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王室御用達の魔女  作者: 葛生雪人
第一章 王室御用達
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四、どこの誰だか知らないあの子

【改稿版です】2024年8月11日更新

【訂正】2024年12月17日訂正しました(※詳細は同日付の活動報告へ)

活動報告リンク

https://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/1140365/blogkey/3378547/

 もうなんと返していいかわからなくて、リッドはとりあえず「へえ」という声だけを絞り出した。

 つまりこういうことだ。

 王室御用達の更新も問題ないと思われる良く効く薬は、どこの誰とも知らぬ者が作っているのだという。

 少し考えてから、リッドは「いやいやいや」と否定の言葉を繰り返した。

「だって、薬、置いてるでしょ」

 指を差す。

「納品の時とか、顔合わせるでしょ? 売り上げだって渡すだろうし、どこの誰だか知らないとかないでしょ」

「それがまったく。顔を見たのも最初の一、二度だけなんだ」

 とても美しい少女だったよと、店主は思い出しながら経緯を語った。

 少女は突然店にやってきて薬を試して欲しいと言ったらしい。

 傷薬や滋養強壮、痛み止めや胃腸薬まで。

 何でも作れると言っていくつかを置いていった。

「私だって馬鹿じゃないから『はい、そうですか』と安易に試したわけじゃない。毒かもしれないし、第一気味が悪いだろ」

 それでとりあえず店の裏に放っておいたのだが、あろうことか店で飼っていた老犬が薬の一つを舐めてしまったのだという。

 その犬は年老いた犬でだいぶ食が細くなっていた。餌をやっても残すことが多くなったし、口を付けないなんてことも増えてきた。名前を呼んでも聞こえていないときがあったから、そろそろお迎えが来るのかもしれないねと家族みんなで覚悟していた。

 それが、薬を舐めてから途端に元気になったのだ。

 起きている時間が長くなり、食べる量もぐんと増えた。

 それで半信半疑ではあったけど、餌とともに少女が置いていった薬を与えてみることにした。

「いやあ、驚いたよ。すっかり元気になってさあ。それがこいつだよ」

 そう言うと、カウンターの裏、店主の足もとでおとなしくしていた毛艶の良い大型犬がワンと一声啼き声を響かせた。

 飼い犬が元気になったのを見計らったかのように、少女がふたたび店を訪れた。

「どうでしたか」

 と自信たっぷりに尋ねる少女。

 店主は事情を説明し、

「まずはこいつが舐めたのと同じものをいくつか店に置かせてもらおう」

 棚の一部を貸し出すことに決めた。

 薬はあっという間に評判になった。

 客からの問い合わせが増え、こんな薬が欲しいという要望も寄せられるようになった。

 取り扱う薬の種類はどんどん増えていき――

「今や店の棚の三分の二はあの子の薬さ」

 誇らしげに小瓶や蓋付きの小さな薬壺に目をやった。

「それなのに、それ以来会ってないって本当?」

 そんな話、信じられるわけがない。

 しかし店主は「そう言われても」と難しい顔で腕組みをした。

「薬はいつも夜のうちに倉庫に届けられていて、その分の代金は倉庫に隠しておくようにと指示があったんだ。客からの要望なんかも入れておくと一緒に回収されて、次のときにはしっかり薬が届けられるって仕組みさ。たまに代金の代わりに向こうの必要な物を揃えて欲しいなんて書き置きはあるがなあ、やりとりはそんなものだ。あれ以来、まったく姿を見ていないんだよ」

 そういう契約なのだと店主は言った。

 だから少女がどこの誰か知らないんだと打ち明けて、これじゃあ称号は取り上げられてしまうのだろうかと焦り出す。

「審査があるというから、本人でなければダメだろうね」

 リッドはふうっと息を吐いた。

 ため息のつもりはなかったが、この辺で一度しっかりと息を吐いておきたかったのだ。

「倉庫で待ち伏せするしかないんじゃないかな」

 思いついた可能性に、店主は難色を示す。

「あの子との約束を破ることになる」

「そんなことを言っていたら、王室御用達は取り上げられるよ」

「それも困る! だけどあの子の薬を扱えなくなるのはもっと困るんだ! たくさんの客があの子の薬を待っているんだ」

 どうしたらいいんだと店主は頭を抱えてしまった。しかしすぐに何かに気がついて晴れやかな表情を見せた。

「そうだ! 私は約束を破ることができないから、代わりに君が待ち伏せすればいい!」

 店主は名案だと笑った。

「ありがとう。これで称号の更新もできそうだ!」

 ありがとう、ありがとうと繰り返してリッドの手を無理矢理掴んだ。

 しっかり握手を交わすが、もちろんリッドは腑に落ちない。

「いや、僕は……」

 分厚い名簿が視界に入っても、店主の手を振り払うことはできなかった。

「本当に……僕が?」

 言ってみても、店主の耳には届かないようで、リッドは仕方なく店主の手を握り返した。



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