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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

凛とした夜を照らす燐寸の灯籠

作者: CH3COOH

多くの作品の中から見つけていただきありがとうございます。最後まで読んで頂ければ幸いです。

 まだ小さかった俺には、よく考えていたことがあった。


「人ってなんだろう」


 哺乳類とかヒト属とか、そういうことじゃなくて、存在意義とか、なぜ生きているのか、とかそういうことだ。その答えがなぜかどうしても知りたくてはたくさんの人に聞いて回った。よく言われるのはとても無邪気に笑って聞いてきたそうだ。今考えると申し訳ないことをしたなと思う。自分でもすごく面倒くさかったなと考えてしまう。でも俺がそんな子供だったからこそ真面目に考えてくれた人も多かった。


『人は人だ』『それは誰にも分からないよ』『周りの人を幸せにする生き物だよ』



 多くの人からいろいろな答えをもらったがピンとくるものは無かった。答えが見つからずまるでに空気を掴もうとしているようだった。

 でもこの疑問に終止符を打つ人が現れた。大切な思い出なのに今はもうどんな人だったかよく思い出せない。ぼんやりと霧がかかったようにしか思い出せない。しかし言った内容だけは鮮明に記憶している。今もその瞬間を切り取った写真のように蘇る。思い出すたび、心の中が波打ち、希望というリズムを刻む。そうお気に入りの小説の一ページ目を開くように・・・


「人は星だよ。ほら頭の良い君はもう知ってるかな『星』って漢字。『日』を『生』きるって書くだろ。だから日を生きている僕たちは星なんだ」


 その人物は微笑みかけながら言ってくれた。これを聞いたとき俺の心は晴れた。雲ひとつない晴天。自分にとって太陽のような答えだった。その瞬間だけはいつ何時でも忘れることはないだろう。

 この答えは存在意義とは少しずれた答えかもしれない。でもこの答えは『自分』という存在を確立させ、明らかに考え方を変えた。心に欠けていた最後の一ピースを埋めてくれた。

 この言葉に、あるときは助けられ、またあるときは苦しみを産み出し、またあるとき後悔し、またあるときは・・・

 そうしてこの言葉の上に俺がいるのだと思う。苦しいとき、楽しいときいつも言葉が浮かんできた。この時は世界が輝いて見えた。それはずっと続いていくと思っていた。日常は壊れない。人は不滅だ。そう信じていた。


 完璧な絶望に出合い、完膚なきまでに叩き潰されるまでは。あの事件以来俺の人生から輝きは消えた。いや光がとどかないほどに閉じこもってしまった。見上げていた空には分厚い雲がかかっていた。希望という言葉は俺の辞書から消えた。そんな事は何も意味がないんだと気がついた。






「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是・・・」


 ポンポンポンという独特な音と共にお坊さんがお経を唱えてくれている。その音がさらに俺の気持ちを曇らせる。今日は母さんと父さんの命日だ。この日になるとイヤでも思い出していまうあの日のことを。俺が一生、背負っていく絶望の日を。俺の思考はあの日へとさかのぼっていく。嫌なのに止められない、抗えない、否応なしに暗闇へと引き込まれた。


 始まりは小学三年生の夏休み直前、多くの人の記憶にも残っている記録的な豪雨があった日だ。今となっては思い出したくないが俺はこの雨から不穏な空気を感じていたのかもしれない。そんな最悪の日になんの前触れもなく俺の両親は死んだ。それも自殺だった。天井にフックを取り付けた用意周到な首吊り自殺。警察が調査しても、何も分からなかった。ただ両親と過ごした大切な部屋を荒らされただけだった。容赦なく両親の体を傷つけ、思い出をぶち壊した。

 両親は大きなストレスを抱え込んでいたわけでもなく、膨大な借金をしていたわけでもなかった。悩みも少なく、それなりに充実した日々を送っていたはず。なのに自殺した。この唐突すぎる死。さらに理由が見つからない。そのことは両親がいなくなった悲しみを倍増させた。その時見た空は大粒の雨が大きな音を立てて降り注いでいた。


 話を戻すが調査した警察の見解はこうだ。


『部屋は荒れているが他人が介入した痕跡はない』


 状況証拠だけでは他殺にできない。それが警察の答えだった。お悔やみ申し上げます。その一言で許させるとでも思っているのだろうか。機械的な調査、受け答え、『君の気持ちは分かるよ』そう言われたのが悔しかった。警察官の笑顔は明らかに俺を見下していた。そうだ、分かられてたまるか。人間味が感じられないあの連中に。

 憎むべきは警察じゃないそんな事は百も承知だ。それでも怒りの矛先は実体あるものにしか向けられなかった。


 警察を批判するわけじゃないが、俺は自殺のはずがない、そう確信している。その日は母さんと約束をしていた。俺の大好きなハンバーグを作ってくれるって。母は約束は必ず守っていたのだから。あの日からその約束は一番大切なものになった。今では俺と母さんを繋ぐ、唯一の言葉だ。


 どこからか入ってきた風は俺の頬を伝っていった。そこあるはずの水はすっかり乾いていた。


光誠(こうせい)(りん)、お前が両親を殺したんだ』


 風に乗った声で誰かが俺の名前を呼んだ気がした。これが俺の悪夢。明るい未来など俺には待っていない。そう考える根拠だ。


 両親の親族には疫病神だと言われ、近所の人には悪魔の子だと言われた。叩くだけ叩き時間が経てばなんのことやらとシラを切る。俺には味方がいなかった。俺の心はもう砕けているのに。自己満足のために使われ、罵詈雑言を日常のように浴びせられる。それが当たり前だ。


