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晩夏の灯火

作者: なと

夏が来る

不思議が木乃伊の背負子を背負って路地裏へやってくる海へ還る町へ行く

通り過ぎる潮騒にエンヤコーラーと魔性の炎

夜の花も咲こうか泉の蛇はひんやりと水底にて

忘れていた恋文が届きました

そっと土踏まずの間に水母が怯えて隠れています

山桃の実をそっと口の中で潰す甘い液


夕暮れの宿場町を散歩

悲しそうな顔をした飼い犬が玄関先で吠えている

人魂のような外灯が幽霊見たいな私を見下ろしている

懐かしさの塊は水晶の欠片みたいに闇の中で輝いている

死んでから彼岸の先へ持っていけるわけでもあるまいし

玩具みたいな光物を集めるのを辞められない

田んぼの案山子が嗤う







赤蜻蛉を追いかけてあの隧道へ行ったんです

雨合羽の少年がお地蔵さんの隣に居て

半分透けたその体で朧げに通りゃんせを唄っていた

蝉時雨の音にため息をつくと

少年は消えていた

懐かしい夏の記憶は

いつの間にか指に巻かれた赤い糸に

糸は神社の境内へ続いていて

ぽっかりと開いた闇へと続いていた







夏の旋律は鈴よりもたおやかに

成長痛が羽の出るのを邪魔するように

羽化する蝉の翅みたいに

ささやかな切なさなんです

夏の夕暮れはコーラを飲んで

邪気を払って

亡くなった祖母が

お念仏を唱える背中に線香の香り

大切な宝物のように覚えています

あのたくさんの向日葵のように

懐かしい夏になる






夏の後に待つ季節なんて

想い出に少しも残らないじゃないか

凄まじい暑さに焼かれながら

此処が地獄の一丁目

刹那に殺意と混沌で脳が暑さでやられても

蝉は御経のようなものを唱えながら

夜の熱帯夜の中仏壇の部屋には

見知らぬお坊様が六文銭を寄越せと

知らないんだそんな影法師

あの子は何処へ






夏の欠片を想い出して

あの隧道でヒグラシが鳴いている

過去にはいつも郷愁が漂っていて

いつまでも醒めない夢を見ている

夏というのは魔物のようなもので

幻想と虚栄が隠れ住んでいる

押し入れの中で眠る頃

夜はお祭りの夢を見る

夕暮れには浴衣姿の娘が

神社の裏でお願い事をして

赤い紐を小指に巻く








宝物の中身は何故か光物が多い

前世はきっと鴉だったんだ私

こうべを垂れて煙草を吸う父の後ろ姿は

いつも哀愁が漂っていた

もう思い出せない人たち

川の中の魚に混じって真っ赤な金魚が一匹だけ

夏祭りのあとに捨てられたんだってね

合わせ鏡の中の自分に話しかけると

死んでしまうんだってね






夏の想い出に不意に思い出す影がある

祖母の後ろ姿はなぜか布団に香りに似ている

あの街角で待つ女の人は母に似ている気がする

老いても若いままの私が心臓の裏で目覚めの時を待つ

赤い紐であやとりをやったあの神社では

蝉の声がお経の様に鳴りやまない洪水のように

夏というのは魔物だ







夏の想い出は遠いフィルムの中

埃を被った押し入れの中で

ゆっくりを目覚めの時を待っている

見えない処にはなにが眠っているか分からない

宇宙だったりワニや妖怪だったり

そんな有耶無耶な物がそっと夏の蛇口を触りに来る

宿場町の路地裏にはいつだって少年の面影が

夏風に頭を揺らして







あの夏に夢を置いてきた

そっと口に含んだ水の温みは海の欠片

空は何処までも自由で

懐かしい木の香りのする通り道は

昭和のあの日に続く妖しい路地裏

夕べを待って朝に死ね

何処までも透き通った空には

扇風機の回る音と蝉の音だけが吸い込まれてゆく

そういえばあの人が亡くなったのは夏だった








昔の記憶の中に故郷の夏は

線香の香りだった記憶がある

夏の暑さの途中で人は刹那や後悔や逡巡を

色濃く感じる時がある

魔がよぎる

死の香りにも似たこの絶望的な恍惚感は

夏に大きく膨らみ

夏の夕暮れには通り魔が黒いマントを羽織って現れる

夢のように首を絞める男は

自分の家族のようであったか








金魚鉢のなかで金魚は世界を知る

風は熱を孕んで焦げたアスファルトの香り

祖母の背中から薫る末香の香り

夏は人を孤独にする

影の中で法師は踊る

夢ばかり見てきた人生でした

夕涼みの中でも妖怪や幽霊は跋扈し

世の中を逆さにひっくり返そうと時計を秒針を睨む

いつかあの季節に…と向日葵に憧憬を








君の横顔に浮かぶ笑顔が好きで

こっそり恋文を赤いポストに投函

届くかな入道雲が紅く照らされる頃までに

夕立はやがて蜃気楼にとってかわる

着物の裾が打ち水で濡れている

ふ、と冷たい風が熱風に混ざって届く

此処は誰も居ない干からびた宿場町

過去へと続く道がどこまでも続く

あの坂道の上の入道雲








