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王室御用達の魔女  作者: 葛生雪人
第三章 彼女の気持ち
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二十一、故郷を思う

【改稿版です】2024年8月16日更新

 優しい睡魔に襲われている。

 そんなときに何かを話そうと思えば、ついいらない何かまで掘り起こしてしまうというものだ。

 語る必要などないのに、リッドはどこから始めればいいだろうなどと自分の中にある欠片に手をのばす。霞の海をふわふわともがいているような感覚の中、一つめに手に触れた欠片は故郷に関するものだった。

「僕らは西の大陸の出身で――と言えば、たいていの人は境遇を理解してくれた」

 霞に飲まれてしまわぬよう、最後の抵抗とばかりに背もたれの誘惑だけは撥ね除けた。

「遠くの国のことだから詳しくは知らないけど、国同士の争いが激化して情勢が安定していないんだろ?」

 テーブルの下、サージュが足を組み替えた。

「国同士、ね」

 ラパスが嫌な笑い方をした。そんな風に伝わっているのかと、木の実を口に放り込みガリッと噛む。

「概ねサージュの認識で間違っていないよ。ただまあ僕らの国はちょっと違って、内部のごたごたというか」

「そういうことで混乱しているうちに、横から出てきたやつにかすめ取られたんだ」

「ラパス、それは説明としては少し乱暴すぎやしないか」

「そうか? でも実際そうだろ? 馬鹿げた跡目争いのせいで国を失ったっていうんだから滑稽な話さ」

「国はなくなってはいないだろ」

「よそ者と腑抜けの王子が継いだ国が俺たちの国だと?」

 笑わせるなと、また一本空にする。

 どうも故郷の話となるとラパスは荒れる。

「当たり前だ。最後の希望だったお前はさっさと国を出てしまって国の奪還は叶わなくなった。俺たちは散り散りになるしかなかったんだ」

「僕にはそのつもりがなかったからね」

 リッドはあくびを必死に堪えて言った。

 二人のやりとりを聞いていたサージュが怪訝な顔をする。

「ちょっと待ちな。話がまったく見えてこないよ。最後の希望っていうのはどういうことだい。リッド、あんたそんなに凄いやつだったのか?」

 そんな風には見えないと言わんばかりの視線がリッドに突き刺さる。

「彼が勝手に言っているだけさ。なにせラパスは昔から僕のことを過大評価する癖があるからね」

「何を言う。間違いなく正当な評価だ。俺はお前たち兄弟の中ではお前が一番優秀だったと思っている。お前こそが国を継ぐべきだったんだ」

 ラパスが嗤った。

「国を継ぐとかって、それじゃああんた一国の王子――」

「酔っ払いの発言を真に受けちゃいけないよ」

「俺は酔ってなんかいないぞ」

 口ではそう言っても空のグラスに肘を当てたことにも気づかないようでは説得力に欠ける。ラパスのことだから本当に酔ってはいなくて熱くなりすぎたせいなのだろうが、酔っていることにしておいた方が都合が良さそうだ。

 いつか必ず取り戻してみせるさ、とぼやいた彼から視線をはずした。手にしたカップの中、煎じ薬の表面はおだやかだった。今自分の心の内もこれほどにおだやかだろうかと疑ると、たちまちのうちに液体は揺らめく。リッドはふうっと息を吐いてカップの中の揺らぎを誤魔化した。

 ラパスの言うことには、一つだけ頷ける箇所があった。

 あれはもう『俺たちの国』ではないということだ。彼が言うものと同じ感情を含むものではなかったが、リッドもやはり、生まれ育った国はすっかり変わってしまったのだと感じていた。

「なあ、ラパス。僕はもう、すっかり変わってしまったあの国を――これからもっともっと変わっていくだろうあの国を懐かしんだり、あの国でなければと執着したりはできないんだ」

