一、しがない調査員
【改稿版です】2024年8月10日更新
ファブール王国王都シャルムの城下に広がる街並は、古さを感じさせながらも、美しく活気のあるものだった。
二頭立ての馬車が噴水を挟んですれ違う。そうしてもなお人の往来は滞ることなく、大通りを上るもの下るものがせわしなく行き交っていた。
普段なら引け目に感じていた体つきの小ささも、こういう場所では都合がいい。人の流れをひょいひょいと避けながら、リッドは建ち並ぶ家々を見上げた。
いち、にい、さんと階を数え感嘆の声を上げる。
大きく蛇行した川の内側、突き出した半島のような狭い土地にできたこの国では、その狭さを挽回するように高さのある建物が隣家との隙間もないくらいに密集して建てられていた。
「通りをもう少し狭くすればいいという話ではないのかな」
圧倒されながらもリッドは首を傾げる。
「そういうものでもないんだよ、旅人さん。この通りの立派さは、王の器の大きさと国民の愛国心を表すものだから。ちまちましていちゃいけないのさ」
通りすがりの男が大きく笑った。
力仕事が似合いそうな太い二の腕をむき出しにした若い男だった。
「たしかに僕はよそ者だけど、でも旅人ではなくて……」
リッドはそう思われても仕方ないかと途中で言葉を止めた。
むさ苦しい外套を羽織り大きな荷物を背に担いだ男が、物珍しそうに辺りを見回しているのだ。誰が見てもまずはそう思うだろう。
だがよく見れば単なるよそ者ではないことに気がつくはずだ。
「おや、その紋章はどこかで見たような」
男はリッドの胸元を睨みつけた。
首からぶら下げた徽章に刻まれた紋章に見覚えがあるようだった。
「そりゃあね。街のいたるところにあるからね」
呆れたようにそう言って、リッドは頭上に目を向けた。つられて男も上を見る。
「あ」
ぽかんと開いた口。
すぐに大音量の笑い声を響かせた。
「あれか。王室御用達の紋章か!」
男が指差したところにあったのは店の入り口に吊された鉄製の看板。糸巻きとハサミのシルエットだから、きっと仕立屋だろう。
その看板の端に、徽章によく似たものがくっついていた。この店が王室御用達であることの証だ。
「しかしあんたのは少し色味が違うようだ。旅人だからか? いや、そもそも旅人でも王室御用達の称号を得られるのか? 旅する何屋なんだ」
男は矢継ぎ早に疑問をぶつける。
リッドは取り繕うように笑ってから一つずつ答えを返した。
まずひとつ。
自分は旅人ではないということ。
そしてもうひとつ。
「僕は王室御用達の称号を取り上げるために雇われた、しがない調査員だ」