第27話:遺跡の変容、招かれざる再会
ギルドの掲示板に張り出された「古代遺跡の異常活性化に関する調査」の依頼書。それは、リオの心に小さな、しかし無視できない波紋を広げた。巫女が語った災厄の前兆と、この現象が結びついている可能性。そして、未知の古代遺跡から、「星詠みの民」や他の古代魔法に関する手がかりが得られるかもしれないという期待。
「この依頼、受けてみるべきだと思います」
リオは研究室に戻り、リリアナと、情報交換のために訪れていたグレイに切り出した。依頼書の内容と、自身の懸念を伝える。
「古代遺跡の異常活性化……。やはり、巫女様の言っていた通り、何かが始まっているのかもしれないわね……」リリアナは顔を曇らせた。「調査は必要だと思うけれど、危険も伴うわ。推奨ランクもE級以上……今の私たちだけで大丈夫かしら?」
「複数パーティでの調査が推奨されているな」グレイも冷静に指摘した。「他の冒険者と足並みを揃えるのは、我々の秘密を探られるリスクもある。だが、単独で乗り込むのも無謀かもしれん」
三人はしばし考え込んだ。活性化した遺跡の危険度は未知数だ。しかし、他のパーティと行動を共にすれば、リオの【言語魔法】や古代魔法、そしてアストライオスの存在が露見してしまう可能性が高い。
「……まずは、我々だけで初期調査を行ってみるのはどうでしょうか?」リオが提案した。「活性化が報告されている遺跡の中から、比較的規模が小さく、フロンティアに近い場所を選んで、状況を確認する。もし手に負えないほどの危険があれば、一旦引き返し、ギルドに詳細を報告して増援を要請する、という形で」
「なるほど……。それなら、リスクを抑えつつ、情報を得られるかもしれないわね」リリアナは頷いた。「活性化が報告されている遺跡はいくつかあるけれど……フロンティア西側の丘陵地帯にある『風鳴りの丘』の遺跡はどうかしら? 比較的小規模で、以前から奇妙な風切り音がするという噂があった場所よ」
「『風鳴りの丘』か……。あそこなら、街からもそれほど遠くない。初期調査には適しているかもしれんな」グレイも同意した。
調査対象は決まった。三人は再びギルドへ赴き、「風鳴りの丘」遺跡の初期調査依頼として受理してもらった。サラは「くれぐれも無理はしないでくださいね!」と念を押しながらも、彼らの実力を信じて送り出してくれた。
***
翌日、三人はフロンティアの西門から、丘陵地帯を目指して出発した。東の森とは違い、西側は比較的開けた土地が広がっているが、起伏が激しく、岩場も多い。時折、強い風が吹き抜け、奇妙な音を立てて岩の間を通り過ぎていく。
「この辺りから、少し魔物の気配が変わってきたような気がしますね」
リオが【言語魔法】で周囲を探りながら言った。以前、この方面の依頼で来た時よりも、凶暴な肉食獣や、見慣れない飛行型の魔物の気配が増えているように感じられる。
「ああ。活性化した遺跡の魔力が、周囲の生態系にも影響を与えているのかもしれん」
グレイも、油断なく周囲に視線を配っている。
いくつかの小規模な魔物との遭遇はあったが、三人の連携は以前よりもさらに洗練されており、危なげなく撃退していく。グレイが前衛で敵を引きつけ、リオが【言語魔法】で弱点や敵の次の行動を伝え、リリアナが補助魔法でグレイを支援し、時には精霊魔法で直接攻撃を加える。リオ自身も、【プロテクト・ウォール】による防御だけでなく、練習中の【リペア・フラグメント】の応用(相手の武器や防具を一時的に脆くするなど)で、戦闘を有利に進めるための小技を試していた。
やがて、目的地の「風鳴りの丘」が見えてきた。その名の通り、丘の頂上付近では常に風が渦巻いており、ヒューヒューと甲高い音が鳴り響いている。丘の斜面には、風化した石材が散乱しており、かつて何らかの建造物があったことを示していた。
「ここが『風鳴りの丘』の遺跡……。確かに、以前よりも魔力の波動が強くなっているわ。不安定で、どこか……荒れているような感じ……」
リリアナが眉をひそめた。
三人は丘を登り、遺跡の中心部と思われる場所へと近づいていく。そこには、半壊した祭壇のようなものと、いくつかの石柱が残されていた。そして、地面には、以前は存在しなかったはずの、深い亀裂がいくつも走っていた。亀裂の奥からは、淀んだ魔力の気配が漏れ出ている。
「これは……。地盤が変動しているのか? 遺跡の構造そのものが変化しているのかもしれんな」
グレイが険しい表情で呟いた。
「入り口らしき場所を探しましょう。内部の状況を確認しないと」
リオが提案し、三人は周囲を探索し始めた。やがて、丘の側面にある岩壁に、人工的に作られたと思われる洞窟の入り口を発見した。入り口は狭く、内部は暗闇に包まれている。そして、その入り口からも、不安定な魔力の波動が強く感じられた。
「ここが、遺跡の内部への入り口のようですね」
「気をつけろ。何が潜んでいるか分からんぞ」
グレイを先頭に、三人は松明代わりに【ルミナ・スフィア】を灯し、洞窟の中へと慎重に足を踏み入れた。内部は通路になっており、壁には風化しかけた古代文字や模様が刻まれている。しかし、その多くは最近できたと思われる亀裂によって断ち切られていた。
通路を進むにつれて、淀んだ魔力の気配はさらに強まっていく。そして、前方から、微かに人の話し声のようなものが聞こえてきた。
(……誰かいるのか? 他の調査パーティか……?)
