始まりの途中下車
おそらく今、私は夢をみている。
暗い闇の中でうっすら光るその光だけを頼りに歩き続けている。
いつになったら着くのだろうか。
どこに着くのだろうか。
ガタンッ、体が揺れて目が覚めた。
その後すぐにキーッというとても耳障りな高音の大きな音がした。
眠い目を開けて周りをみると、自分の向かえに木製の椅子があるのがみえた。大人5人くらいが座れるくらいの長さだと思う。
そしてその上には窓がある。窓の外は真っ暗で窓に反射して映る自分の姿。向かえにある木製の椅子とまったくおなじものがこちら側にもあり、それに私は座っているようだ。
どうやらここは電車の中に思えた。
でもどうも見慣れない電車だ。電車の中はすべて木製のようで、壁一面明るい茶色の木でできている。
私はなぜここにいるんだろうか。
いつからここにいるんだろうか。
イタッー、、
思いだそうとしたとたんに頭がズキンと痛くなった。
そしてふと窓に映る自分の姿にもう一度目をやる。
高校の制服を着ている。学校の帰りか。いや、学校に行くところなのかも。
でもどちらにしてもこんな電車には乗ったことがない。
それに私以外は誰もいないようで、物音ひとつしない。
目が覚めた時に聞こえた音と揺れ、そしてこの静けさ。電車は動かず止まっていることにも気づいた。
辺りを見わたすとどうやら一車両しかないようで前方には車掌室、そして後方には大きなドア。ドアに正方形の小さな窓が2つついてるが窓の外はやはりなにも見えず真っ暗だ。
地下鉄なのだろうか。
そして次に目に入ったものを見た時自分の目を疑った。
電車の中のすべの角に火の玉のようなものがういているのだ。さきほどから感じていたオレンジ色の灯りは当然に電気だと思っていたのだが、この灯りはどうやらこの火の玉から放たれている。
ほんとうにここはどこなんだろう。
すると、キーッとドアがゆっくり開く音がした。音が聞こえたほうに目をやると車掌さんらしき人がでてきて、私のほうに近づいてきた。
20代前半くらいの女性で、典型的な車掌さんの制服を着ている。
「はぁ、、人がいた。良かったぁ。」
そして車掌さんが私の目の前まできて私の顔を覗き込むように見てきた。
「途中下車なんて珍しいですね」
そう言うと後方のドアのほうに向かい、ドアを開けてにっこりと微笑んでいる。まるで私にここで降りてくださいと言わんばかりだ。
それに途中下車と言っていたのでやはり私はここで降りないといけないのだろうか。かと言ってこの電車の行先もわからない。
とりあえず外がどんなところなのか確かめようと外に出た。
ドアを開け一歩踏み出すとキーッと木がしなる音がした。
すると先ほどまで外は真っ暗だったのに私が降りた途端、オレンジ色の灯が辺りをやんわりと照らしはじめた。
またあの火の玉だ。
辺りを確認すると、私の足元には木でできた階段が今立っている電車の出口から線路までつながっている。
そしてすぐ右側には電車のホームのようところがあり、火の玉はそのホームの右端と左端に1つずつぽつりと浮いている。
火の玉の間には大人3人掛けくらいの木の椅子がある。
階段で線路まで降りずに、このまま電車のホーム側に渡れるだろうかとも考えたが、今立っているこの出口からホームまでは2メートル以上は隙間があり、ここから直接ホームに渡るのは不可能のようだ。
仕方なくそのまま階段を降りる。
電車の出口と線路までの距離はそれほどなく、高さでいうと2メートルに満たないほどに思えた。
階段を降り終えて線路に足がついた時、ガタンッとドアが閉まる音がした。そして階段のドアがスルッと電車の中に呑み込まれていき、チンチーンという音を鳴らした後電車が発車して、ゆっくりと暗闇の中に消えて行った。
電車が去った後、周りはもの音ひとつせず静けさだけが残る。なにがどうなっているんだろう。
さきほどからとても現実に起きてるとは思えない光景が続き、これはもしかして夢なのではないだろうかと思えてきた。
そしてふと突然背後に気配を感じた。
なんでだろう、先ほどまではまったく感じなかったのに。
確認するべきだろうか。
大きく深呼吸をした後、後ろを振り返った。
するとそこにはブロンド髪の綺麗な女性が立っていた。
20代半ばくらいだろうか。
身長は私よりも高く、170センチほどあると思う。ヨーロッパの女騎士を連想させるような服装をしていて、透き通る白い肌と息を呑むほど綺麗な顔立ち。
そしてなぜか、その女性は何も言わずにただ私をまっすぐみつめている。
綺麗な青い瞳に吸い込まれそうになる。
ただその顔は少し不安気なように思えた。
「あ、あのー」
勇気をだして話しかける。
すると女性は後ろに誰かいるのかと確認するように振り返る。
そして不思議そうに私の顔をまたみつめる。
「あの、あ、あなたに話かけてます」
もう一度話しかけてみる。
すると女性の目がみるみるうちにに潤んでいき
「え、、、りあい様」
と私の名前呼んで彼女は突然私の手を握った
「へ?」
まったく予想だにしなかった展開に自分でも間抜けだなと思う声がでた。
なにがなんだかわからずただただ混乱してしまう。
「ちょ、ちょっと、すみません、突然どうしたんですか?」
私がそう言ったあとも女性はただまっすぐと私を見つめて涙を流しながら嬉しそうに、でもどこか悲しそうな顔をした。
あの、失礼ですが、あなたは誰ですか?」
私がそう聞くと無言で何も答えない。
「ここはどこなんですか?」
女性は無言のまま困った表情をしているが
私は質問を続けた。
「さっき私の名前を呼びましたよね?私のこと知っているんですか?」
すると女性はさきほどまで握っていた私の手をスッと離して
「はい、存知ております。」
どこかで会ったことがあるのだろうか
でもこんな特徴的な女性、会ったら忘れないと思うのだけれど。
「どこかでお会いしました?」
私がそう尋ねると彼女は改めてまた私の目をまっすぐと見つめた。
「はい、私の名前はエミリプラテルと申します。これは一度しか申し上げられないのですが、私はYesかNoで答えられない質問にはお答えできません」
なるほど。だから先ほどしたいくつかの質問には答えられなかったのか。
「そうですか。」
彼女は服装からして、どこかの国の兵隊の人なのだろうか。
私はもしかしてなにか悪いことに巻き込まれているのだろうか。
「あの…」
彼女のほうから話しかけてきた。
「な、なんでしょうか?」
彼女は何故か少し照れているような素振りで下を向いた。
「私のことはどうかエミリと呼んで下さい」
予想外の発言で私と彼女の間に数秒、不思議な時間が流れた。
そしてその発言の後、彼女は左目の辺りを抑えて下を向いた。
「あの、あ、えっと、エミリ、大丈夫ですか?」
私がそう聞くと、エミリは私を見ながら嬉しそうに優しく微笑んでいるように見えた。
この人は悪い人ではなさそう。本心からそう思った。
「私、とりあえずホームのほうにあがりますね」
エミリの存在に夢中で線路の上で立ち話をしてしまっていたことに気づき、エミリにそう告げる。
私がホームの方へ上がる階段へと向かうとエミリも私の後ろを黙ってついて来た。
YesかNoで答えられる質問をするとなると、ある程度自分で推測してから質問しなければならない。
さぁ、どんな質問をしようかなと考えながらホームの椅子に腰をかけた。
すると突然頭上から、優しい夜明けの月の光のようなものに包まれた感覚になった。