 それでも何とか思いを繋いで、たった一つ願いを叶えるためにここまで生きてきた。絶望の淵の底にたどり着けば、希望があるかもしれないと思って。





 両親が死んだことは過ぎた話には変わりない。ずっと後ろを向いたままなのは後藤さんに申し訳ない。未来を考えて過ごすほうが母さんたちも嬉しいだろう。そう思えるようになるまで俺は回復していた。閉じこもった殻に亀裂がはしり、光が入ってきている。もう一度、星になろうとしていた。閉じていた目をゆっくりと開けて隣に俺と同じように正座している後藤さんに視線をむけた。決別できない暗い記憶は胸の奥へとしまって、引き出さないようにしている。それでも年に一度くらいは思い出してしまう。


 視線の先の人物は後藤(ごとう) 祐徳(まさのり)43歳、刑事だ。この事件を担当していた人らしい。だから責任を感じて、親戚に引き取られなかった俺を助けてくれたのだろうか。俺は踏み込んではいけない気がして聞いたことはない。自分の事はあまり話さない、仕事が命! そんな人だ。

 何であろうと、後藤さんがいてくれるおかげで事故前と何ら変わりのない日々を過ごすことができているのだ。俺の風評被害も収めてくれた。いつもありがとうございます。そう思いながら再び目を閉じ、両親の供養に集中する。


 思い出すのは暗いものばかりではない。楽しい記憶もある。公園で一緒に走ったこと、誕生日会。幼稚園の卒園式、初めて取ったテストの百点。他の人と何ら変わりのない楽しい思い出。それらを心に留めることこそが最大の供養じゃないかな。


 「チーン」


 独特な金属音はお経が終わったのを告げていた。余韻か耳鳴りかわからない音だけを残して時間は止まっているように思えた。盛夏の暑さにやられたのか意味もなく遠くの入道雲を眺めていた。

 シュルシュルと布の擦れる音で供養が終わったことに気がついた。お坊さんはこちらに向き直り挨拶をしている。目があってしまったので軽く会釈を返した。そのまま帰るえるようだったのでお礼だけいって見送った。いつ見ても変わりない背中。そのまま風が木の葉を運びきるまで立ち尽くしていた。入道雲は少し南へ流されていた。


「飯にしよう」


 後藤さんの一言で現実へ引き戻された。一言と言ったものの短文すぎるので前に何かを言っていたのかもしれない。もはや文脈すらなくわからないのだが。


「わかりました、いつもありがとうございます」


 俺は慌てながらもしっかりと返事を返した。これでも俺ができる最大限の敬意を払っている。


「ん、、、」


 とこのように基本、後藤さんはコミュニケーションが苦手なのか家ではほとんど無口だ。仕事中を一度だけ見たことがあるがすごくハキハキとしていた。家でもそうだといいのだがな。


 淡々と食事を並べていく。今日のご飯はコンソメスープに豆腐サラダ、照焼チキンと白米そんな感じか。

 ゴツい体の癖にメッチャ綺麗な料理を出すんだよな。ギャップに惚れるよ。


 『いただきます』


 休日はこうやってよく一緒にご飯を食べている。平日は顔を合わせる事があまり無い。戸籍上の親というだけでもありがたいのにちゃんと面倒、見ていてくれるなんて。まぁ休日だけだけど。


 「燐、明日少し時間取れるか」


 お、何かがあるのだろうか。無口という特性が俺の期待を誘っている。


 「いいですけど、何時くらいですか」


 明日は月曜日なのに久しぶりに楽しみだ。自然と広角が上がっていく。


 「学校が終わったあとぐらいだな。頼んだぞ」


 何となく、楽しい話ではないそう思える空気が冷たく漂っていた。それでも俺は楽しみだった。


 「わかり...ました」


 これ以上の会話はなく、いつもの静寂が戻ってきた。静かさ=寂しさ、そんなことはなく俺には酸素のように必要なものだった。


 時計の音だけが一定のリズムで響いている。その秒針の無限の回転をただ眺めていた。真っ白な頭の中にはポツンと一つの扉があった。


 「おやすみ、燐」


 「あ、はい、おやすみなさい」


 時間旅行は止められてしまった。しっかりと時計を見ると、12時を指していた。とっくにあたりは黒に食べられていた。今日は月の明かりもないようだ。


 俺はリビングから寝室に移動した。そして目を閉じる。・・・寝れない。目をつぶると両親の自殺のことが浮かんでしまう。もう何年もまえだろ。後藤さんの話はこのことなんじゃないかって。ただ後藤さんの話だけが理由じゃない。

 俺は独自にこの事件を調べていた。事件後しばらく凹み、ネットに長時間触れていた。だからいわゆる『ダークウェブ』を漁ることができる。

 ここで俺は見つけてしまった。両親の暗殺依頼があったのだ。そのログには両親の本名そして写真がしっかりと乗っていた。

 

 ここからは勝手な俺の憶測だ。警察は殺人を隠したかったんじゃないか。俺が幼いことを慮り、隠すのが最適だと判断したのだろう。だから、経過観察も含め後藤さんが引き取ったのだと。


 こんな事ばかり考えてる。だから明日の話もやけに気になるのだろう。人のYes,Noなんて分かったもんじゃない。もしかしたら同棲する彼女でも連れてくるかもな。


 「あぁー、疲れた」


 愚痴のようなものをこぼす。少しスッキリとした、大丈夫、今日はもう寝られる。



 俺は美味しそうな匂いにつられて目を覚ました。風を部屋に取り込むと、うすい雲に包まれた太陽が見えた。

 俺は干してある制服に着替えてリビングに向かった。


 いつも通り食卓には朝食と紙切れが置かれていた。


『今日の約束はちゃんと守るように    後藤』


 後藤さんは朝早くに仕事に行っているが、朝食はいつも作ってくれている。最低限の身支度を先に済ませて朝食を取り始める。

 俺がただただ栄養を摂取していたときに『ピンポーン』と場違いな高音がした。


 「燐、学校行くよォォォォォ」


 コイツはッまたッ。苦い顔が思わず出る。朝ぐらいゆっくりさせろよ。そう思いながらも朝食を胃の中に押し込めて、玄関へ向かった。こいつを放置するとドアを破壊しかねない。


