コスプレしたまま異世界へ!(マカロンを添えて)
―ドアを開けたら異世界だった
「いや、なんでやねんっ!?」
片手にスマホ、片手にキャリーバッグを引きずったまま召喚されるとか、どういうことだ!
思わずツッコんだ私の叫びに、ハッとした周囲がざわめきだす。
「せ、聖女様だ!聖女様がご降臨くださったぞ!」
「成功したんだ!我らは助かるぞ!!」
「あぁ、なんて気高いお姿…」
映画で見た、教会の偉い人風なローブを着た人たちがわぁっ!と声を上げる。
セイジョサマ?セイジョサマって誰だ。
私か?
どうやらこの場には女は私だけの様だし。
気高い?そうでしょうね。
だって今の私は…
自分の姿を見下ろして、思わず拳をグッと握る。
困惑していた頭がスッと覚めた。
「聖女様、ようこそお越しくださいました。どうぞ、我らをお助けくださ…」
「今すぐ私を帰せーー!!!」
黒と紫のドレス、波打つ黒髪に10センチピンヒールで武装した私は絶叫した。
まさか、コスプレしたまま異世界召喚されるとは!!
今日はずっと、ずぅーっと前から楽しみにしていた日だった。
元々、漫画やアニメ、ゲームが好きでまあまあオタクな女だった。
高校からは二次創作にも手を出したが、いかんせん私には絵描きのセンスも文字書きの才能もなかった。
しかし、ハマった物には関わりたいのがオタクである。
そんな私が見出した活路。
それがコスプレだった。
二次創作を諦めた私が高校からコソコソと始めたレイヤー活動は、今年で5年目。
高校卒業後に服飾系の専門学校に通おうかと思ったこともあったが、何かを一から創作する事は自分には向いていないとすでに悟っていたので、サクッと就職を決めた。
そう。
オタクとして、コスプレイヤーとして、活動していくためには金がいるんだ!
推しに貢ぎ、新たなジャンルを開拓し、衣装を作る。
正直、お金はいくらあっても足りないのだ。
私は昼間、営業職でバリバリ働き固定給とは別に報奨金を稼ぎまくり、夜はアニメを見つつ衣装を作り、通勤時間に携帯ゲームをやりまくった。
充実した人生である。
そんな生活をして早5年。
今日は1年前からずっと楽しみにしていた日だった。
レイヤー界の神、シン様(♀)と某N市にあるコスプレの聖地として人気の公園で撮影会だったのだ!
噴水から光る水飛沫、整えられたガーデンのガゼボ、白磁のティーセットを持ち込んだお茶会。
夜まで撮影会をお願いしていたので、ライトアップされた中での舞踏会抜け出し庭園シチュ。
東京から前乗りでN市に来て、公園のすぐそばのホテルで今朝、チェックアウト寸前まで自分を作り込んだ。
それらは全て、シン様による私の最推し。
乙女ゲーム『光と風のレジデンス』での1番人気攻略対象。
金髪碧眼キラキラ王子様であるグラン・シルフィード様との『婚約者と1日ラブラブデート!ヒロインには負けないぞっ』をテーマにした撮影会のためである!!
そのためにヒロインのライバルであるグランの婚約者、俗に言う『悪役令嬢』ポジションのカレン・ミラード公爵令嬢に変身したのだ!!
どこぞの異世界の聖女サマになるためではない!
断じてない!!
そりゃあ、エセ関西弁も出るってもんである。
知らんけど。
後ろを振り返ってもすでに私が出てきたホテルのドアはない。
ホテルの自動ドアが異世界に通じてるとか、聞いたことない。
モロ異世界です!って雰囲気の現代にはなさそうな教会?神殿?そんな荘厳さ漂う壁が広がるだけだ。
眼前には「帰せ」と叫んだ私に焦り度MAXな神官ぽい人たちが跪かん勢い。
「せ、聖女様、お帰りになるなどそんな…ご無体な事を仰らないでください…」
「どうぞ我らの国にお力添えを…」
懇願とはこういうことか。
平伏する神官ぽい人たちがなんだか憐れに見えてきた。
別に頭頂部を憐れんだ訳ではない。
何にしても振り返っても自動ドアはないのだ。
帰還方法は彼らに頼るしかないのだろう。
オタク脳は異世界転移を早々に受け入れた。こうなったら一刻も早く帰らねばならない。
私は大きく息を吐き出すと、徐にキャリーバッグの外ポケットから扇子を取り出す。
紫のレースで飾られたソレをパチリと1つ開く。
「とりあえず、説明を」
どうせなら『悪役令嬢カレン・ミラード』の練習をさせていただこう。
―それくらい良いよね?
