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第24話:北西の森へ、忘れられた祠への道

「忘れられた祠」への調査依頼は、ギルドを通じて正式に受理された。表向きは「未踏地域の調査および古代遺物の探索」という名目だが、リオ、リリアナ、グレイの三人は、その先に「星詠みの民」の手がかりがあることを期待していた。


出発の日の朝、フロンティアの北西門は、東門とはまた違った、より辺境らしい雰囲気に包まれていた。行き交う人々も、屈強な猟師や、毛皮を纏った山岳民族、あるいはさらに奥地へと向かうであろう、謎めいた旅人の姿などが目立つ。


「賢者様、いってらっしゃい! どうかご無事で!」

「また何か面白い発見があったら教えてくれよな!」


門の近くで顔なじみの商人や住民から声をかけられる。リオは苦笑いを浮かべながら手を振り、リリアナ、グレイと共に門をくぐった。


「すっかり有名人ね、リオさん」


リリアナがからかうように言った。


「やめてくださいよ……」


リオは少しうんざりした様子で答えたが、その表情にはまんざらでもない色も浮かんでいる。


「フン。注目されれば、それだけ敵も増える。浮かれている場合ではないぞ」


グレイがいつものように釘を刺す。しかし、その声には以前ほどの刺々しさはなく、むしろ忠告としての響きが強かった。


三人が目指す北西の森は、東の森とはまた異なる様相を呈していた。より木々が密集し、下草も深く、道らしい道はほとんど存在しない。空気はひんやりと湿っており、苔の匂いが濃く漂っている。太陽の光も届きにくく、昼間でも薄暗い場所が多い。


「これは……思った以上に険しい道ね」


リリアナが、木の根が複雑に絡み合った急斜面を慎重に下りながら呟いた。彼女は学者であり、このような本格的な踏破行には慣れていないだろう。


「大丈夫ですか、リリアナさん」


リオが手を差し伸べる。


「ええ、ありがとう。大丈夫よ」


リリアナはリオの手を借り、足場を確保した。


先頭を行くグレイは、まるで森の一部であるかのように、音もなく、淀みなく進んでいく。彼は時折立ち止まり、地面に残された微かな痕跡や、風の流れ、動物たちの気配などを読み取りながら、最適なルートを選んでいるようだった。彼の持つ卓越したサバイバル能力は、このような未踏の地では非常に頼りになる。


リオも【言語魔法】を使い、周囲の情報を集める。鳥たちの囁き、木々のざわめき、地面の下を流れる水の音……。それら全てが、彼にとっては道標であり、警告でもあった。


『……注意……前方……沼地……深い……』

『……左手……崖……崩れやすい……』


リオは感じ取った情報を的確にグレイに伝える。グレイはリオの情報を元に、危険な箇所を避け、より安全な道を選んで進んでいく。言葉を交わさずとも、二人の間には確かな連携が生まれつつあった。


道中、何度か魔物にも遭遇した。木の幹に擬態し、鋭い牙で襲いかかってくる「トレント・モドキ」や、粘着性の糸を吐きかけてくる巨大な百足「グルー・センチピード」など、東の森では見かけなかった種類のものばかりだ。


トレント・モドキがリオに襲いかかろうとした時、グレイの剣が一閃し、その硬い樹皮ごと本体を両断した。グルー・センチピードが粘着糸を吐きかけてきた時は、リリアナが風の魔法で糸の軌道を逸らし、その隙にリオが【言語魔法】で弱点(腹部の柔らかい部分)を探り当て、グレイが的確な一撃で仕留めた。


三人の連携は、戦闘においても徐々に形になりつつあった。グレイの圧倒的な前衛能力、リリアナの補助魔法と知識、そしてリオの【言語魔法】による情報収集と、状況に応じた古代魔法(主に防御と、いざという時のための【ライトニング・ランス】の備え)。それぞれの長所を活かし、短所を補い合うことで、彼らは個々の力の合計以上の戦闘力を発揮し始めていた。


「……なかなか、やるじゃないか」


グルー・センチピードを仕留めた後、グレイが珍しく、リオとリリアナに向けてそんな言葉を漏らした。それは、彼なりの称賛の言葉なのだろう。


「グレイさんこそ、いつも助けられています」

「連携がうまくいっただけよ」


リオとリリアナも、素直に彼の言葉を受け止めた。


その夜、三人は森の中に開けた場所を見つけ、野営することにした。焚き火を起こし、簡単な食事を摂る。火の周りには、リリアナが張った精霊魔法による簡易的な結界が、夜行性の魔物や害虫を遠ざけていた。