 足取り重く外へ出た。


 「おはよう、(りん)


 「おっはよー」


 俺の引きつる笑顔とは対象的に眩しい顔のこいつは京崎(きょうざき) 凛。わかっていると思うが、幼馴染だ。


 「ほらほら、シャキッとしてよぉー。ナヨナヨしてるんだから」


 カバンをゴンゴンとぶつける。単純に痛い。


 「俺はこれが普通だ」


 六歳のときから知り合いで仲良くしている。それに両親間での仲が良かった。でも昔はそこまで中が良いわけではなかった。

 俺も凛も両親がいない。俺は知っての通りだが、凛は、、、


 凛が両親をなくしたのは九年前。

 そもそも凛の母親は凛を産んだときになくなっていて父子家庭の子供だった。事件はそこから起こる。

 凛の父親は、駆け落ちだったため誰も頼れず、仕事と家事そして幼い凛の世話に追われ、多大なストレスを抱えていた。

 そのストレスの解消として凛を使った。毎日のように暴力を振るわれ、自分の性欲の捌け口しても。

 だがある日、酒を大量に飲んできたヤツは、階段から落ちて怖かった父親もあっけなく死亡。もしこれが小説ならクレームの嵐だろう。でもこれが凛の過去だ。

 仲良くなった理由の一つはこれかもしれない。親がいない恐怖、不安、葛藤は親がいない人にしか分からない。むしろ安い同情で変わった気にならないでほしい。


 俺が鬱になったように凛は男性恐怖症を患った。傷の舐め合い。そう言われればそうなのだろう。しかし俺たちはそうしないと立つことさえできないのだから。


 「ーーーい、おーい、今の話聞いてた」


 ・・・聞いてない。回想に耽ってたから聞いてないなんて言ったら朝から死んでしまう。


 「聞いてたよ、うん聞いてた」


 なんとかバレませんように。俺は神に今できる精一杯の祈りを捧げた。


 「じゃあ、クイズです」


 凛はジャージャンとよくある効果音を口で言う。あれ恥ずかしくはないのだろうか。


 「私のテストで点数が悪かったのはなーんだ」


 歯を見せてこちらを見ている。クッソー、分からねぇ。凛は絶妙に頭がいい。決めにくすぎる。


 「じゃあ、数A」


 合っててくれよー。そう願う。

 凛と俺の間に風が通り過ぎる。そしてやっと口を開く。


 「ざんね~ん、ジュース一本おごりで」


 ハーハッハッハーと高笑いする声が俺の脳内で反芻されている。

 拝啓、お母様。どうやら俺には神様がついていないようです。

 俺はコクンと首を折った。





 「ゴロゴロゴロゴロ」


 教室のドアを開けるときはいつもの車輪に何かが詰まっているような感覚がある。

 音が大きいため人が入ってきたのはすぐに分かる。そのため一瞬静寂が訪れる。しかし俺だと分かるとすぐに静寂は帰ってしまう。


 極力、空気になり自分の席に移動する。いてもいなくても同じような存在だ。因みに凛は隣のクラスだ。


 サッと周りを見る。いくつかのグループはこちらを見て笑っている。


 「あいつ、よく学校来られるよな」「一人でかわいそう」「自分は特別だと思ってんのかな」


 蔑み、哀れみ、同情、挑発。珍しいものを見る目で観察されるのはなれた。同情されて他人を満足させるのもなれた。親がいない。それだけで見世物となる。小学生の頃から周りに進歩はない。


 周りには無関心。何も感じちゃいない。感じちゃいけない。


 『キーンコーンカーンコーン』


 チャイムと同時に、俺は俺でいることをやめた。まるで機械のように授業だけに集中する。学校で一番楽に過ごす方法だ。


 『キーンコーンカーンコーン』


 チャイムと同時に、意識を取り戻す。部活や委員会には入っていない。イジメやら慰めやらコミュニケーションを取るのが面倒くさくなった。だから俺は関係を増やしたくない。


 コツコツという音だけが残っている。


 「燐くん」


 やぁといった調子で、肩を掴まれた。登下校は凛と一緒だ。


 「今日は一時間目から寝ちゃたんだぁー、すごいでしょー」


 たまに思うことがある。コイツは馬鹿なのかそれとも天才なのかと。


 「それは自慢になるのか」


 流石にひどいぞ。進学先が心配だわ。


 「そりゃぁ、なるよ!偉業だもん」


 「確かになある意味偉業だわ」


 二人でを笑い合った。好きな芸能人の話、ゲームの話、テストの話。他愛のない会話でさえ俺たちには貴重なものだ。神に見初められた人がいるなら、俺たちは神に見放された人だろう。