持つという護衛?騎士?っぽい人の申し出を断り、私はキャリーバッグをゴロゴロさせながら廊下を進む。
「見ず知らずの者に荷物を預けるほど、世間知らずではなくてよ?」と言えば騎士サマ達はしゅんとしながらも下がってくれた。
犬がしょぼくれた様なソレにこちらの罪悪感の方がヒドイ。
ガタイのいい大人の男が犬耳の幻覚を装備しないでいただきたい。
ちなみにこの言葉遣いはもちろん、カレン・ミラード風である。
恥ずかしくないのかって?
フフフ…
どうせここは異世界。
私が帰った後に彼らと遭遇する確率は0である!
この世界で黒歴史をいくら量産しようがバレることは絶対にないのだ!わはは!!
そう開き直って私は思う存分『悪役令嬢カレン』風でいくことに決めた。
黒と紫レースのドレスだからこそできる暴挙である。
1人では開けられないであろう重そうな扉。
キンキラした部屋の中央奥、3段上がった所にデデンと鎮座する玉座。
そしてふんぞりかえるおっさん。
その周囲には10人程の人が控えていた。
たぶん国の偉い人たちだろう。
よく見ればオタクで培った知識で彼らの正体、というか、役職くらいは想像がついたのだろうけど、なんせ私は疲れていた。
大理石、マジ歩きにくい。
キャリーバッグ持つの断るんじゃなかった。
腕も痛い。
着替えの他、詐欺メイク道具一式、撮影機材にお茶会用ティーセットも超豪華プチフールも入ってるんだ!
それは決して彼らのせいではないんだけど、10分近く滑りやすい床を歩かされた私はとにかく疲れていた。
そこにきて謁見である。
ふんぞりかえるおっさんである。
おっさんに跪く周囲に対し、疲れで不機嫌MAXの私は当然、玉座の正面に仁王立ちして差し上げた。
というか、今膝なんか付いたらガクガクして立ち上がれる気がしない。
誰か私にも椅子をくれ。
頭を下げられるのが当たり前なおっさん、おそらく王様はいつまでも立ったままの私に対してちょっとムッとした様だ。
横にいた人をチラッと見ると顎をしゃくった。
「聖女様、よくぞ参られた。その力、このイーベン王国の為に尽くされよ」
顎で指図された割に偉そうなおっさんは、話しながら全身をジットリとチェックしてくる。
なんだこのおっさん2号。
レイヤーに向ける、興奮と熱量、羨望や憧憬の視線とは違う、イヤな目線だ。
疲れに加えて不快な視線に晒され、私の機嫌はさらに悪くなった。
フン、と顔を逸らし扇子を広げる。
シャッと軽快な音を立てる扇子はホームセンターのDIYコーナーを使った手作りだ。
ドレスと同じ黒と紫のレースで飾り立てたゴージャスバージョンである。
威圧感はハンパない。
それを口元に当てながら腕を組む。
見下す様に目を細めれば脳内スチルと同じポーズができあがった。
「無礼者が」
低いけど艶やかな声を意識して出せば『悪役令嬢カレン・ミラード』の完成である。
「せ、聖女様…?」
足元から明らかに狼狽えた声が聞こえて来る。
滝のように汗を流した神官さん。
彼は玉座と私に視線を行ったり来たりさせながらアワアワしている。
それを無視して正面に向き直った。
「こちらの国は、人を突然拉致しておきながら謝罪のひとつもなさらないのね」
ばーかばーか、という思いを存分に視線にこめてやる。ほんととりあえず謝れよ。
ギョッとしてる玉座周辺。
偉い人たちなんだろうけど知ったことではない。
こちとらシン様扮するグラン様とのお茶会に行かねばならないのだ。
相手のタイミングに合わせている場合ではない。
主導権をくれてやる訳にはいかないのだ!