リオは【言語魔法】で気配を探る。複数の人間の気配。そして、その中の一つに、嫌というほど聞き覚えのある、傲慢で自己中心的な思考の波動を感じ取った。
(……まさか!)
リオの顔色が変わる。グレイとリリアナも、前方の気配に気づき、警戒して足を止めた。
通路の角を曲がると、少し開けた空間に出た。そこには、松明の明かりと共に、数人の人影があった。そして、その中心に立つ人物の姿を認めた瞬間、リオの全身に怒りと嫌悪感が走った。
「……バルカス……!」
そこにいたのは、リオを無能と罵り、宮廷から追放した張本人、バルカス・レインだった。彼は数人の部下(宮廷魔術師団の制服を着ている者もいる)を引き連れ、遺跡の壁を調べているようだった。その手には、魔力測定器のようなものが握られている。
「ん……? なんだ、貴様らは……?」
バルカスは物音に気づき、不機嫌そうに振り返った。そして、リオの姿を認めると、驚きと、それ以上の侮蔑に満ちた表情を浮かべた。
「……リオ・アシュトン!? なぜ貴様のような無能が、こんな場所にいる!?」
「それはこちらのセリフだ、バルカス。お前こそ、宮廷魔術師がこんな辺境の遺跡で何をしている?」
リオは努めて冷静に、しかし抑えきれない怒りを込めて言い返した。
「フン! 王国の命により、古代遺跡の調査に来ているのだ! 貴様のような追放された落ちこぼれとは違う!」バルカスは嘲るように言った。「それにしても、しぶとい奴だ。辺境で野垂れ死んでいるものとばかり思っていたが……。まあ、せいぜいゴブリン退治でもして日銭を稼いでいるのが関の山だろうがな!」
バルカスの言葉に、彼の部下たちからクスクスと笑い声が漏れる。
「……相変わらず、口だけは達者なようだな」
リオの隣で、グレイが低い声で呟いた。彼の視線は、バルカスではなく、その部下たち――特に、見覚えのある宮廷魔術師の制服を着た者たち――に向けられていた。彼が騎士団を追われたことと、何か関係があるのだろうか。
「なんだ貴様は? 見ない顔だな。こいつの仲間か? 類は友を呼ぶ、というわけか。落ちこぼれには落ちこぼれの仲間がお似合いだ」
バルカスは、グレイの威圧感にも気づかず、相変わらず傲慢な態度を崩さない。
「おい、リオ。貴様、最近『賢者』などと呼ばれて調子に乗っているそうじゃないか」バルカスはにやりと笑みを浮かべた。「どんなインチキを使ったのか知らんが、貴様のような無能が賢者とは片腹痛い! 今日はちょうどいい機会だ。貴様の化けの皮を剥いでやろう!」
バルカスはそう言うと、杖を構え、魔力を高め始めた。明らかに戦闘を仕掛けるつもりだ。
「やめろ、バルカス! ここで争う意味はない!」
リオは制止しようとしたが、バルカスは聞く耳を持たない。
「問答無用! 無能は無能らしく、ここで消えろ! 【ファイアボール】!」
バルカスは得意の火炎魔法を放った。灼熱の火球が、リオたちに向かって一直線に飛んでくる。通路の狭い空間では、回避は困難だ。
「【プロテクト・ウォール】!」
リオは即座に防御魔法を展開する。光の壁が火球を受け止め、激しい爆発音と共に炎が四散した。壁には衝撃でヒビが入るが、なんとか持ちこたえた。
「ほう……? ただの防御魔法ではないようだな。少しは成長したか? だが、この程度!」
バルカスは嘲笑し、さらに強力な魔法を放とうとする。
「邪魔だ!」
しかし、その前にグレイが動いた。彼はバルカスの部下たちが動き出すよりも早く、驚異的な速度で間合いを詰め、彼らの前に立ちはだかった。
「お前たちの相手は俺だ」
グレイはロングソードを抜き放ち、低い声で言い放った。その瞳には、冷たい殺気すら宿っている。
「な、なんだと!?」
「やれ! そいつを片付けろ!」
バルカスの部下たちが、慌ててグレイに襲いかかる。宮廷魔術師の放つ氷の矢や風の刃、そして従騎士らしき男の剣撃が、グレイを襲う。
「リリアナさん、援護を!」
「ええ!」
リリアナも杖を構え、グレイを補助するための精霊魔法を唱え始めた。風がグレイの身を軽くし、地面が彼の足場を固める。
リオはバルカスと対峙しながらも、【言語魔法】でグレイの戦いを支援する。
『右から魔術師、氷! 左の騎士、突き!』
『足元注意、トラップ設置の気配!』