 笑い合いながら帰るなか青空が光り輝いていた。そんな時間は普通の時間より早くすぎる。もう俺たちは家の前についていた。


 「それじゃあね、バイバイ」


 「また明日」


 小さくなる背中を見ながら、後藤さんに言われていたようにリビングへ向かった。


 後藤さんのいつもより神妙な顔からこれから話など容易に想像できた。後藤さんの彼女って線はこれでなしかぁ〜。


 「おかえり、燐」


 「ただいま」


 儀式的な会話を済ませ、後藤さんと対面となる席に腰を下ろす。二人の間の空間は歪んでいた。これから俺は食われるんじゃないか。そう思う程、空気が重さを含んでいた。


 「、、、これから燐にとって、とても大事な話をする。聞きたくないこと、知りたくないこともあると思う、、、ができればすべてを聞いてほしい」


 やっぱり事件のことか。空気が抜けていく風船のように俯いていく。


 「なんで、このタイミングなんですか」


 現在高校二年生。高校と同時でも良かったはずだ。18歳、成人してからでも良かったはずだ。今言う理由が分からなかった。

 言葉を選んでいるのか口を何度も開閉させているが、そこからは母音が溢れる程度だった。 


 「捜査に一区切りがついた。そして燐が現実を受け止められる年齢に達していると判断したからだ」


 「、、、分かった」


 事件について知れるのはありがたい。俺も真実を明かされることを望んでいる。

 ここからは淡々と事実が並べていかれた。


 「両親の死は『自殺』ではなかった、嘘をついていて済まなかった」


 『そんなの知ってたよ』


 言いたいのに出ない。理想と現実はかけ離れていた。喉まで憤りが腹の底から逆流していた。


 「この話をするのは捜査に協力してほしいからというのもある」


 多分、犯人の目星がついているのだろう。ここでその情報を手に入れられるならラッキーだ。


 「まず、他殺の可能性が高い理由について、自殺する理由がないこと、首吊り自殺にしてはもがいた形跡がないことだ」


 状況証拠を見ても自殺と断定できる要素が足りない。そういうことか。


 「犯人について、『リン』という名前だと分かっている。この名前の人物を知らないか」


 リン、それは俺と凛を繋ぐ架け橋でもある。同年代の凛が人を殺せる事はできないはずだ。


 「俺の名前以外はピンとこないよ」


 嘘をついたワケじゃない。混乱をさせないようにしただけだから。俺と同級生の凛が殺せるはずない。


 「そうか、ありがとう………それと気をつけろよ他殺なら殺した家族の燐も狙っている可能性は十分にある」


 「分かった、気をつけるよでもまぁ小さいときに殺さなかったんだから大丈夫だと思うけどな」


 殺される。死ぬ。そんな事どうでもいい。今もなんで生きてるか分からない。まぁ、最後は犯人と刺し違えたっていい。俺にとって『死』なんてものはどこ吹く風だった。


 「外部に言わないことを約束してくれ」


 十分な機密情報なんだな。記者にリークしたらどうなることやら。それよりこれで犯人を本格的に洗い出せる。それに独自調査の結果が正しいことが裏付けされた。


 「じゃあ、燐、おやすみ」


 「おやすみなさい」


 すぐさま、自室へ向かった。笑顔でいった言葉とは裏腹に目の奥には赤黒い火種を抱えていた。


 他殺、『リン』という名前。独自調査で把握していたことだ。俺が知る限り、両親の知人に『リン』という名前やニックネーム、由来を持つ人はいない。となると、通り魔的なものか、、、いやわざわざ書き込みするほどだ。ありえない。

 どこかで恨みを買ったのか、、、あの人柄で買うはずもない。

 両親は確かに頭も良くて、美男美女であり高収入というステータスを持ち合わせていた。恨みより妬みが濃厚だな。

 犯人は両親に『強い劣等感』を抱いていた。職場では同レベルが集まっているから無い。そうなると学生時代の知り合いかな。そして、対抗心が強く、自己中心的な人。この条件に当てはまる人現時点で可能性が一番高い人だ。


 俺は両親の人間関係を全て整理し、ターゲットを絞ることにした。これで復讐できる。やっと報われる親の『死』という呪縛から解放される。心の何処かでこのことがとても楽しく思えた。

 その日は楽に寝ることができた。



 ザーっと自然のノイズが響いていた。とても気持ちの良い朝とは言えたものではないが、心だけは晴れやかだった。今日は金曜日だ。

 

