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王室御用達の魔女  作者: 葛生雪人
第三章 彼女の気持ち
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二十、煎じ薬

【改稿版です】2024年8月16日更新

 ユイルとは街の外れで別れた。

 家までとはいかなくともせめて森の近くまでは送るつもりでいたのに「ここでいいわ」と笑顔を向けられた。

 笑顔を向けられたというのに、リッドは

「大丈夫?」

 と確かめていた。

「もう、何よ。どうしてそんなこと聞くの。大丈夫じゃないように見える?」

 いたずらっぽい声色で言う。

「いや、そういうわけではないけれど」

 自分でもどうしてそんなことを言ったのかわからなかった。ただ、そこで別れるのが名残惜しかったのかもしれない。

 そのときにはそこまで考えが至らなかったが、宿の目の前まで来たところで「そうかもしれない」と気がついた。

 なぜそんな風に思ったのか。

「疲れているんだな、きっと」

 リッドは今日一日のせいにした。

 ぐっすり寝て起きれば、また明日が来る。それで解決するだろうと軽く考えていた。

 しかしそういうときに限って、彼はやって来る。

「遅かったなあ、待ちわびたぞ」

 宿に入ってすぐ目に飛び込んだのは、サージュと膝を交えて語らうラパスの姿だ。他の客から集める視線には嫉妬や好奇がこれでもかと込められているというのに構う様子はなく、さらに注目を集めるとわかっていながら大きな声でリッドを呼び止める。