パチン、と音を響かせて扇子を閉じる。
「私は説明を、と言ったのよ。それなのにずいぶん歩かせてくれるではないの。やっと着いたと思ったら謁見ですって?突然見知らぬ所に連れてこられた私に、跪けとでも仰るのかしら?」
言外に思いっきり皮肉を込める。
聖女様だなんだと言いながら、出向く訳でも自ら名乗りどころか挨拶もしないふんぞりかえるおっさんに、いいからそこから下りろ、と視線をわざと目の前に下げてやる。
あと私に椅子をくれさい。
「せ、聖女様、こちらは我がイーベン王国国王であらせられる…」
「王様だろうとなんだろうと、礼儀は必要なのではなくて?それとも、貴方がたの国では助力を求める相手に挨拶もできない方が王だと仰るの?」
滝汗神官さんがフォローしようとするがバッサリさせていただく。
この失礼なおっさんとシン様となんて、秤に掛けるまでもない。
「せっかくのご招待ですが、私、お力になりたいとは思えませんわね」
カレン・ミラード渾身の笑顔を浮かべ、ドレスを摘むとちょっとだけ膝を曲げる。
ううっ、ピンヒールしんどい。
しかし、練習しまくったカーテシーを披露するつもりはない。
恩も敬意もない相手に下げる頭など、悪役令嬢にはない!
断じて膝がつらいからではないからな!
では失礼、と再びキャリーバッグに手を伸ばす。
「お、お待ちください!!」
ようやく慌てだした段上。
滑り降りて来たのは王様の横にいた、推定王子様。
「父が、いやイーベン王国が大変ご無礼を致しました事、心より謝罪致します。また、聖女様には何のご説明もなくこちらへお呼び立てする様な真似をしてしまい申し訳ございませんでした。重ねてお詫び申し上げます!」
「殿下っ!」
おっと、キラキラ衣装に跪かれてしまった。
頭を下げているので顔は見えないが、金髪の頭頂部が目の前にある。
後ろから、さっきの失礼な視線のおっさんが叫んでいるが、彼は構う事なく頭を下げたままだ。
さらに、私の周りにいたここまで一緒に来ていた神官さん騎士さんたちも改めて私に向き直り、膝を突き頭を下げている。
うーん。
アニメでは「平伏せよ!」とかって気持ち良さそうに見えたけど、実際やられるとそうでもない。
人の頭頂部しか見えないのって、逆に圧がすごい。
しかも相手は殿下である。
王子様である。
いつまでもその姿勢を取らせていれば、周囲はこちらへ悪感情を持つだろう。
「どうぞみなさま、顔をお上げくださいな」
私は溜息を吐く代わりに、笑顔から無表情の仮面を被る。
スンってやつだ。
「お気持ちはわかりましたわ。ですが、その謝罪を受ける訳には参りません。私へ無礼な態度を取ったのは貴方がたではありませんから」
ジッと玉座とお隣を見つめる。
「何も一国の王に、頭を下げて懇願しろと言っているわけではございませんのよ?ただ、こんにちはも初めましても、まして突然呼び出してごめんなさいも言えない人とお話しなんてしたくはないの」
と言うわけで帰らせてくれ。
不満アリアリのおっさん達よりシン様に会わせてくれ。
「こ、こちらはイーベン王国の国王陛下であるぞ!それを謝罪せよなど、いかに聖女と言えど許されるとお思いかっ!」
勘違いしたおっさん2号がキレている。
唾飛んできそう。うーん、ばっちぃ。
「国王?だからどうだと仰るの?私、ついさっきこちらに、唐突に、勝手に、呼び出されたのよ?カケラもお世話になった記憶がないのだけれど。一体いつ私の王様になられたと?」
扇子をパタパタしながらおっさん2号を仰いでやる。
でないとなんか飛んできそうだから。
あと顔が真っ赤で暑そうだしね。
「税を納めた事も社会保障を受けた覚えもございません。来たくて来た訳ではないのに礼を尽くせなどと言う方にお世話になるつもりもございません。どうぞ次の方をお呼びくださいませ?」
「言わせておけば、生意気なっ!」
時代劇並みに使い古された反論だが、言い返せるだけのネタがない事はよくわかった。
―それにしても、悪役令嬢言葉が楽しすぎる!