 あの話をされてから、犯人の事、復讐の仕方とかそんなことだけを考えていた。


 それでもなんら変わらなぬいつもの日々、朝食を食べ、身支度をして外界へと踏み出す。単純な繰り返しの中でこの悦びを手に入れたことは人生のメリットだろう。


 学校に行くためまたドアを開けた。いつもと同じように足を前に出した。


 「おっはよー」


 脳天気な声は相変わらず聞こえてくる。


 「おはよう」


 犯人は俺も狙っているかもしれないらしいから、警戒はしている。が素人なのでどうにかなる問題じゃない。凛まで危険に晒すことはできない。


 「・・・ぃ、、、ぉ、、、おーい」


 「イタッ」


 頬に痛みが走った。数秒後、凛に叩かれたということを理解した。


 「へ」


 ただでさえ事件のことで一杯一杯なのに凛までおかしくなられるともう何もできない。


 「なんでっ、深刻な顔をしてるのッ。五分もずっと声かけてたんだよッ」


 凛の顔が朝日に照らされながらキラキラとしているのが分かった。泣いてるのか、些細なことで泣くやつじゃないはずだろ。

 五分も過ぎていたのか。考えすぎていたのか。凛には相談してもいいかな。この憤りを理解できるのは凛しかいないはずだ。


 「最近ずぅーと、そんな顔してるよ」


 凛にだけ、凛だけに話そう。絶対わかってくれる。


 「実は───」


 これまでの全容を話した。俺の感情にリンクして怒ったり、泣いたりしてくれた。

 俺たちは上に昇った太陽と涼しい風に囲まれていた。


 「学校サボっちゃったね」


 ふと流れた風にのせて凛はそう言った。『そうだな』と相づちを打ちながら右腕に視線を落とした。父さんの時計は12時を指していた。


 「燐、実は犯人をもう見つけてるんでしょ」


 心の核心を突く凛の言葉に大きく心臓が震えた。論理的に説明する自信はないが心の中でひと目見た時から犯人だと思っている人がいる。


 「感覚だけどね」


 凛は不敵に口角をつり上げた。嫌な予感はする。凛に相談した時点でしていた。


 「一回、会ってみようよ」


 「危険すぎるだろッッッ」


 本能的に言葉が出た。直接会って確かめる。犯人だと判定するにも復讐するにも確実な手だろう。


 「ダメだったらダメでもいいけど」


 俺の眉間のシワをみると空気の拔ける風船のようにしおれていく。後藤さんから護身用にスタンガンを持っている。完璧に安全とはいかないが大丈夫だろう。それに俺の宝物まで使えば、、、


 俺たちは両親の葬式のときに送った手紙の住所を頼りに向かうことにした。

 


 これから終わりが始まってしまった。人生という壊れかけの歯車はついに狂ってしまった。一個狂えば噛み合っていた物も狂う。すべてが狂ってしまうまで連鎖は続く。末端ではなく中心が狂ってしまえば崩壊する。

 

 「早速、明日ね」


 そう言って別れた。凛の天然には驚かされるが、アイツを殺すのは、すでに確定だ。首吊り自殺に見せかけて殺す。両親と同じ目に合わせる。随分前から決めていたことだ。それは帰ることのできない決意だ。


 


 

 俺の長年の決意とは裏腹にその『翌日』はあっさりときた。空も人も街もみんな同じだ。だけど、オレの心はいつにないほど高ぶっている。断罪できるこの日は俺にとって決定的な違いを持つ。


 今日も後藤さんは仕事らしい。昨日、土日に旅行してくるといってあるので追ってくる心配はない。


 朝食を食べ終えると、完璧に用意しておいたかばんを持ち、ゴミの掃除に向かった。


 「はやくっはやくっ」


 「俺の復讐なのに乗り気すぎるだろ」


 凛はバカそうに見えながら人の感情に敏感だ。凛は文字を読むのと同じ感覚で人の心を読む。俺の考えが分かっていないはずがない。


 「燐が嬉しいと私も嬉しいから、ずっと言ってるでしょ。二人で一人だって」


 一人で背負うことのできない悲しみを持つもの同士、分け合い支え合う。それで今までやってきている。二人で一人。この犯罪すら二人で背負うということか。完全な自己満足のハズだったが、、、


 「ありがとう」


 道を踏み外すことを止めないで、一緒についてきてくれる。そんな友達はこの世で凛しかいない。

 俺は感謝の言葉を述べ続けることしかできなかった。僕たちの周りには雨が落ちていた。


 俺たちは一歩づつ暗転のする道へ進んでいった。

 あの人を殺しに行くため電車へ乗り込んだ。地方だというのに電車は混んでいた。

 周りをキョロキョロと見渡すと四人がけの席の一部が空いていた。俺たちはそこに座ることにした。


 「向かい側、座っていいですか」


 俺は気持ち悪がられない程度の笑顔を心がけてそう言った。コミュ障にはきつい仕事させやがって。


 「どうぞ」


 ペコッと頭を下げて席に掛けた。

 前に座っているのは女子高生二人組みかな。テストの話をしている。小声で話しているが聞こえてくる。聞くのも悪いなとと思ってしまうので、俺も凛と話をする事にした。


 「なぁ、凛、これから会いにいく人だけど、黒江(くろえ)音里(おんり)て名前で両親共通の知り合いだ」


 窓の外を見ながら呟く。俺には窓に映る親の死体が見えていた。


 「うん」


 いつもよりあっさりしている返事だ。こちらの気持ちを汲んでいるのだろう。ここでふと、前の女子高生の怖がっている姿が目に入る。恨みを真正面に出した。つもりはないのだが。


 ヤバいものを見てしまったという感情が読み取れる。二人組は『失礼します』と、か細く震えた声で言い残してごった返す人の仲に消えた。


 まぁそれはいいんだ。話を戻そう。黒江の話だ。


 「黒江は大学時代の母が入っていたサークルの先輩であり、父の元彼女にあたる、この時点で怨恨を疑うのに十分な証拠がある、黒江は公式試合で母に負けた、そして恋人も取られた事になる、十分すぎる」


 俺が確信する程度の証拠は集まっている。まず、正面突破を試みる。両親の名前を出し殺したのか直球で聞く。十中八九『はい』と言うことはないのだが、開き直っているかもしれない。そうだとすぐ殺せるからいいんだが。


 「分かった、でも私は隠れておくね、燐が何をしようと私は手伝うから」


 もうすることは分かっているのだろう。凛は本当に出来すぎてる友達だよ。勘の良さと感情の読み取りには脱帽するよ。

 一応名目は旅行のため、終わったあとに観光しようと約束をした。腐った話だけでなく、高校生らしい友達の話やテスト、好きな俳優女優の話を楽しんだ。


 久しぶりに完全にリラックスして心から楽しい会話をした。『〇〇駅、〇〇駅お出口は・・・』目的地についたことを知らせるアナウンスの透き通った声が駅構内こだまするように感じた。


 「着いたー、なんかイチゴの匂いがするー」


 たしかにこの県の名産品としてイチゴは常識として知られている。


 「多分するんだろうね」


 復讐に対する期待、希望、興奮、不安、絶望がグチャグチャに混ざり合ってた。匂いはおろか唾さえ喉を通らなかった。それに対して凛はルンルンとしている。どうやら精神の太さが違うようだ。凛はあくまでついてきただけだからな。負担は軽いとは思うが……


