花様年華
また告白されてる。
そういえば、噂によると先週も告白されてたんだっけ。
「ごめん、俺...好きな人がいる。」
「…わかった、ありがとう」
女の子が走り去っていく。
今の子、すごく可愛かったな。なんて、呑気に考えてまたページをめくる。
ここは私のお気に入りの場所-大きな桜の木の下。あまり人は来ないけれど、昼なんかは木漏れ日が丁度よく降り注いで心地の良い場所なのだ。
ちらりと視線をやると、先程告白されていた男子が立っている。奏汰君だったっけ。いわゆる学校のモテ男子で、2クラス離れた私でさえ知っている人気者。盗み聞きするつもりは無かったけれど、桜の木の下で告白を始められたら、動こうにも動けなかった。
最近、この桜の木の下で告白する人が多い気がする。
幸い、大きな桜の木だから反対側にいた私は気付かれていなかったけれど。どうやら奏汰君は好きな人がいるらしい。まぁ私には関係ないか。もうすぐ昼休みも終わる。チャイムがなる前に戻ろう。気付けば奏汰君も居なくなってる。私は本を閉じ、校舎へ向かった。
私は残念ながら友達が居ない。入学式から1週間、みんなが友達作りを始める一番大切な時期に私は風邪を引いてしまった。スタートダッシュ失敗だ。
ようやく風邪が治り学校に登校した時には案の定大体のグループは出来上がっていて、元々話すのが得意では無い私は結局友達が出来ずじまい。
そのせいで昼休みはあの桜の木の下で本を読むのが日課になってしまった。
もちろん移動教室を友達と…なんてことはない。
この日も、1人でぼーっとしながら次の教室まで向かっていた。
私たちの教室は2階。次の授業が行われる教室は1階だ。階段をおりようと足を踏み出したところまでは良かった。私は足を踏み外してしまった
-やばい、落ちる!-
すぐにくるであろう痛みに備えてとっさに目を閉じる。
...あれ?痛くない?恐る恐る目を開けると、私は落ちずに踏み外した状態で止まっていた。理解するまで時間がかかった。どうやら落ちる寸前で誰かが私の腕を掴み、助けてくれたらしい。
しっかりと掴まれた腕の先には...
昼間告白されていた、奏汰君がいた。
「危なかった…!!大丈夫!?」
何が起こったのか分からず固まっていた私に奏汰君が声をかける。傷一つない綺麗な頬を汗が伝っている。きっと私が落ちそうなことに気付いて慌てて走ってきてくれたのだろう。
「大丈夫、ありがとう…ございます」
驚いて敬語になってしまった。
「それなら良かった!気をつけてね」
「はい!っ…痛った…」
振り返って教室に向かおうとした時、右足首に痛みが走って動きが止まる。
「え、大丈夫…?」
奏汰君が心配そうに私の顔を覗き込んでいる。
階段から落ちはしなかったけど、踏み外した時に足を挫いてしまったようだ。
「歩ける?保健室、行こ。」
そう言って私のそばについて歩幅を合わせてくれる。
保健室に着くと、奏汰君はテキパキと足に保冷剤を取り付けて湿布を貼ってくれたり…あっという間に処置をしてくれた。
「すごい…すごいね、早い!ありがとう」
お礼を言うと、
「保健委員だからね。まだ痛いと思うけど…次の教室まで行ける?着いていこうか?」
ドヤ顔をした後、すぐにまた心配そうにして気遣ってくれた。
優しいな、ほとんど話したことがないはずなのに。
「大丈夫!もう歩けるよ。奏汰君が授業に遅れちゃう。ありがとうね」
私が元気よくお礼を言うと、奏汰君はほっとしたような顔をして眩しい程の笑顔で笑った。
「良かった!!気をつけてね」
奏汰君の笑顔に、心臓がとくんと跳ねる。
私は保健室を出て移動教室へと向かった。
なんだろう、顔が熱いかも
この熱は6月の気温のせい?