 君たちのように切望したり胸を焦がしたりはできないんだと、リッドは言った。言葉にしてみると、それはただ言うのではなくてまるで懺悔でもしたかのような心持ちになる。

「それは……何度も聞いたよ」

 それがどうしたと、ラパスは酒を注いだ。もうその辺にしときなよとサージュが酒瓶を取り上げる。残りの酒はサージュのグラスへと余すことなく注がれた。

 リッドはその様子を眺めながら落ち着いた声で言った。

「でも、そういう気持ちをいつか理解できればとは思っていた。だから彼女に興味を持ったんだと思う」

 リッドの言葉にラパスの右の眉がぴくりとつり上がる。

「調合屋がどう関係する」

 ラパスは真っ直ぐに視線をぶつけてきた。

「彼女は……」

 ユイルの事情をここで打ち明けることができれば説明は簡単なのだが、そういうわけにはいかない。

 まわりの視線がさっきよりも集まっているのを感じて、リッドは囁くように続きを告げた。

「彼女は……ユイルは僕らと一緒なんだ。詳しいことは僕の口からは言えないんだけれど、彼女は幼いころにこの国から『日常』を取り上げられた。街から追いやられ家族や仲間も失って、親しくしていた人たちとも会えなくなった。彼女が日々目にしていた風景はどこにもなくなってしまったんだ」

「へえ、そんなことが」

 と思わず声を漏らしたのはサージュだ。哀れみではなく、嫌悪を表わしたような顔を見せる。一方でラパスは不服そうに「まあ、大きく分類すればたしかに『一緒』だな」などとこぼした。

「それでもユイルはこの国に残ることを選んだ。たった一人で、身を潜めて生きなければならないという事情を抱えてもだ」

「その理由を知りたい、と?」

 棘のある言いぶりだった。

「まあ、そういうことだね」

「俺たちではなく彼女の理由に興味があると言うのか」

「そういうことじゃない。手伝っていくうちに、何となくということだよ」

「ふうん……」

 ラパスはグラスに手をかける。空であったことを忘れていたようだ。当てがはずれたばつの悪さもあって彼の不機嫌はより濃くなった。

「それを知れば、どうにかなるのか」

 ふてくされた顔でラパスが言った。

 リッドはラパスの視線をしっかり受け止めて返した。

「さあ、どうだろうね」

 はぐらかしたつもりはない。

 実際にリッドにはわからなかったのだ。

 ぼんやりと頭に浮かんだ景色を見ても、はっきりはしなかったのだ。

 ユイルの理由を知った上で故郷へと戻る日が来たとして。生まれ育った街の、しかしまったく変わってしまった街の風景の中に入り込んだとき、自分は何を感じるだろうか。

 心をよぎった感情には、幾ばくかの希望が混じっている気がした。しかし結局何も変らないのではないかという諦めのような予感もあったのだ。

 だからリッドは「さあ、どうだろうね」と言いながら見えた景色に蓋をした。気づかないフリをして、わざとらしく大きなあくびをしてみせた。

「ごめん。そろそろ限界だ。サージュの煎じ薬が効いたみたいで、もう眠くて眠くて仕方がないんだ」

 リッドはもうひとつ、いっそう大きくあくびした

「なんだ、そんなものを飲んでいたのか」

 ラパスはサージュに視線を投げた。

 サージュは何も言わずに口の端を上げる。

「まあ、つまり僕とユイルの間にはラパスが期待するようなことは何もないよ。成り行きで助けることになったけど…………ふわぁ……これが終わったら、僕はまた…………旅に」

 いよいよ睡魔が本気を出してきた。

 リッドは落ちかけては踏みとどまりを繰り返し、閉じようとする瞼を必死にこじ開ける。瞼というものはこんなに重いものだったろうかと感じながら、「あれ? どうして僕は抵抗しているんだっけ?」などと、もう正常に考えられなくなっていた。

「ごめん」

 リッドはそう言い残してテーブルに突っ伏した。鼻先に酒の肴の木の実がこうばしく香った。


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