錚々たるメンツのおっさん達に囲まれても余裕の表情で立っていられる!
さすが悪役令嬢、さすがドレス!
「生意気な小娘に用はないでしょう?さぁ、さっさと帰りますわよ」
あ、アナタやっぱりコレ持ってくださる?と隣のワンコ騎士にキャリーの取っ手を渡す。
ごめんよ、重いんだわソレ。
「お待ちくだされ!!」
アバヨ、とばかりにチラと手を振って扉に向かうと、サッと目の前を塞がれた。
はい、出ましたおっさん3号。
私の隣にいる神官さんよりも偉そうな飾りのいっぱいついた、フサ髭禿げ頭。
さしずめ神官長辺りか。
「聖女様におかれましては此度の件、誠に申し訳なく…。しかし、ご帰還されるにしても貴女様のお名前を伺わない事には儀式の陣が発動いたしません。どうか、我らにその御尊名をお聞かせ下され」
ご丁寧にキラめく頭を下げてくるが、うーん、慇懃無礼とはこのことか。
頭を下げているが、尊ばれている気はカケラもしない。
「神官長様!それはっ!」
「黙りなさい!それで聖女様、お名前を・・・」
私に付き添ってくれていた神官さんたちが顔色を変えて叫んでいる。チラと見れば顔色も良くないしプルプルしている。
私の荷物を律儀に抱え上げてくれているワンコ騎士くんも真っ青だ。
「お名前をお教えいただかないと帰還の儀式は発動致しませんぞ?」
ニヤニヤするおっさん3号はぜひその顔を鏡で見たらいいと思う。
とてつもなく悪人顔だ。
「・・・今すぐ、ここで帰してもらえるのかしら?」
「ええ、もちろんです。聖女様のお力に縋りたいのは山々ですが、こちらとしても無理やりは望みません。帰還をお望みであればお名前さえうかがえればすぐにでも」
そう言って左手の分厚い本を掲げる。
なにやらおっさん3号の必要アイテムのようだ。
「聖女様・・・」
背後からは心配そうな小声が聞こえてくるが、おっさん3号がギッとにらみを利かせている。
ふむふむ。
何となくおっさん3号の思惑が読めた私は、スッと神官さんへの視線を遮るように一歩前に出る。
「カレンよ。私の名前はカレン・ミラード。さあ、早く私を元の場所に帰してちょうだい」
あぁ…と溜息が背後から聞こえたが今は気にしない。
腕を組んで仁王立ちする私に、神官長はニヤリと笑うと持っていた本に手をかざす。
もにょもにょと何事か呟いているが、詠唱ってやつだろうと黙って見守ってあげた。
するとじわぁと本から光が滲み出てきて、一気に私はそれに包まれる。
マジか。
魔法かよ!!
そんな場合じゃないのにちょっとワクワクしてしまったのは許してほしい。
キラキラと周りを漂う光に、ほえぇ~となってしまう。
光の粒と一緒にチラチラと見える鎖のような模様が美しい。
がしかし。
ほどなくして消えた。
その間およそ20秒。
効果短くないか?神官長のクセに!