空は何処までも晴れていて

入道雲がいらかを照らす

旅人はコートの中から

熟れたてのトマトを取り出しかぶりつく

宿場町の辻角には着物を着た娘が

妖しい赤い眼をして人を攫うのだ

ちりんと風鈴の音に誘われて

彼岸へ行ってしまった男を思い出す

常世の海の音がしますね

その貝殻の中身は空なのだろう







夢追い人、旅人のふかす煙草

真夏の通り道には誰もいない

打ち水の音がして

ようやく其処はカキ氷の店だと知る

入道雲が高々とシオカラトンボが蝉を横切る

此処はあの世か此の世か

運命論も因果論も枕の下に仕舞って

宿場町の玩具屋で、真っ赤な表紙の

誰も読んだことのない

不思議な怖い本を読もう






田んぼの中でタニシは密かに光ってゐる

舟虫たちが子供の落とした氷砂糖に群がっている

空は何処までも青く魂は抜け出てしまう

あなたは私私はあなたと問いかける合わせ鏡の中の影

赤に呪われた世代の娘は真っ赤な糸であやとりを

けんけんぱの先には闇の世界広がりし

夕暮れ刻の神社で隠れんぼは神隠し






夕暮れは魔法だ

凡ての物を赤く燃やし

妖しの者達が跋扈する刻

午後五時の時間になると

ブリキの玩具がひとりでに畳の上に這いずり回る

怖い本からちょっとだけ真っ赤な親指が飛び出てる

あめふらしが道端で拾ってきたお地蔵様

闇人が集めてきた魂が外灯をぽっと照らす

幻想と幻覚が交差する逢魔が時






青春とは小指に巻かれた赤い糸

少女はセーラー服を纏って町家の闇へ消えて行く

能面の面はなにも知らぬ顔

入道雲はいらかの群れに宝石をまき散らし

線路の傍のお地蔵様に夏椿が添えられて

戸棚の戸を開くと恵比寿様がまんじゅう喰ってる

いつまでも幻想の世界に居たいんです

古いキネマの女優は微笑む







刹那の瞬間を殺しにかかってくる蝉時雨

無限の刻を宿場町に置いてきたと僧侶は言う

祭りの炎は心臓を高鳴らせ

蛇の舌のような火炎は夏の時間を閉じ込める

其処へ行けば永遠の命を与えられるだろうと

夢ばかり見ていた布団の中に宇宙

押し入れの中に亡くなった筈の祖母がいて

一心不乱に南無阿弥陀仏と






夏の空気

絵日記に現れる祖母の背中

扇風機にそうめんにカキ氷

顎をしたたる汗はなにも知らないんです

そう、知らないんです

潮騒の音に呼ばれて

黄泉路を歩むその足音に

鈴の音がしようとも

運命論も因果論もまとめて宿題だって

手を引く雲水さんは云うんです

海の上に沢山の兵隊さんが並んで

此処は






夏を閉じ込めた宝石箱に夜の帳を閉じ込めた

明日の日付に家紋と家系図を描いてみる

国語の授業に紛れ込んでいる雲水さん

心臓の傍で居眠りする猫は目が赤かった

手紙の終わりにサヨナラの文字を

金魚のシールで隠す

線香花火の終わりは世界の終わり

打ち上げ花火に世界征服を願う

路地裏の夏休み










夏が来る

不思議が木乃伊の背負子を背負って路地裏へやってくる海へ還る町へ行く

通り過ぎる潮騒にエンヤコーラーと魔性の炎

夜の花も咲こうか泉の蛇はひんやりと水底にて

忘れていた恋文が届きました

そっと土踏まずの間に水母が怯えて隠れています

山桃の実をそっと口の中で潰す甘い液






夢の帳は過去のおもひで

破滅なき世は泡沫のしらべ

黒猫の横切る道に麦藁帽子風に舞い

誰かの足跡に花が咲く山桃が実る

夕べの夢にお坊様の読経、幽かな線香の香りのする座敷

此処はもう人が絶えて随分経つんですよ

屋敷の中に黒い人影、棲むようになる

サイダーの海に溺れる冷蔵庫にはかちわり氷








夏のつむじ風に足を捕られて

気がついたら宿場町の小さな格子戸の中に居た

雨は上がったようだ遠雷は刻を告げる

密やかな柱時計は二十七時を指し

夢見鳥が入道雲に腰を掛け

夏祭りにはあのお寺の隅に隠れていよう

そこだったら怖いものはやってこない

タニシはゆっくりと便所の蛇口を伝っている









懐かしい匂いを感じて街道沿いまで

窓の外には海がきらきらと輝いて

僕は何処まででも行ける気がするんだ

そう言って部屋に舞い込んだ櫻の花びらを集めている

抽斗の中には蝉の抜け殻が

お手洗いの前の床がぎしりと鳴る

何故水場の近くはこんなに暗がりなんだろうね

夏を探している者が布団の中に隠れ







田んぼの中でタニシは密かに光ってゐる

舟虫たちが子供の落とした氷砂糖に群がっている

空は何処までも青く魂は抜け出てしまう

あなたは私私はあなたと問いかける合わせ鏡の中の影

赤に呪われた世代の娘は真っ赤な糸であやとりを

けんけんぱの先には闇の世界広がりし

夕暮れ刻の神社で隠れんぼは神隠し

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