陰毛ロボット、海へ行く
(一)仕事
ウイーーン、ガチャ。
ウイーーン、ガチャ。
広大なラボに、ボクの機械音が鳴り響く。
ウイーーン、ガチャ。
ウイーーン、ガチャ。
陰毛、ハッケン!
アームを伸ばし、先端のハンドで陰毛をつかム。腹部の穴に、放り込ム。
ウイーーン、ガチャ。
ウイーーン、ガチャ。
今日も今日とて陰毛拾イ。
陰毛は、どこからともなく現れル。キット、何者かがばら撒いてるんだロウ。
これがホントの「陰毛論」! ナンツッテ。
ウイーーン、ガチャ。
ウイーーン、ガチャ。
「おぉインモ、頑張ってるね」
ひとりの老人が、ボクの頭部をポンと叩ク。彼はハカセ、ボクを作ってくれタ人。
「コンニチハ、ハカセ。オヤ? 肩に陰毛がついてますヨ」
ボクは手早く陰毛を取り去ル。
「こりゃ参ったな、ありがとう」
はっはっは、と笑ってハカセは去って行ク。
ウイーーン、ガチャ。
ウイーーン、ガチャ。
「やぁインモ、精が出るね」
ひとりの青年が、ボクとすれ違う。彼はハカセの助手の、ヤマシタサン。
「コンニチハ、ヤマシタサン。オヤ? 二の腕と膝と肘と股間に、陰毛がついていますヨ」
ボクは手早く陰毛を取り去ル。
「こりゃお恥ずかしい、ありがとう」
へっへっへ、と笑ってヤマシタサンは通り過ぎル。
今日も今日とて陰毛拾イ。
ウイーーン、ガチャ。
ウイーーン、ガチャ。
(二)遭遇
ウイーーン、ガチャ。
ウイーーン、ガチャ。
今日も今日とて陰毛拾イ。
陰毛、ハッケン!
ウイーーン、ガチャ。
ト、その時──
「ちょっと! それ、ワタシのよ!」
何者かが、ボクの陰毛をつかんでいル。
右側から伸びているのハ、金属製の白いスリムなアーム。先端には、人間ソックリの指。
「それハ、ボクの陰毛ダ!」
「違うわ、ワタシの腋毛よ!!」
「ボクのダ!!」
「ワタシのよ!!」
「ボクノ!!!」
「ワタシの!!!」
毛は両側から引っ張られ、プチンと二つに切れてしまっタ。
「何すんのよ!」
「こっちのセリフダ! ボクの陰毛を返セ!」
「あら違うわ、これは立派な腋毛よ。証明してあげる」
そう言っテ、ソイツは腹部に毛を持っていっタ。腹部が開いて、毛を収納し、また閉まル。
『ブンセキ ヲ カイシ シマス』
「まぁ見てなさい」
ソイツは頭部をわずかに上げて言ウ。
『パンパラパーン! ブンセキ ガ シュウリョウ シマシタ』
また音が鳴り、胸のモニターに『腋毛率 93.2%』と表示されタ。
「毛根に付着した成分を分析したの。ということで、これはワタシのものね」
ソイツはボクの手から毛を奪い取り、背を向け去ってゆク。
ウイーーン、ガチャ。
ウイーーン、ガチャ。
ボクも仕方なくローラーを回す。
(三)反発
ウイーーン、ガチャ。
ウイーーン、ガチャ。
ヤナヤツ! ヤナヤツ! ヤナヤツだ!
あんな言い方、しなくってモ。
ボクはドラム缶みたいなボディに、アームとまん丸の目が付いたダケのロボット。
ローラーも旧式デ、床のコードをまたぐのにもひと苦労。
アイツはそんなボクと違っテ、スリムな成人女性型。二足歩行ダシ、ぎこちない機械音も聞こえない。
腋毛分析装置まで付けちゃっテ!
キット最新式なんだロウ。
形だけじゃナイ、イントネーションも人間と変わらナイ。鈴を転がすようナ声。
なんだかコンプレックス感じちゃウ……。
ウイーーン、ガチャ。
ウイーーン、ガチャ。
ダメダ、ダメダ。
ボクは世界に一台だけノ、陰毛拾いロボ「INMO-71-D」!
ほら! 陰毛、ハッケン!
ウイーーン、ガチャ。
ウイーーン、ガチャ……
(四)和解
ウイーーン、ガチャ。
ウイーーン、ガチャ。
ライブラリーで、陰毛拾イ。
ん? 本棚の前に立っているのは、この前ノ……
「あらあなた、この間はどうも」
毛を横取りしたロボットじゃないカ!
「あなたも本を読みにきたの?」
フン、返事してやーらナイ!
