ろから掴んだ。


「とりあえず、一旦出ましょう!」

「はぁ?何でだよ?」

「何でも!」


怒号を浴びながら、私達は酒場を後にした。






××××××××××××××××××××






「どうしてあんなことしたんですか!?」


誰もいない路地裏で問い詰めると、カイルは耳を塞ぎ、顔を歪ませる。


「うるせぇ、でかい声出すな…」

「出させてるのはあなたです!女性が困っていたとはいえ、もっと穏便に解決できたでしょう?仕返しされたらどうするんですか!?」

「だからだ」

「え?」

「ガッシリとした体、傷だらけの顔、何よりテーブルに立て掛けられた大剣、どう見てもあの男は傭兵だ。一般人じゃ対抗できねぇ」

「あ、あなただって、仲間を連れて来られたら負けるかもしれません!」

「負けねぇよ」

「じゃあ、怪我してしまうかもしれないじゃないですか!あなたが怪我したら、誰かが心配するとか考えないんですか!?」

「心配?………ハッ、俺なんかの心配する奴なんているわけねぇだろ」


自嘲する顔が、愛に飢えていた前世の私と重なった。


「………いますよ」

「あ?」

「私が、心配します」


一瞬見開いた深紅の瞳が濁っていく。


「…………………………俺の心配じゃなくて、自分の心配だろ」


そう吐き捨てて、カイルは背を向ける。


「カイっ…」

「お前を見てると、イライラする」


遠ざかる背中を、私は追い掛けることができなかった。

彼の心が閉じる音が聞こえた気がしたから。

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