 すれ違う人の雑多に揉まれながら駅のホームを出た。

 賑わう駅前通りを南に抜けて、人の喧騒からはずれた場所に目的地はあった。一歩、一歩と近づくたびにドクン、ドクンと心臓が大きく膨らむ。あともう少しで犯人にあえる。もう復讐は幻想じゃないんだと現実だと。積年の鬱憤を晴らせる。俺の為に、母さんの為に、父さんの為に。自己満足だとしても、俺ができる唯一のことだと思う。燃え盛る焰は止めることができない。始まった山火事は簡単に止まらない。風に火の粉を流され伝染していく。


 「ほら、行くよ」


 そんな事を気にも止めない凛は俺の手をグイグイ引っ張っていった。


 「ちょッッッ」


 バランスを崩し片足立ちになりながらついていく。いつもこうやって引っ張って行くのは凛だ。鬱を治してくれたのも、学校へ連れていってくれるのも、生きる理由をくれるのも。

 でもこの復讐だけは俺が先頭に立たなければいけない。自分の力で全てを終わらせる。俺は凛の手を振り払う。


 助けられることだけはあってはならない。


 「ごめん、でもこれは俺自身がしなければ何の解決にもならないから」


 耳鳴りが聞こえる。静寂の中、俺も凛もじっと固まっていた。これが俺の決意だ。果たさなければいけない使命。俺の視線は真っ直ぐに凛の目を貫く。


 「分かった、でもついていく」


 「だから、俺のッーーー」


 凛の指が俺の唇を押える。紡いだ言葉は空中に霧散する。それと共に興奮も溶けていく。より冷たく、より冷静に。


 「燐が一人で悲しむのは嫌だ、私も一緒がいい」


 凛の目にはまだ昼過ぎだというのに星が輝いていた。冷静に考えてみる。ここに一緒に来ている時点で常人ではない。お互いに狂いに狂って依存し合っている。そうだ、そうだ。今まで言ってきたことじゃないか。


 「二人で一人」


 口から音を纏った空気が溢れる。何度だって言おう、俺たちは孤独だ。お互いの傷が痛みが苦しみがわかるもの同士、依存する事をでしか自分を保てなかった。崩壊していく自我を止めるために固めるための接着剤や痛みを和らげる絆創膏が必要だった。誰がなんと言おうとこのことは揺るがない。


 「うん」


 凛は頭が取れるぐらいに振って頷いた。これから一人の命を奪うというのにも関わらず、無邪気な笑顔。まるでこれが正しいことだと錯覚してしまうほどだった。


 何故か凛が先頭に立って進んでいく。徐々に見えてくる白い家。二階建てで黒のモダン風に仕上がっている。相手からすれば俺は『負』の象徴。絶対に会いたくないだろう。


 「さぁ、行こっか」


 優しく放たれたその言葉は耳元で反響している。


 「あぁ、やっと報われるよ」


 勝手に紡がれるコトバ。



              『オレタチハタダシイ』


 視線を上げると存在していたのは復讐への扉。隣には良き理解者。俺に家族はいない。立ち止まる理由はもうない。大義名分もある。立ち止まらせる要素は存在しなかった。


 人差し指でインターホンのボタンを押す。


 『ピーンポーン、ピーンポーン』


 感覚を一定に保つ高音を響かせる。


 風が吹く、どこからかチラシが飛んできて足元に落ちた。まだ出ない。風がまたチラシをどこかに運んでいく。それでも出ない。


 「出ろよ、出ろよッッッ、いるんだろッ、全部分かってるんだよ、お前のせいでお前のせいで、出ろよ、、、出てこいよォォォ」


 ドンドンとドアを叩いては叫ぶ。いるはずのアイツに聞こえるまで。


 どのぐらいの時間が立ったのだろうか。真上にあった太陽も西へ傾いていた。、喉も痛い、叫びすぎた。耳までも痛い。なんで出ないんだよ。やっと殺せるのに。解決するはずなのに。


 「もう死んでるんじゃない」


 凛は何食わぬ顔でそう言った。

 そうだな。そうかも知れない。そうだよ。


 「そうだな、じゃあもう行こうか」


 不完全燃焼。燻り続けている真っ黒な炎。いや、炎と言うより真っ黒なシミ。白い服にこぼしたコーヒーみたいに取れない。手についた返り血のように落ちることはない。そのシミは自分の血液と混ざって全身を駆け巡る。最後には脳まで侵食し思考は黒一色に染まる。行き過ぎた妬み嫉み、自己嫌悪、劣等感、正義感、復讐心、罪悪感そういった黒いシミたちは、放って置くと増殖する。そのなれ果ては虚無しか残っていないと分かっているのに。そのシミは一種の麻薬だ。


 「止まる場所は私がしっかり取ってるから」


 「ありがとう」


 準備が良くて助かる。今日はもう休もうと言って宿に案内してくれている。結構、いい所らしい。寝られるだろうか。


 疲れすぎた、今は、今日はもう何も考えたくない。疲れた、もう死にたい。そう思ってもなお、黒いシミは肥大化を続けていた。

 凛のおかげで正気でいられると思う。俺の夜空の中に光る唯一の一等星。それが俺が思う凛の姿だ。


 すっかり暗くなってしまっている。ネオンの明るい光が目に入る。ガヤガヤとうるさい中でもコツコツと言う俺たち道のりは続いていた。


 「本当にありがとうな」


 自分ができる最高の感謝を表す。なんどもなんども。


 「いいよ、こうなる事はちょっと分かってたから」


 隣には移り背中を擦ってくれる。それだけで俺は救われる。母さんみたいで温かい。父さんみたいに大きい。


 友達のありがたみをすごく感じている。


 「ほら、入ろうよ」


 そう言って見えたのは、ネオンに包まれ甘ったるい匂いの漂うお城のようなホテルだ。


 「えっまってよ、ここは」


 うねる夜の吐息。どぎつい香水の匂い。鼻につくネットリとした空気。耳を塞いでも聞こえる客を呼ぶ声、路上で喧嘩している声。無駄に賑わう繁華街。そんな中にあるビジネスホテル。ここに入るのだろうか。そう思い、口を開け立ち止まった。