ところがソイツはお構いなしに、ボクに話しかけてくル。
「ほら、見てよこれ。素敵だと思わない?」
のっぺらぼうの頭部に、赤い光の曲線が映ル。笑った口ノ形……
「こんなところでサボってるのカ」
思わずボクはしゃべってしまウ。
「ちゃんと博士に許可を取ってるわよ。それより、ほら」
ソイツは大きな本を開いてこちらに差し出しタ。
「なんダ、その青いのハ」
一面に青が広がるページだっタ。
「海っていうのよ。水がたくさんあって、生き物もたくさんいて、波があって、船が浮かんでて……」
ナミ、とか、フネ、とか、よくわからないけれド。
「ホウ、なかなか興味深イ」
とても興味深イ。こんな世界があるなんテ。
「この白いツブツブは何ダ?」
「それはウミネコよ。鳥の仲間で、鳥っていうのはね──」
彼女は海のことをたくさん教えてくれタ。
「ワタシね、いつか本物の海を見るのが夢なの」
「ホウ、いい夢ダ。叶うといいナ」
ボクは心からそう言っタ。
(五)約束
彼女は腋毛拾いロボ「WAKKY-SD353」だと名乗っタ。
「ワッキーって呼んでね」
「ボクはINMO-71-D。インモとみんなは呼んでいル」
「インモ。いい名前ね」
また光の点線で笑ウ。
その瞬間ボクは、自分を恥じタ。
彼女は陰毛と腋毛を見分けらレル、いわば腋毛探しのプロフェッショナル。仕事をしていただけなんダ。
旧式ロボットのボクのこと、バカにもしなイ。
それなのにボクは、ヤナヤツだなんテ……
「ワッキーは本が好きなのカ?」
「ええ。腋毛拾いは好きだけど、外の世界も知りたいの」
「また来ていいカ?」
「もちろんよ」
それから毎日、ライブラリーに通っタ。
ワッキーと二台並んで、世界中の写真集を見タ。
海はもちろん、空、山。渓谷の花々、極地のオーロラ、田園風景、そして黄昏の世界に沈む太陽──
何故だろウ、彼女といると、ボディの内部があったまるような、そんな気持ちになるんダ……。
「いつか一緒に、世界を見に行こウ」
「ええ、約束よ」
ボクらは指切りしタ。
旧式のハンドと、最新式の細い指とを絡め合っテ。
(六)大変
今日のワッキーはいつもと違ウ。
本を開いても、ちっとも楽しそうじゃナイ。
頭部の光の点は、一直線に並んだまんま。
いつもみたいに、笑ってくれヨ!
「どうしたノ、ワッキー」
ワッキーはスリムな脚を交互に動かし、窓のそばまで行ってしまウ。
ボクもあわてて隣に並ブ。
彼方には、モクモクとした入道雲。知ってる、季節は今、夏なんダ。
「……今日はお別れを言おうと思って」
ワッキーはやがてこう言っタ。光の線が、悲しく歪ム。
ボクは言うべき言葉が見つからナイ。
「ワタシね、もうすぐスクラップにされるんだって。腋毛拾いって、あんまり需要がないみたい……」
「スクラップって、壊されるってコト?」
タイヘン、タイヘン……。
「そう……でもね、あなただけに言うんだけどね……」
そこで一度、言葉を切っタ。
「最後に、海を見に行くの……だから、今日でお別れ」
今までありがとう、と彼女は呟ク。
「ボクも行ク」
「ダメよ。巻き込むわけにはいかないわ」
「ボクも行ク!」
「何日かかるかわからない、たどり着かないかもしれない、途中で壊れちゃうかもしれない」
「約束したダロ、ボクも行ク!!」
ボクの旧式のハンドは、彼女の指を握りしめタ。
(七)出発
「あの、ボクら、海へ行きたいんでス! 海は、海は、どっちですカ?!」
ボクたちはラボを抜け出して、最初に出会ったロボットに尋ねタ。
ロボットは、郵便受けに手紙を入れて答えル。
「海か……結構遠いヨ、あっちの方、一日でたどり着けるかどうカ」
「アリガトウ」
ボクらはハンドを繋いで進む。さっきのロボットが指差した方、太陽の反対側へト。
進んで、進んデ、太陽がてっぺんに来タ。
ボクの旧式のローラーは、段差につまずいて何度も転ブ。
「やっぱり帰りましょ、見てられないわ」
そう言うワッキーだって、関節が軋みを上げていル。
「約束したダロ、世界を見るっテ!」
「あっ!」
ワッキーが前のめりに倒れタ。右脚が取れてしまったんダ。
「大丈夫、ボクに乗っテ! 丈夫さだけは、自信があるかラ!」
ボクはワッキーを上に乗せ進ム。
ボクらのボディはもうボロボロ……
デモ、デモ! なにがなんでも行くんダ海へ、バッテリーが切れる前ニ、二台一緒ニ!