どうしてかな、鼓動が早い。
きっとさっき落ちそうになって驚いたんだ。
…わかってる。きっと気温が高いのも、落ちそうになって驚いたのもあるけれど。
私ってこんなに単純だったかな。
私はこの6月の暑い日
-奏汰君に恋をした-
最悪だ…午後の授業、頭に入ってこなかった。
枕に顔を埋めて何度もため息を吐く。
あそこで足を踏み外さなければ。
でも、自覚してしまったものはしょうがない。
単純と言われても反論できないけれど、
あの時私は確かに恋をしてしまったのだ。
少女漫画の主人公なら、きっと凄く可愛くてクラスでも人気者で。恋した相手に告白して付き合うんだろう。
けれど私は可愛くない。自分でも自覚済みだ。
奏汰君は今日も告白されていたし、きっと今日助けた私の事なんか覚えてないかも。クラスも離れているし、名前すら知らないんだろうな。
あー、もう、だめだ。どんどん悪い方向に考えてしまう。告白するつもりは少しもない。振られるに決まっているから。
けど…名前覚えて貰うくらいなら。欲張ってしまえば、友達になるくらいなら。
何せ初恋なのだ。少しくらい欲張ってもいいかな。
行動に起こさないと何も変わらないよね。
…よし。明日、見かけたら。話しかけてみよう。
そう思い立って学校に来た…のに。
「よし、まずはどんな飾り作るか決めようか!」
こんな事ってある??
恋に落ちたことですっかり忘れていた。
2週間後は文化祭。
今日は係決めで、何もなりたい係を決めてなかったせいで…あろうことか先生に頼まれて誰もなろうとしなかった飾りつけをしたり、先生に頼まれた荷物を運んだりする…言わば雑用係になってしまった。
クラスは4クラスあって、本来はそれぞれのクラスから出た計8人ほどで進めていくんだけど。
今日は決めたばかりだし、みんな雑用をしたくなくていやいやなった人達ばかりで帰ってしまった。もちろん仕事はしてくれるけど、何も放課後まで残ってしなくてもいいだろうと。そして放課後先生に…案の定雑用を頼まれ空き教室へ向かって…そこでなんと奏汰君が1人残って飾り作りをしていて…今に至る。
荷物を運び終わり、やることもなく、1人残して行く訳にもいかず2人で進めることになったのだ。
せっかく2人になれたのだ。何か…何か話題を…
「奏汰君…は、人気者だし…誘えばみんな手伝ってくれるのに、どうして1人で…やってたの?」
あぁ、もう、違う、何言ってるんだ私…
「あー、俺が誘うとみんな優しいし来てはくれるんだけど…雑談ばっかりになって進まなくなっちゃうから。」
すごい、そこまで考えてたんだ。
「そうなんだ…変な事聞いてごめん、あー…えっと、昨日…助けてくれてありがとう。覚えてる?」
私にしてはすごく頑張った。と、同時に後悔した。奏汰君が忘れてたらすごくショックだ。どうしよう、分からないなんて聞きたくないな。自分から聞いたくせに怖くなってきてしまった。
「覚えてるよ!」
「…え」
覚えてくれてた…良かった…!!