「バ、バカな!?」
うろたえる神官長に、やっぱりなぁと思わず溜息が出た。
「せ、せ、聖女様!お、お名前は間違いなくご本名で!?」
媚びへつらう様に顔をヒクつかせるおっさん3号に呆れてしまう。
「あなた、バカなの?」
「・・・は?」
おっさんを放置して私は騎士くんが持っているキャリーのファスナーを少しだけ開けて中身を漁る。
たしかギリギリまで使っていたから、と思うとすぐに見つかったそれを手に、改めて神官長に向き直った。
「私が召喚されたとき、周りには大勢の神官さんたちが居たわ。そうね、15人くらいかしら?でもあなたはその中には居なかった。ここでふんぞり返っていたんでしょう?」
コツコツとヒールを鳴らしながら神官長に近付いていく。
その間、右手でパコンと蓋を外してシャカシャカ。
「15人の神官さんが頑張ってようやく成功した召喚の儀式。なのにあなたは帰還の儀式を、たった一人でこの場でやろうとした。・・・ねぇ、おかしくない?」
コツン、と足音を鳴らして目の前で止まる。
下から、神官長の顔を覗き込む。
無表情で。
「あなた、私を縛ろうとしたわね?」
「・・・ヒッ!!」
後ずさろうとしたおっさんの胸倉をガッと掴む。
逃がすわけないだろう!!
一人分の魔力で即発動できる術。
必要なのは名前。
降り注ぐ鎖の模様。
そして神官さんや騎士くんの態度。
ゲームや漫画、アニメに映画。
現在の地球に魔法はなくとも『魔法の知識』はどこよりもあるのだ!
「名前って、大事よね?・・・コレよりも!!」
軽く勢いをつけて胸倉から手を放し、すかさず彼の前に両手を突き出す。
ブボオゥ!と私たちの間に火炎が噴き出たのを見て周囲は驚愕のまま後ずさった。
「ぎゃあっ!あ、熱い!!なんだこれはっ!やめろ、やめてくれっ!」
よろけた体勢のまま至近距離で私の攻撃を喰らった神官長は、後ずさりながら必死に髭についた火を払っている。
そう。私が持っているのは現代文明の武器「ヘアスプレー」と「ライター」だ。
私のスーパーロングヘアを悪役令嬢縦ロールに仕上げる必需品。
さらに夜のお茶会用キャンドルのために持参したライターを組み合わせた、ありあわせ「火炎放射器」である
(※良い子はマネしてはいけません)
周りの人たちがバタバタとおっさん3号の顔を叩きまくって火は消えたが、ご自慢だったであろう整えられていた髭はボロボロ。
いい気味だ(※良い子はマネしてはいけません、絶対に)
両手に武器を装備したまま、腰に手を当てて今や這い蹲っている神官長を見下ろす。
「この国に来てから誰一人として名を名乗ろうとはしなかったわ。国王の名を紹介もされない。あなたも。私に名乗れと言うくせに、自分の名前は口にしない。・・・ねぇ、それで私が怪しまないと思ったの?」
「詠唱もなしに魔法を…」
「あんな一瞬で発動なさるとは…」
「縛鎖の術も跳ね返されるだなんて…!」
おっさんの周りの神官さんたちが蒼い顔でブツクサ言って震えている。
魔法じゃなくてヘアスプレーだけどね!って思うけど、きっとそんな物ないだろうと暴挙に出たのは功を奏したらしい。
ガタブルしている人たちの前に仁王立ちして今度こそ、はっきりさせてもらう。
「さあっ!今すぐ!私を!帰しなさいっ!!!」
ヒィィィィッ!!と悲鳴とともにイモムシになる神官たち。
どこかの蛇の国の女帝張りなポーズでふんぞり返る。
「「「「お、お許しくださいっ聖女様!!!!!!」」」」
結果、謁見の間に居た全員が土下座状態になってしまった。
いや、なんでやねんっ!
