母の子守歌
京が門をくぐるとそこの気温だけ低く感じた。なんとも微妙な気分だ。顔も性格も知らない母の墓へお参りは行事として毎年しているが何年経ってもこの気持ちだけは晴れなかった。京が生まれてすぐに死んだ知らない母を知るために行くのであれば墓よりも実家の自室やアルバムを見たり、親族に話を聞くのが手っ取り早いのだが、父と親族の関係が険悪な内は京も母の実家を訪れるのがはばかられた。最後の頼みの綱である父も母についての話は避けていた。京には手掛かりをつかむ術も最早なかったのだ。
そんな中でも欠かさなかった18年目の命日、バケツの中で波打つ水を杓ですくい墓石を洗う。冷えた墓石に水をかけると凍ってしまうのではないかと京は思った。京が杓をバケツに戻した瞬間、ふと聞き覚えのある歌声が耳に届いた。
驚いた京は辺りを見回した。
湾内に造られた段田のように傾斜のある墓場。今日の居る位置は中腹の端だったため、すぐに周りの確認が出来た。しかし、それが逆に京の不安を駆り立てた。いくら探せど、周りに人が見当たらないのだ。
しかし、近くから歌声だけは聞こえてくる。落ち着くような途切れ途切れのか細い歌声。しかし、不思議と京の心は落ち着いてきた・・・というよりも、意識が遠のいていった。糸が切れたように今日は墓石に倒れ掛かった。