心の底から安堵する。
「桜樹さんだよね、怪我してなかった?」
え???今…桜樹さんって…
「私の名前…知ってるの??」
「え?うん!入学式の後1週間休んでた子でしょ」
奏汰君はそう言って屈託ない笑顔で笑った
昨日の事覚えててくれただけでも嬉しかったのに、名前覚えててくれたなんて。良いことが起こりすぎて、バチが当たっちゃうんじゃないか。なんて思って。
「どうして知ってるの?」
「あ〜…実は入学式に行く途中、猫と遊んでるの見かけて…俺も猫好きだからさ、仲良くなれたらいいなって思って、でもクラス分かれたから友達に名前聞いて…なのに1週間休んでるんだから困ったよ!…あ、こんなの怖いよね、ごめん。」
「ううん、名前知らないと思ってたから嬉しいなぁ」
本当に嬉しい。それにしても、猫と遊んでるの見られてたのか。少し恥ずかしいや…
それから、他愛ない会話をしながら飾り作りを進めていった。気付いたら、もう不安や緊張なんて無くなっていて。奏汰君との会話を楽しんで一日を終えた。
それから何日か経った日だった。
私はいつのもようにあの桜の木の下で本を読んでいた。
「好きです。付き合ってください!」
「ごめんね、俺、好きな人がいるんだ。」
そうだ。好きな人がいたんだった。
そんなのあの日からわかってたことじゃないか。
でも…やだなぁ、あの日聞いた時はこんな気持ちにはならなかったのになぁ。
頬を涙が伝ってページを濡らしていく。
空は快晴なのに私の心は雨模様。
胸がズキズキと痛んで苦しい。
「あれっ、桜樹さんだ!もしかして告白聞かれてた!?…って、どうしたの!?」
「…え?」
声のした方を見ると奏汰君が私を覗き込んで心配そうな顔をしている。
「何かあった?」
この間は気付かれなかったのに、よりによって気付かれてしまった。
「なんでもないよ!」
無理やり笑顔を作って、走り去る。
…心配してくれたのに失礼なことしちゃったな。
でも、とても心から笑って話せる気分じゃないや。
それから、文化祭の飾り作りは奏汰君のいない間に済ませて帰る…なんてことを繰り返してた。
会わなければ苦しくないと思ったから。
なのに…
「会いたいなぁ」
「…それは、誰に?」
休み時間、みんなが出ていった教室から校庭を見下ろしていると、会いたかった人の声がした。
振り向くとやっぱり奏汰君で。
「奏汰君…なんでここに?」
「最近俺の事避けてるでしょ。だから、会いに来た。俺何かしちゃったかな、考えたけど…ごめんね、分からなかった。謝りたいから教えて欲しい。」
あぁ、なんていい人なんだろう。私が悪いのに。奏汰君は何も悪くないのに。
「奏汰君は悪くないよ。私が自分の気持ちをコントロールできなかったのがいけないの。」
「なら、俺はもっと桜樹さんと話したい。だめかな。」
だめなわけがない。私だって沢山話したい。
でも…
「奏汰君は好きな人がいるんでしょう?ごめんね、聞いちゃった。でも、好きな人がいるならそんなこと言うのは辞めた方がいいんじゃないかな。」
「俺は…「ごめんね、もう次の授業始まるから。奏汰君も自分のクラスに戻った方がいいよ。」
奏汰君の言葉を遮って私は席に着く。ちょうどクラスメイト達も帰ってきて、奏汰君も帰って行った。
なんだか胸にぽっかり穴が空いたみたい。
その日の授業は何も頭に入ってこなかった。
-1週間後。
飾りつけは終わった。
明日はいよいよ文化祭だ。
「奏汰君、明日告白するんだって!」
そう言ってきたのは、私のお友達。花音ちゃん。
私もそろそろ1歩踏み出そうと勇気を出して声をかけた女の子。趣味も合って、気の合ういい友達だ。
それより…待って、なんて言った?
奏汰君が…告白?明日?好きな人に…
1週間経って、花音ちゃんのおかげでやっと心の穴が埋まり始めたのに。どうして会っても会わなくても、…奏汰君、貴方は私の心を揺さぶるの?