「それにしても、この森は本当に深いわね……。『忘れられた祠』が、これほど人の手の入っていない場所にあるなんて……」


リリアナが、燃える火を見つめながら呟いた。


「それだけ、重要な場所だったのかもしれん。あるいは、忘れ去られるだけの理由があったか……」


グレイが、いつものように意味深な言葉を口にする。


「理由……ですか?」


リオが尋ねると、グレイは少しだけ視線を巡らせた。


「古代の遺跡というものは、宝や知識だけでなく、呪いや災厄をもたらすこともある。人々が近づかなくなったのには、何か……良くない伝承があったのかもしれんぞ」

「良くない伝承……」


リオは、以前の遺跡で感じた不穏な気配や、「星詠みの民」の書物に記された災厄の予言を思い出した。古代の秘密は、必ずしも輝かしいものばかりではないのかもしれない。


「まあ、どんな秘密が待っていようと、確かめるしかありませんね」


リオは、不安を振り払うように言った。


焚き火の火が揺らめき、夜の森の静寂を破る虫の声だけが聞こえる。三人の間には、言葉少なながらも、奇妙な一体感が漂っていた。それぞれが抱える過去や謎、そして共有する目標。この旅が、彼らの関係をさらにどう変えていくのか、まだ誰にも分からない。


翌日も、三人は険しい森の中を進み続けた。地図によれば、「忘れられた祠」はもう近いはずだ。そして、進むにつれて、森の雰囲気が明らかに変わってきたことに、三人は気づいていた。


木々の種類が、見慣れない、より古く巨大なものへと変わっていく。下草は少なくなり、地面は厚い苔で覆われている。鳥や獣の気配がほとんどなくなり、代わりに、形容しがたいほどの深い静寂が支配していた。まるで、森全体が息を潜め、何かを待っているかのように。


「……空気が、重いわね」


リリアナが、不安げに呟いた。彼女の精霊魔法も、この辺りでは反応が鈍くなっているらしい。


「ああ。何かが、この森の自然の理を歪めているような感じがする」


グレイも、警戒レベルを最大限に引き上げ、周囲に鋭い視線を送っている。


リオは【言語魔法】で周囲を探る。しかし、情報が極端に少ない。まるで、この一帯だけが、世界の他の場所から切り離されているかのようだ。ただ、一つだけ、明確に感じ取れるものがあった。


(……前方……強い、古代の魔力……そして、何かを守ろうとする、強い意志……?)


それは、以前の遺跡で感じたものとはまた違う、清浄でありながらも、近寄る者を拒むような、厳かな気配だった。


「……祠は、もうすぐそこです。でも……何か、強力な守りが働いているようです」


リオは二人に伝えた。


三人は、さらに慎重に足を進める。やがて、木々の切れ間から、目的の場所が見えてきた。


そこにあったのは、想像していたような荒れ果てた祠ではなかった。苔むしてはいるものの、明らかに人の手で維持されているかのような、小さな、しかし荘厳な石造りの建造物だった。周囲には、奇妙な文様が刻まれた石柱が円を描くように立てられ、その中心に祠が鎮座している。祠の入り口は閉ざされており、その扉には、複雑な紋様と共に、一つのシンボルが大きく刻まれていた。


それは、三日月と星を組み合わせた、「星詠みの民」の紋章だった。


「……着いたわね。『忘れられた祠』……」


リリアナが、感嘆と緊張の入り混じった声で呟いた。


しかし、祠に近づこうとした三人は、見えない壁に阻まれるようにして足を止めた。祠の周囲には、強力な魔法的な結界が張られているのだ。


「結界……! しかも、かなり強力だわ!」

「無理に破ろうとすれば、ただでは済まんな……」


リリアナとグレイが警戒する中、リオは【言語魔法】で結界の構造と、祠の扉に刻まれた「星詠みの民」の紋章に意識を集中させた。


(この結界……あの門の罠とは比べ物にならないほど複雑で強力だ……。でも、扉の紋章が……鍵になっている……?)


紋章から、微弱ながらもアクセスポイントのようなものを感じる。おそらく、特定の条件を満たすか、あるいは特定の「言葉」を語りかけることで、この結界を通過できるのかもしれない。


「……試してみます」


リオは意を決し、祠の扉に向かって、以前覚えた「星詠みの民」に関連する古代語の「真言」――アストライオスを起動させたものとは別の、より根源的な響きを持つ言葉――を、静かに唱え始めた。


彼の声が森の静寂に響き渡ると、祠の扉の紋章が、淡く、そして暖かな光を放ち始めた。周囲の空気が震え、見えない壁のように感じられた結界が、まるで水面が揺らぐように、その一部をリオたちのために開こうとしている。


その光景は、神秘的で、そしてどこか厳かだった。忘れられた祠が、長い沈黙を破り、訪れし者たちを迎え入れようとしているかのようだった。だが、その先に何が待ち受けているのか、結界の先に広がる真実が、彼らにとって吉兆となるのか、それとも……。三人は固唾を呑んで、開かれゆく結界の先を、ただ見つめていた。

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