*****
結論から言うと、やはりというか、お約束というか。
私は帰れなかった。
帰還魔法はそもそも存在しないらしい。
最初に謁見の間に通された時国王と宰相の態度から、おそらく『聖女として活躍するのは名誉なことである』と思っていそうだな、と感じていた。
得てしてそういった場合、召喚された聖女が「帰る」と言い出すことは予想外のはずだ。
だって「召喚してやって保護してやって活躍させて名誉まで与える」んだもん。
彼らからすればなんの不満がある?となるのだろう。
それを放り出してまで帰還を望む者がいるなんて想像できない、ならばそもそも『帰還方法』なんて考えたこともないのではないか、と。
そしてその予想は当たっていた。
いや、当ててほしくもないけれど。
シン様とのお茶会が待つ私は本気の帰りたさ半分、その他の思惑半分であの『悪役令嬢劇場』を開幕したのだ。
帰せと言って帰れるなら良し。
帰れないのだとしたら…
「だって自分の立場を守らなければならないでしょう?」
与えられた(もぎ取ったともいう)神殿の私の部屋。
窓際のソファでマカロンを摘まみつつ、手をヒラヒラさせる。
「立場、でございますか?」
私の向かいで不思議そうに首を傾げる彼は、召喚当時私の後ろで顔を蒼くさせながらも神官長に抗議しようとしていた神官さん、エリックさんだ。
王城に部屋を、という国王以下もろもろを蹴とばす勢いで神殿に居を構えた。
お客様用かな?と思われる別棟を譲り受け、ここに入れるのは限られた人間のみ。
警護は神殿に所属する騎士さんたちだ。
今ドアの前に立って本日の担当をしてくれているのは、あの日キャリーケースを預けたワンコ騎士、オーウェンさんである。
「そうよ。もし帰れなかった場合、私はこの国で生きていかなきゃいけない。聖女として呼ばれたからって、心身の安全を保障されたわけじゃないもの」
「そんな。聖女様を蔑ろにすることなどございませんのに…」
悲しげな顔をするエリックさんには申し訳ないが、あの時の私には仕方ない事だったのだ。
「『衣食住は保証する。聖女としての名誉も与える。だから自分たちの手足となって働け』。あとはそうね…この世界での私には身内がいないから、最悪死んでもいいと思ってるんじゃないかしら、とね」
「カレン様!!」
そんなことはない!と必死な二人に向かって首を振る。
「必要なことだったのよ、本当に。私たちの世界では召喚された聖女の扱いって、来ていきなり勇者と旅に出るか、ニセモノ扱いされて見知らぬ土地にポイ捨てされるか、チヤホヤされつつ実は搾取されてるか、くらいしかないんだもの」
まあ、小説やアニメの世界だから「召喚されて世界を浄化して幸せに暮らしました」ではなんのお話にもならないからなんだろうけど。
チラっとエリックさんを見ると狼狽が見えるので、どうやら今の中に思うところがあったようだ。
「だからね、帰れればよし、帰れなかった場合は『絶対に私に手を出してはいけない』ということを知っておいてもらわないといけなかったの」
そのために持ち出したのが火炎放射器で、神官長の髭がその後すっかり無くなってしまったのは致し方あるまい。
尊い犠牲だった。うむ。
神妙な顔(のフリ)をしたまま、エリックさんの手にマカロンを乗せる。
ショッキングピンクのマカロンに、食べていい物か真剣に悩んでいる。
オーウェンさんも微妙な顔をしているが、心配ない。
君へのお土産はエメラルドグリーンだ!