 「そうだよ、予約してあるから泊まれるよ」

 

 自動ドアが俺たちを手招きするように開く。ここに止まるのか。いつも帰る家より断然豪華な内装がこちらからも見える。そこそこ高いところじゃないかな、、、


 「予約してくれてたんだ、ありがとう」


 「全然大丈夫、じゃあ入ろっか」


 俺たちそのまま中に入った。光が反射する真っ白な床をゆっくりと進んでいく。親の許可をもらっているので泊まれないみたいなことはないのだが、いけないことをしているようで背徳感があり、それがなんとも言えない感覚を生み出していた。


 「じゃあ、フロントで鍵とってくるから、そのへんで待ってて」


 凛は元気に飛び出していった。


 「わかった、待っとく」


 そのへんと凛が指差したあたりにソファーがあったので座ることにした。


 「、、、疲れた」


 俯くと水入れたグラスを逆さにしたように、ネガティブな感情がこぼれだした。

 また殺せなかった。復讐を果たせなかった。なんで死んでるんだよ。これからの俺はどう生きればいいんだ。ガソリンはとっくに空だ。怒りとその余力だけで走ってきた。

 星は地球から遠く離れている。だから無くなってもしばらく輝き続ける。その最後の輝きの状態が今の俺。どうせ、消えるんだ。


 ドロドロとした思考に飲まれた。底へ底へと落ちていく俺を肩に置かれた手が呼び戻す。


 「ほら、とってきたよ」


 顔の近くで鍵をジャラジャラと回している。相変わらず元気だな。


 「よし、じゃあとっとと部屋に行くか」


 凛は「オー」と片手を空に突き出した。それに合わせ、俺はよっこいしょと重たい腰を上げ部屋に向かった。


 俺たちの部屋は5階らしい。エレベーターに乗って5階まで向かうことにした。


 「ピーンポーン」


 到着したことを示す音が密室に響き、ドアが開く。お城の中にいるような廊下。真っ白な道は俺の心と対極していた。痛いようなそれでも温かいような不思議な空気感が漂っていた。


 「早く行くよ、105号室だって」


 やけに浮かれている凛と廊下を駆け抜けた。部屋の前で止まり、鍵を開けて部屋に入る。

 

 まず、目に入ってのは大きなベッドだった。『お城のよう』思ったがあながち間違っていないようだ。


 「うわぁ~~、ベッドふかふか」


 凛はスカートを履いていていないことをいいことに、ドサッと音を立ててベッドに倒れ込んだ。


 「フゥ~、疲れた」


 吐いた息と共に聞こえない程度にこぼれた声。それを皮切りに疲れがぶり返してくる。体に枷をつけられたような感覚に陥った。


 「凛、ごめん寝るわ」


 そう言ってりんの隣に寝転んだ。


 「ちょっ、もう寝るのー、まだ早いでしょー」


 騒ぐ凛の横ですでに瞼は落ち始めていた。色々なことの疲れが溜まっていたのだろう。それに解決とは言えないが一区切りがついたような気もする。復讐で感情が高ぶっていたがもう解けた。アドレナリンの放出も止まった。死んだように動けなくなのも無理はない。


 「だよね、相当疲れてるでしょ、しっかり寝なよ」


 凛も疲れているはずだ。


 「ありがとう、凛もね」


 凛もキツイはずだ。しかし『お風呂入ってからね』と相変わらずマイペースだ。


 そう言って、俺は深い眠りに入った。もう忘れたい思い出と共に。




 俺は夢を見た。家族がいなくなる夢だ。みんな死んじゃって、自分だけになる悪夢。両親の死という重荷も背負い、生きていかなければならないそんな夢だった。覚めてくれ。なんどそう願ったのかもう忘れてしまった。そうこれは夢の話さ、凛と燐の二人の話。


 『母さんはいつも燐のこと見てるからね』


 そう言って優しく撫でてくれたその人はいない。


 『いつでも守ってやるからな』


 そう言ってくれる大きな背中はそこにない。


 『お前が殺したんだ、悪魔の子が』


 親戚からの冷ややかな目。


 『可哀想に、、、』


 善人ぶって蔑む目。


 そんな悲しい目しか見たことがない。心の何処か求めてる温もりを凛が与えてくれる。そうやって生きてきた。夢の中でさえ、苦しみ続ける。幼少期に大事なものが抜け落ちている。そんな俺は何も達成できないのだろうか。


 あの日の葬式、引き取る親戚はいない、両親を憐れむ人はいても俺に視線を向ける人はいなかった。




 目がゆっくりと開いた。まただ。全身は汗で濡れ、肩で呼吸している。少しは休めたが、疲れは取れてない。悪夢を見るそんな日は殺したくなる。他殺だと言うなら、犯人が生きているのなら殺したい。復讐に囚われていたい。