心臓が嫌な音を立てている。
何も言わない私に花音ちゃんは
「小春ちゃん、奏汰君に告白しないの?」
いやいや、うそでしょ、私…花音ちゃんに奏汰君が好きなんて話してない。
「なんで私が奏汰君をすきだと思うの?」
「だって小春ちゃん、奏汰君の話の時はすごく切ない顔するんだもん。分かるよ。」
…知らなかった。
「あのね小春ちゃん。奏汰君と何かあったんだよね。きっと。私は小春ちゃんと仲良くなって間もないし、まだまだ知らないことだらけだけど、何となく分かるよ。小春ちゃん…迷って結局後悔するタイプでしょう?たとえそれで振られたとしても、絶対に告白せずに振られるよりいいと思う。それに、奏汰君もきっと小春ちゃんのいい所を分かってると思うの。それで振られたら私のところにおいで。小春ちゃんが満足するまで慰めてあげる。安心して行ってきて。」
本当にいい友達を持ったなぁ。心がさっきよりも軽い。
「そうだよね…。私、行ってくる。」
学校の終わりを告げるチャイムがなる。放課後が始まった。私はみんなが帰るのを待って、奏汰君のクラスまで走った。まだいるかな。いて欲しい。
ドアを開けると…奏汰君がいた。
「奏汰君!」
奏汰君の体がびくっと震える。
びっくりさせちゃったかな。あれ、私…告白しに来たはいいけど…なんて言うんだっけ、頭が真っ白だ。
「奏汰君…明日告白するの?」
一番触れたくない話題を出してしまった。最悪だ。
「あー…うん。聞いた?」
…そっか…なにかの間違いかもしれないという私の希望はあっけなく砕けた散った。
「えっと、その子は…どんな子なの?」
きっと傷つくけれど、優しい奏汰君が好きになるその子のことを知ってみたいという気持ちもあった。
「そうだなぁ、本当に優しくて、笑顔がすごく素敵な子で…」
そう言って話す奏汰君は、幸せそうに微笑んでいて。
きっとその子のことを考えながら話してるんだろうな。
奏汰君にこんなに想われるその子が羨ましいや。
「も、もういいよ、ありがとう」
羨ましい…けれど、これ以上聞きたくなくて。また、言葉を遮った。…いつもならここで終わってくれるはずなのに、奏汰君が発した言葉は予想外で。
「まだ、最後まで言わせて。」
いやだ、聞きたくない。瞳が十分過ぎるほど潤っている。
「それで、文化祭の準備を一生懸命頑張って、先生にお願いされた事もきちんとこなして…」
私だって、準備、頑張ったよ。先生のお願いだってこなしたよ。なんで私じゃないの。涙が溢れそうだ。
「それから、猫が好きで、入学式から1週間風邪引いて休んだり、階段から落ちそうになっちゃうような少しドジな子。」
…え、それ、まるで…
「告白、今日にしてもいい?」
頬を赤く染めながらいつものような屈託のない笑顔で奏汰君は言った。
あぁ、この人には敵わないなぁ。
「でも、私、可愛くないし、友達も少ないし…」
「あのね桜樹さん。俺は入学式の日、桜樹さんの笑顔に一目惚れしたんだよ。可愛くないわけない。俺の好きな人だよ?それに、桜樹さんはすごく優しいし、人のことをよく見てる。困ってる人を率先して助けてたの、俺は知ってるよ。そんな素敵な人に友達ができないわけない。桜樹さんのいい所をみんなに知られちゃうのは少し悔しいけど…桜樹さんならすぐに友達が沢山できるよ。俺こそ、桜樹さんの前だからってかっこつけちゃうような男だし、頭も良くないし。でも、桜樹さんが好きな気持ちでは誰にも負けないと思う。こんな俺で良ければ付き合ってくれませんか?」
そう言って手を差し出す奏汰君。
「私は奏汰君に階段で落ちそうになった時…助けて貰った時からずっと好き。奏汰君の笑顔が好き。優しいところが好き。私は元々人と話すのが得意じゃないの。でもね、奏汰君と出会ってから勇気が出たよ。前の私だったら、奏汰君が告白するって聞いてここまで来れてないと思う。
-奏汰君が大好きです。
私で良ければこちらこそ。よろしくお願いします。」
私は奏汰君の手をとった。
外は夕焼け。
オレンジの光が差し込んでいる教室の中で、私達はお互いに恋をしている。
両思いってすごいな。
さっきまであんなに不安で苦しかったのに、今は幸せすぎて苦しいや。
あとで花音ちゃんに伝えよう。
背中を押してくれてありがとうって。
「明日の文化祭、一緒に回りませんか?」
思い切って誘ってみる。
「もちろん。」
奏汰君が笑う。
まさか私がこんな素敵な恋をするなんて、思わなかった。奏汰君に出会えて良かった。
そういえば、本を教室に置きっぱなしだ。
でも、もう少しこの幸せな時間を噛み締めさせて。
今日はきっと、今までで一番幸せな日だ。
誰もいない教室で、1つ残された本が風によってめくられる。そのページはある四字熟語についてだった。
「花様年華」
人生で最も美しい瞬間。-青春