 気づかないフリをするわけにもいかず、リッドは「やあ」とだけ返した。

「何をしているかとは聞かないのか?」

 テーブルの上にはかなりの数の空き瓶が転がっている。どれも上等な酒だ。その本数の割にはラパスもサージュも素面に近い。酩酊という言葉とは無縁の二人だ。

 いい酒を飲み、憧れの的を独り占めしているとなると、血気盛んな常連たちに難癖をつけられてもおかしくない。

 だというのに、誰も彼もおとなしく席に着いているというのはどういうことか。

「ちょっとおすそ分けしただけさ」

 言ってラパスはテーブルの上に置いてあった革袋をじゃらっと鳴らした。

「そういうのは嫌いそうなのに」

 リッドはサージュの顔色をうかがう。

「人としては好きじゃないが、店に金を落としてくれるって言うなら大歓迎さ」

「だからお酌までしているの?」

 言うなり、いつもの凶器が飛んできた。

「どこから出したの。テーブルの上になかったよね? 木の実をつまむのにナイフなんて使わないよね」

 いつもより顔に近いところを飛んでいったナイフに、つい早口になってしまう。

「それは俺も興味があるな。隠せそうな所といえば……」

 ラパスの視線がサージュの体を探った。気のせいか、周囲の男たちの視線はすでに一箇所に特定しているようだ。

「ラパス、その辺にしておいたほうがいい。もう一本飛びかねない」

「それなら出処がはっきりするぞ」

 ちょうどいいじゃないかと友は笑う。

 サージュは呆れた顔で二人のやりとりを眺めていたが、他の従業員に酒の追加を頼んだついで、隣の席から椅子をひとつ引き寄せた。リッドに座れと言っているのだ。

「ええと、僕は」

 ちらっと二階に目を遣る。

「お友だちがあんたを待っていたんだぜ」

「なかなか帰ってこないから、つい飲み過ぎてしまったじゃないか」

 空いた瓶を指差す。

「君とサージュでこの本数なら、せいぜい聖堂の鐘が鳴ったくらいからだろ。いや、もう少しあとか。……さてはここに来る前に一軒寄ってきたな」

 くんと鼻を聞かせればサージュのものとは違う香袋サシェの香りがラパスの肌に残っている。

「僕に大量の仕事を押しつけておきながら、いいご身分だな」

 リッドはため息をつきつつ、サージュが引っ張ってきた椅子に腰掛けた。半身に座って、長居するつもりがないことを示す。

 まあ飲めよとラパスが自分のグラスをリッドに押しつけた。

 それをサージュが取り上げる。

 あんたはこっちだと、いつの間にか用意してあった温かい飲み物を手渡す。

「この匂いは」

「黙って飲みな」

 サージュが叱るような口調で言った。

 はたから見れば「つべこべ言わずに」というような意味合いにとれただろうが、それは違う。

 リッドに出されたのは入眠に効果があるという煎じ薬だ。疲れて帰ってきた夜に何度か出してもらったことがある。ユイルの薬ほどではないがこれがまたよく効くのだ。

 さっさと眠って明日に備えるための飲み物だから、カップの中身にラパスが気づいたならきっと、自分の相手をする気がないのかと機嫌を損ねてしまうだろう。それで「黙って飲みな」となるわけだ。

 ありがとうと視線だけで礼を伝えカップに口をつけた。鼻先に残っていた匂い袋のあまい香りとは正反対の、鼻に抜けるような、しかしそれでいて刺激的ではない爽やかな香りが広がる。一日の疲れも相まって、そうかからずに気持ちいい眠気がやってきそうだ。

 その前に片付けてしまわなければならない厄介ごとがある。

「それで、僕に何の用だい」

「冷やかしにきたのさ」

「それはまた、酷いことをさらっと言うものだ」

「俺とお前の仲だろ。今さら気にすることか」

 ラパスは笑う。

 しかし続きを話すには多少の酔いが必要だったのか、彼にしては珍しく呷るようにしてグラスの酒を飲み干した。

「かなりの美人だったって話を聞いたぞ」

 ユイルのことを聞きつけてやってきたようだった。

「水くさいな。早く教えてくれれば良かったんだ。お前がそんな面倒な案件に親身に対応するなんておかしいと思っていたんだ。そうか。そういうことだったか」

 言いながら酒を注ぐ。

 グラスの縁ぎりぎりまで注がれた深い赤の果実酒は、原料の果実の色よりさらに鮮やかで、うまそうというよりは毒々しい印象だった。

 それを一滴たりともこぼすことなく、器用に口もとへ運ぶ。

「何のことを言っているんだい」

 リッドも煎じ薬に口をつけて、のぞき込むようにラパスの様子をうかがった。

 ユイルのことを言っているのはわかるが、どうにも話がおかしい。

「そういうことなんだろ?」

 とラパスが言う。

「だからどういうことだと思っているんだ」

 リッドが言うとラパスはにやりといやらしく笑った。

「ついに一つ所に落ち着く決心がついたんだろ?」

「君は何を――」

「あんたがあの子に入れ込んでるって言いたいのさ」

 見かねたサージュがふうっと息を吐いた。

「僕が、ユイルに?」

 自然と眉間に皺が寄る。

「人生の伴侶に相応しいと思える女性に出会えたんだろ? 隠すようなことじゃないじゃないか」

「ユイルとはそういうんじゃないよ」

 ため息交じりに答えると今度はラパスの方が顔をしかめた。

「嘘を言うな。それじゃあどうして必要以上に手助けなんてしてる?」

「それは、半分は君のせいじゃないか」

 面倒な案件ばかりを押しつけやがってとぶつけてやったが、酒が入っていることをいいことに何のことだととぼける。

「半分はそうだったとするなら、それじゃあもう半分はなんだ」

 悪びれもせずラパスが言う。

「もう半分は……」

 リッドは口ごもった。

 ユイルの正体を明かさずにそれを正確に説明するのは難しい。しかしこの数日を振り返りいくつかの欠片を拾ってみれば、理由にたどり着くのは不可能なことではない。

「興味があったんだ」

 拾い集めた欠片でまず出来上がった言葉を、リッドはそのまま発した。

 ほら見ろと、友は得意げな顔をする。

「そういうことじゃない。……今思うと、彼女の考えに興味があったんだろうな」

 リッドは自分で言っておきながら「そういうことか」と呟いた。

 ユイルをどうして手伝っているのか。

 その本当の理由に気がついていいものだろうかと迷いはしたが、酒場に漂う高揚感と煎じ薬の香が連れてきた気怠さの中にあっては、リッドはもう抵抗する気にはなれなかった。


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