海へ、海へ、海へ、海ヘ────
(八)海へ
いったい何時間たったんだろウ?
太陽がまぶしイ。日に照らされて、ボクのボディは熱を帯びル。
ローラーも擦り切れてしまいソウ。
ボクらのボディはもうボロボロ……
デモ、デモ! なにがなんでも行くんダ海へ、バッテリーが切れる前ニ、二台一緒ニ!
海へ、海へ、海へ、海ヘ────
あの約束、一緒に世界を見に行く約束は、果たされなくっても良かったんダ、君と一緒にいる限リ。
写真集で見た渓谷の花々、極地のオーロラ、田園風景、そして黄昏の世界に沈ム太陽──
花畑の中、ボクは花を摘み、君の頭にそれを飾っタ。
オーロラの下、二台でひとつのマフラーを巻いタ。
稲刈りの終わった田んぼで、可愛らしいスズメたちが落ち穂をついばむのを眺めタ。
そして黄昏に染まる君の頭部側面を、ボクは優しく、優しくなでタ。
ライブラリーの、片隅デ。
「ねぇインモ……」
ボクの上で、ワッキーがポツリと言ウ。
「どうして、ここまでしてくれるの?」
「なぜってボクハ──」
ただ、君といられればいいっテ、それダケ。
その時だ。
ミャア、ミャアと、微かな声が降ってくル。
目を上げると遠くに、あの日、写真集で見タ──
「ワッキー! あの、白い、ツブツブは、何ダ?」
「……あれはウミネコよ」
ワッキーはボクのアームをギュッとつかんダ。
「ウミネコっていうのは鳥の仲間で、鳥っていうのはね──」
ボクらの目の前に、オレンジ色の、巨大な水のかたまりがあっタ。
(九)融合
波打ち際に、下り立つボクラ。
ボクらはしばらく無言でいタ。
「……これが、海なんだナ」
ボクが言ウ。
「……これが、海なのね」
ワッキーも言ウ。
波の音が響く……ザザーン、ザザーン。
「これで壊れても本望よ」
ワッキーはボクから下りて、ケンケンをして海に入っタ。逆光の中、振り返ル。
「インモ、本当にありがとう……お願い、あなたはラボに帰──」
「ダメダ」
ワッキーの言葉をさえぎり、ボクも後に続ク。
「キミのいない世界なんて、意味がナイ」
ワッキーの頭部の光の線が、柔らかい曲線を描ク。
「やっと、笑ってくれタ」
ボクのハンドがワッキーの頭部側面をなでルと、彼女はくすぐったそうに首を傾けタ。
並んで座ル。波が、ボディの熱を冷ましてくれル。
「不思議ね。あなたといると、怖くないわ」
……ザザーン、ザザーン。
「日が沈むわ……」
「写真集で君と見タ、あの夕陽にそっくりダ」
ボクはワッキーの指を握ル。
「ワタシも同じこと思ってた」
ワッキーも強く握り返ス。
ザザーン、ザザーン……波ノ音。
夕陽がボクらを染めていル。
(十)結論
浜辺をのぞむ土手に、二人の男の影。
博士と、助手の山下クンである。
彼らの頬を伝うは滂沱の涙。
「博士……ヒック……やりましたね、人工知能も恋をするという仮説、ヒック……これで実証されましたね……!!」
山下クンは涙を拭うこともせず、波打ち際にたたずむ二台のシルエットをただ見つめている。
「あぁ……なんと、美しい光景だろうか……」
博士はヒゲの先からも涙を滴らせ、嗚咽混じりに呟く。
「新婚旅行にも連れて行ってやらんとな……」
そして後ろを振り向いた。
「やっとレッカーが来たようだ。早く引き上げてやらんと可哀想だ……さ、行こうか」
浜辺へと、二人は歩を進めた。
満ちつつある潮に体を洗われ、固く抱き合う二台──いや、今は二人のロボットと呼ぶのが正確だろう──、それはもはやシルエットを融合させ、ひとつの前衛的なモニュメントにも見える。
「次の研究テーマはそうだな……『人工知能にも倦怠期は訪れるか否か』でどうだろう」
「博士、最後に聞きます……何故、『毛』にこだわったんですか?」
博士は立ち止まり、助手の方を向く。そして厳かに、こう答えた。
「…………性癖じゃよ」
「博士ッ……! 一生ついて行きます……!!」
二人は互いの手を握りしめた。
ザザーン、ザザーン……波の音。
夕陽が全てを染めていた。
──終──