カイルと任務
「終わった~~~!」
横一列に並んだシーツを見て、思わず声が漏れる。
伸びをする私の頭上に、フレディの骨張った手がぽんっと置かれた。
「お疲れ様」
「お、お疲れ様…」
顔を上げると、藤色の瞳と視線が交わる。
照れ臭くて視線を逸らした私は、彼の手から逃れるように体を向き合わせた。
「それに、ありがとう。本当に助かったわ」
「どういたしまして」
「今は時間ないから、また今度お礼させてもらえないかしら?」
「今度…」
「ええ。…あ、もしかして、もうお城には来ない?」
「……………来るよ。というか、ずっとお城に居る」
「そう、それならよかった」
(そっか、新しい使用人なら、"来る"じゃなくて"住む"よね)
「何か欲しいものはある?と言っても、あまり高いものは買えないんだけど…」
「……………じゃあーー」
太陽の光に照らされて、藤色の瞳が煌めく。
「また会いに来てもいいかな?君に」
「え?そんなことでいいの?」
「うん。せっかく友達になったんだから、もっと君と話したいなと思ってさ」
「友達?」
「友達だろ?俺達」
「友達………そっか、友達かぁ……えへへ…」
初めて友達ができた嬉しさに、自然と頬が緩む。
その笑顔に、フレディが顔を赤らめていたことを、私は気づかなかった。
「なら、待ってるね」
「あ、ああ。またね、オフィーリア」
「ええ、また」
空っぽになった籠を抱え直し、私は軽やかな足取りでその場を後にした。
××××××××××××××××××××
(何も考えずに来ちゃったけど…あいつ、ちゃんと拠点に居るわよね?)
鼻歌混じりに、掃除屋の拠点に到着した私は、カイルの部屋の扉をノックした。
「カイル様、オフィーリアです。大事なお話があるのですが、今お時間よろしいでしょうか」
「………」
コンコン。
「カイル様?」
「………」
コンコン。
「カイっ…」
「だぁぁっ!コンコンコンコンうるせぇ!!」
バンッと扉が開き、額に直撃する。
出会った時と同じ痛みに、私は涙目で額に押さえた。
「~~~ッッ!………あ、あなた、私のおでこに何か恨みでもあるんですか!?」
「しつけぇんだよ!普通は二回返事しなかったら諦めるだろうが!」
「大事な話があると言いましたよね!?あなたこそ、何で無視するんですか!?」
「俺は話すことなんざねぇんだよ!帰れ!」
「帰りません!」
「帰れ!」
「帰りませんって!」
バチバチと見えない火花が散る。
威圧的な眼差しに負けじと睨み返すと、先に視線を逸らしたのはカイルだった。
「…ちっ、顔に似合わず頑固な女」
「えっと、ありがとうございます?」
「褒めてねぇわ!ポジティブ思考すぎんっ…ゴホッ、ゴホッ!」
「大丈夫ですか!?もう、そんなに怒ってばかりだと血圧上がりますよ?」
「誰のせいだよ!………ったく、寝起きに大声出させんなや」
目の下に濃い隈を浮かべたルーカスが脳裏を過ぎる。
(朝方まで後始末してたのかしら…)
「お水持ってきましょうか?」
「いらん。…もういいから、早く話せ」
腕を組み、壁に寄り掛る彼に、私はヴィンセントから預かった手紙を差し出した。
「…カイル様宛の新しい任務です」
手紙を奪い取ったカイルは、便箋を開いた瞬間、目を見開いた。
「連続放火事件の犯人…」
「はい。一件目は七日前の午後十時、北西にある酒場、二件目は三日前の午後十一時、南西にある仕立て屋に火がつけられています。どちらも火の周りが早く、酒場に至っては隣家まで延焼してしまったそうです」
「……………生き残りは?」
無言で首を振ると、カイルは「なるほどな」と呟き、封筒に便箋をしまう。
「ちょっと待ってろ」
カイルは部屋の奥へ消え、三十秒もしない内に剣帯を腰に締めて戻ってきた。
「行くぞ」
「行くって、どこへ?」
「酒場と仕立て屋に決まってんだろ。どうせ全部燃えちまってて、何も残ってないだろうが…どっちにしろ、このままだと次の犯行現場を分からねぇからな」
「………一緒に行ってもいいんですか?」
「いや、そのために来たんじゃねぇのかよ?」
「そうですけど…カイル様のことだから、ついてくんなって言うと思ったので」
そう言うと、カイルはガシガシと頭を掻きながら視線を逸らす。
「…正直、思ってはいる。でも、そんなことしたら、サイコ野郎の命令に逆らうことになるだろ」
『彼女を認めないということは、ヴィンセント様の命令に逆らうということです』
ルーカスの言葉が脳裏に蘇る。
「………俺は戻るわけには行かねぇんだ」
その表情を見て、私は言葉を失う。
「だから、死にたきゃ俺が居ないところで死ね。死にたくなきゃーー」
しかし、真紅の瞳に射抜かれ、我に返った。
「俺のそばから離れんなよ、綿毛」
「あっ、ちょっと待ってください!」
返事も聞かず、大股で歩き始めるカイルの背中を追い掛ける。
先程の子供のように怯えた彼の表情が心に引っ掛かりながら。