ニヤニヤしながら彼に『コレ、アナタの』と指さしながら蓋を閉じる。
顔が引きつったような気がするが、うん。気のせい。
聖女からの下賜品を無下にもできず、思い切って食べたらしいエリックさんが「あ、おいし・・・」と呟いたのにぎゅん!と顔を向けた。
マジか!?て思うよね。
マカロンってなんでこんな色してるんだろうね。
ニヤニヤを隠すように、私も手元の蛍光ペンみたいな黄色のマカロンを齧る。
本当はシン様に食べてもらいたかったのだが、二人の反応が面白いからこれはこれでアリだったと思おう。
「そういえばエリック。王城に呼ばれたって聞いたのだけど?」
「ごふっ!・・・申し訳ありません、お茶菓子に目が行き、失念しておりました!」
さらに噎せそうなエリックさんに先にお茶を勧める。
わかるぅ~マカロンって噎せるよね~。
彼が来たとき、ちょうどマカロンを取り出していたんだけどあまりの色に『すわ、毒物か!?』とちょっとした騒ぎになってしまった。
そんなドタバタがあったもんだから仕方ないだろう。
お気になさらず~と手をヒラリとさせて先を促す。
「ゴホン。実は、王家から聖女様への謁見の申し入れでございます」
「え~?あれから4日も経って、今さら何の用?」
嫌すぎて思わず素の話し方になってしまった。
オーウェンさんも眉間にも皺が寄っている。
別棟を占拠した後、出入りが許されているのは私に好意的な人達のみだ。
あの場にはいなかったが、身の回りのお世話をしてくれている女性の神官さん達も、エリックさん達から話を聞いて立候補した中から選抜してくれている。
王城や神官長からやいのやいの言われても一切寄せ付けない、鉄壁の布陣だったのだが。
4日もよく守ってくれたものだ。
「誰が来るの?」
「王太子殿下とフランソン公爵令嬢ガブリエラ様だそうです」
「コウシャクレイジョウ?」
「はい、王太子殿下の・・・婚約者というかなんと言いますか・・・」
ちなみに王太子殿下とは、謁見の間で壇上から滑り降りてきたキラキラ王子様、ではない。
あの場にいたらしいがご縁がなかったので、全く覚えていない。
それに公爵令嬢なんて、あの場にはいなかったはず。
写真でも撮っておけばよかったかな。
「カレン様、まさかお会いになるので!?」
「…そうね。さすがに、あなた達を人質に取られては、ね」
オーウェンさんの言葉に肩をすくめると二人とも驚いていた。
昨日までは別棟の門に使者を寄越していたけど、みなさんでご遠慮してもらっていた。
それが今日はエリックさんを王城に呼びつけた。
彼が、私から信用されている人間だと知っていて。
彼に言えば確実に私に伝わるだろうということを知っていて。
『呼びつけた』のだ。
つまり、あちらの態度が一段悪化した、と見ていいはず。
これ以上はここで働いてくれている人たちの安否に関わる。
会いたいとだけ言っている間に、一度ガス抜きしておいた方が良さそうだ。
そう説明するとエリックさんもオーウェンさんも「聖女様っ」と何やら感極まった様になってしまった。
壁際に控えていた、身の回りの世話をしてくれている女性神官さんなんて涙ぐんでいる。
おいおい、照れるじゃないか、ではない。
こんなことで感動する、ということは、この国のエライ人達の程度が知れるというものである。
パワハラで済めばいいが、犠牲になるのは精神安定どころか生命そのものだろう。
異世界あるあるとは言え、命や人権の軽さに溜息が出る。
それにしても公爵令嬢か。
なんともテンプレのにおいがする。
私は部屋の奥、祭壇のような一角を見つめた。
ヘアスプレー、、ライター、扇子、そしてドレス。
それらが神具の様に祀られている。
あまりの仰々しさに、ふふっと笑いが零れてしまう。
「おもてなし、しなくてはね」
―ああ、今のは『悪役令嬢』ぽかったのではないだろうか。
なんせ絶対に目は笑っていないのだ。
私の考える『カレン・ミラード公爵令嬢』は非情な人間ではない。
自分に味方してくれる彼らに多少なりとも恩義は感じている。
だが、私をこの世界に召還するよう仕向けた奴らに対してはどうか。
私の考える『悪役令嬢カレン・ミラード』は非道ではない、とは言い切れない。
悪役と言われるからにはそれなりの理由があるのだ。
優しいだけでは守れない物があることを知っているからこそ。
―ああ、ゲームの中のカレンならどうするだろうか。
キャリーケースの中は誰にも見せていない。
まだ切り札となるものがあるだろうか。
頭の中でシミュレーションしていたつもりだが、顔に出ていたのかもしれない。
さっきまで感激していた3人が、今や私に向かって真剣な顔で最敬礼している。
そう。ならば、期待に応えなくては。
明日来るのはどんな人達だろう。
テンプレ通りなのか。
そうではないのか。
それによって私、『カレン・ミラード』の話はどう進むのか。
プロローグ延長?
新章突入?
なんにせよ、魔法が存在する世界で生きていかなければならなくなったのだ。
「まったく、楽しみだわね」
―悪役令嬢ごっこ、ね!
マカロンは添えるだけ