リオの警告が、グレイの意識に直接届く。グレイは驚くべき反応速度で攻撃を回避し、的確なカウンターで敵を翻弄していく。彼の剣技は、宮廷の訓練された魔術師や騎士たちですら、容易には止められない。
「くそっ! なぜ動きが読まれる!?」
「こいつ、本当に人間か!?」
バルカスの部下たちが、次々とグレイの剣(峰打ちだが、急所を的確に打たれている)によって打ち倒されていく。
一方、リオもバルカスの猛攻を防ぎ続けていた。【プロテクト・ウォール】を維持しながら、時には【リペア・フラグメント】の応用でバルカスの杖に干渉したり、足元の地面を一時的に脆くしたりして、彼の詠唱を妨害する。派手な攻撃魔法こそ使わないものの、その的確な防御と妨害は、バルカスを確実に苛立たせていた。
「小賢しい真似を……! いい加減にしろ、落ちこぼれがぁ!」
バルカスは怒りに顔を歪ませ、これまで以上の魔力を杖に込めた。明らかに、大技を放つつもりだ。
(まずい……! あれは防ぎきれないかもしれない……!)
リオの【プロテクト・ウォール】も、度重なる攻撃で限界に近い。
「グレイさん!」
リオが助けを求めようとした、その時だった。
「そこまでだ、バルカス!」
通路の奥から、別の声が響いた。声と共に、数人の王国騎士らしき者たちが姿を現した。その中心には、威厳のある壮年の騎士――おそらく隊長クラス――が立っていた。
「む……!? 騎士団!? なぜ貴官らがここに……!」
バルカスは驚き、魔法の発動を中断した。
「我々も王命により、この遺跡の調査に来ている。内部での戦闘行為は禁止されているはずだ。何をしている?」
隊長騎士は、厳しい目でバルカスを睨みつけた。
バルカスは一瞬言葉に詰まったが、すぐにいつもの傲慢な態度を取り戻した。
「こ、こいつらが先に手を出してきたのだ! 正当防衛だ!」
「嘘をつくな!」
リオが反論しようとしたが、隊長騎士はそれを手で制した。
「どちらに非があるかは、後で判断する。今は、武器を収めろ。これは命令だ」
隊長騎士の言葉には、逆らうことを許さない重みがあった。バルカスは忌々しげに舌打ちし、杖を下ろした。グレイも、無言で剣を鞘に納める。
「……ふん。運のいい奴らめ。だが、覚えていろ、リオ・アシュトン。次はないぞ」
バルカスは憎悪に満ちた目でリオを睨みつけると、まだ動ける部下を連れて、騎士団に促されるように通路の奥へと引き上げていった。倒れた部下たちは、他の騎士たちによって運ばれていく。
後に残されたのは、リオ、リリアナ、グレイ、そして状況を見守っていた隊長騎士とその部下数名だった。
「……君たちは?」
隊長騎士が、リオたちに視線を向けた。その目は、探るようにリオの顔を見ている。
「俺たちは、冒険者ギルドから依頼を受けて調査に来た者です」
リオは当たり障りなく答えた。
隊長騎士はしばらく黙ってリオを見つめていたが、やがて小さく頷いた。
「そうか……。この遺跡は、現在危険な状態にある。調査は我々騎士団に任せ、君たちは速やかにここから立ち去るように」
「……分かりました」
リオは反論せず、従うことにした。これ以上、騎士団と事を構えるのは得策ではない。それに、バルカスがここにいる以上、調査を続けるのは危険だろう。
リオたちが踵を返そうとした時、隊長騎士が再び口を開いた。
「……君、名前は?」
その問いは、明らかにリオに向けられていた。
「……リオ・アシュトンと申します」
「リオ……アシュトン……」
隊長騎士は、その名前を反芻するように呟き、何かを思い出すような、あるいは確認するような複雑な表情を浮かべた。そして、それ以上は何も言わず、部下たちと共に遺跡の奥へと向かっていった。
リオたちは、重い沈黙の中で遺跡を後にした。バルカスとの予期せぬ再会。そして、意味深な態度を見せた騎士団長。
(なぜ、俺の名前に反応したんだ……? 王都で何かあったのか……?)
リオの胸には、新たな疑問と不安が渦巻いていた。追放された過去は、まだ彼を追いかけ続けている。そして、王国の権力の中枢も、辺境で起こっている異変と、そこに現れた「賢者」と呼ばれる存在に、気づき始めているのかもしれない。
風鳴りの丘に吹き付ける風の音が、まるで不吉な未来を告げるかのように、ヒューヒューと鳴り響いていた。
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