カエルの王子様
「奥様、大変です」
召使が居間に入って来ました。
「井戸の水が濁ってございます」
お城の台所近くの井戸はいつもきれいで冷たい水が湧き出ていたのに大変です。
お母様は急いで様子を見に行きます。
わたくしたちが、刺繍の手を止めて「どうしたのかしら」っておしゃべりをしていると、お母様は深刻そうなお顔で戻りました。
「どうでした?」
わたくしたちが口をそろえて聞きましたのでお母様もしぶしぶ答えてくれます。
「井戸にまいりましたらね、カエルが一匹出てきて」
そのカエルは言ったそうです。
『お姫様のおむこさんにしてくれるなら、きれいなお水をあげるけど』
わたくしはびっくりしました。カエルが口をきけるなんて。
「そんなことできるわけありません」
しょうがないから、遠くの井戸から汲んできたぬるい水をみんなで飲みます。
夕方、お父様が帰っていらしたのでもう一度同じ話をいたしました。
「ふむ。井戸が使えなければ、敵に攻めこまれた時の一大事。とりあえずカエルの言うことを聞いてみてはどうかな」
お父様は領主なのにふざけ始めると止まりません。
これから3日、一人ずつ井戸に行きカエルと話すことに決まりました。
一番上のお姉さまはカエルとお話だけはしたようですが、結婚するなんて約束はできませんでした。
「カエルとなんてまっぴらごめんよ」
真ん中のお姉さまは、とりあえず結婚の約束だけはしたようで、きれいで冷たいお水が飲めました。
だけど晩御飯の時にお城の扉がひとりでに開き、カエルがペチャペチャやって来たのを見ると、真ん中のお姉さまは気絶してしまいました。
これでは結婚なんてできそうもありません。
3日目、とうとうわたくしの番です。
水差しを持ってドキドキしながら井戸に向かいます。
「カエルよカエル、きれいなお水をちょうだいな」
井戸の側で唱えると、さっそくカエルが現れます。
「一番小さいお姫様、私のお嫁になっておくれ」
「ええ、もちろん」
わたくしはにっこり約束いたしました。
そして鶴瓶を引き上げると、澄んだ水が入っています。
わたくしは水差しにたっぷりお水を入れて、お城に持ち帰りました。
「さてさて今夜はどうなるのかな」
お父様が意地悪そうに笑っています。
「我が娘は、カエルに嫁いでしまうのか」
晩御飯のお時間です。
お城の扉はひとりでに開き、カエルが一匹ペチャペチャ入って来ました。
「お姫様と同じお皿でお食事をさせておくれ」
わたくしはうなずきました。
カエルは体が小さいから、ちょっとしか食べませんし。
お父様はみけんにしわを寄せ出しました。
「お姫様と同じ盃で飲ませておくれ」
わたくしは盃をさし出しました。
「そんなことまでしなくても」
お父様のこめかみには青筋が立っています。
楽しいお食事が終わりました。
「お姫様と一緒のお床で休ませておくれ」
「ふざけるな」
とうとうお父様が怒り出しました。
「あらあらお父様、ご自分で言い出したことではありませんか」
「だってねエリー、これ以上カエルが何を要求するか分かったもんじゃないだろう」
わたくしはカエルを両手で包みこんで聞いてみます。
「他には何をお望みかしら」
「お姫様のキス一つ」
「許せるか!」
お父様が手をのばしましたので、わたくしは急いでカエルにキスをいたしました。
途端に湯気が上がって、一瞬周りが見えなくなります。
湯気はすぐ消えましたが、わたくしの手はなぜか見知らぬ若殿に握られておりました。
「ああエリー姫、あなたのおかげで姿をカエルに変える呪いが解かれました。僕はこの国の王子です。どうか僕と結婚して下さい」
わたくしはびっくりして大声をあげてしまいました。
「ええ~! せっかくお話するカエルさんと結婚できると思ったのに、ウエエ~ン」
広間は泣きじゃくるわたくしに、「結婚なんてまだ早い」とさわぐお父様に、「王子殿下ならよろこんで」と喜ぶお母様に、「王子様だって分かっていたら」と悔しがるお姉さま方に、「カエルの方が良かったなんて‥」と落ちこむ王子様で、大さわぎになりました。
数日後、わたくしたちは婚約いたしました。
殿下が、王様のお城でカエルを飼っていいよって約束してくれましたから。
めでたしめでたし♪
その後、領主様のおふざけは鳴りを潜め、領民は助かりましたとさ