 「ちょっと、、、まってよ」


 俺は気付いてしまったこの不自然さに。凛=リンなら辻褄が合う。


 凛はまず俺が殺人をするというのに止めなかった。そればかりか加担してきた。いくら俺と同類だからといっても度が過ぎている。


 次に黒江の家までの道のりだ。俺は『家の場所』を一切行っていない。なのに初めての場所で家の位置さえ知らない凛が先頭にいれるのか。


 最後にはあのときは取り乱して、正しい判断ができなかったがあれはどう考えても不自然だ。家に人がいないだけで、死んだと言えるのか。普通は留守だと思うはずだ。


 考えれば考えるほど凛が犯人だと言う考えが深まっていくように思える。もう、そうとしか思えない。明日、有名な樹海に観光したいと凛が言ってる。その時に直接聞いてみよう。そのまま俺はまぶたを閉じた。








 朝からホテルをでて、俺たちはとある樹海に着いた。


 「ん~~~ッ、着いた〜」


 凛は大きく伸びをしながらそう言った。満員電車とちょうど重なってしまった悲劇、そして無限に続いているような木々。それらが相まって開放感が何倍にも増幅されている。


 「やっぱ、森は綺麗だなー」


 胸にスッーと入っている新鮮な空気は体を軽くさせた。

 不意に、凛が破顔して言った。


 「楽しみにしてたんだよねー、燐とのデート」


 「なっ」


 不覚にも、少しはドキッとしまい、顔に熱が溜まっていくのを感じた。


 「いや、これはデートじゃない、旅行だ」


 そうだそうだこれはあくまで旅行だ。断じてデートじゃない! 


 「男女が二人で出かけたらそれはもうデートですぅー」


 唇をすぼめ、おちょくるように言ってくる。


 「はいはい、そうですね〜」


 恥ずかしくなったのでいつものように軽くあしらった。面と向かって『デート』と言われると気恥ずかしくてたまらない。


 「というか、早く行こうよー」


 ニコッと笑い、俺の手を引いていく。そのまま俺たちは樹海に入っていた。


 樹海には自殺や某ホラー映画などで負のイメージが染み付いているが、その名の通り海原のように木々はうねる。その奥には真珠のように綺麗な絶景を隠している。

 負の中の光。人の闇を見てきた俺たちだからこそ、その中に星のような光に憧れる。


 都会では感じない柔らかい地面や小枝を踏む感触。そういった森特有の感触を全身で感じていた。遭難しないようにといたる所に看板や印があったが。


 「スゥーーーッッ、ハァーーー」


 凛がお手本のような大きな深呼吸をする。それを見て俺も真似をする。目一杯に息を吸い視線が上へ向いた。木々の伸ばした手の間隙からこぼれ落ちる光。そこには青空があった。


 「なんか自然って感じがするね」


 頬をつり上げながらそう言った。


 「だって今、自然に触れてるからね」


 思わず笑ってしまった。当たり前のことをしっかりと言われることに。当たり前のことを気づくことも楽しい。この世の普通や当たり前は星の数ほど存在するんだから。


 「ハッハハハッ」


 なんだか面白くなってきて笑ってしまった。


 凛に聞きたかったことがあるのにそれも忘れて、二人の世界を楽しんだ。


 この樹海のシーズンは過ぎているらしく人影は見ていない。いるのは二人のリンと自然だけだ。走り回って登って、滑って、転んで、歩いて、見下ろして、見上げて、まるで荒廃してしまった世界を回っているようだった。

 心の底から楽しめた。悲しい人生なんか忘れて。






 「ポチョン」


 足を入れたところを起点に波紋が奥へ奥へと広がっていく。『冷たッッッ』と凛は驚きながらも透き通った湖に足を入れていた。

 道なりに沿って遊びまわり、休憩のために少しそれたところの湖にいた。


 「ほら、燐! めっっっちゃ冷たい!!」


 動いて暑かったのもあるがそこまで冷たいのだろうか。オーバーリアクションなんじゃと思い、俺も指先をそろりとつける。


 「冷たッッッ」


 なんの面白みもないが凛と全く同じ反応をしてしまった。


 「燐と私はつくづく似てると思うよ」


 急に真面目な顔でそう言われた。たしかにそうかも知れない。ココの繋がりは『友達』だけでは考えられない。傷を治すためという理由に負け、お互いがお互いの傷からあふれる血液、悲しみをせき止めるかさぶたになっている。


 「そうだね、随分前から一緒だからね」


 そんな事分かってるが触れたくない。かさぶたが剥がれてしまえば再び溢れ出すから。見えないように隠してしまえばどうってことはない。嫌なら見なければいい。弱いから逃げればいい。


 サンサンと降り注ぐ光を全身に浴びて、湖に足をつけ体を冷やす。どこからかやってきた蝉の声、鳥の歌、長い時代を通し表現され尽くした自然の音をゆっくりと聞いていた。


 心が落ち着いていく。癒やされる。柄でもなくしんみりとした雰囲気を出していた。


 「グゥ〜〜」


 空気を読まずなったのは、俺の腹だ。たしかに昼だがタイミングだろ。思わず吹き出していた。


 「ハッハッハ、ごめんごめんなんか腹が減っちゃって」


 しっかり喋れているか自身がほど笑っている。


 「もぉー、せっかく落ち着いてたのにぃー」


 笑いに若干の怒りを混ぜながらそう言ってくる。


 「まぁ、もう昼だから仕方ないだろ」


 そう言う通り、太陽は真上から俺たちを照らしていた。木陰にいたはずだがいつの間にか直射日光を受けている。


 昼と言われてやっと気づいたのか、少し驚いた様子で鞄の中を漁っている。


 「凛、そろそろ昼ご飯を食べに戻ろうか」


 「ちょっとまってて」


 焦った様子の凛を片目に俺は妄想に耽っていた。嫌な予感がする。このタイミングで出てくるのもと言えば、『弁当』だろう。しかし、凛は料理だけは異常に下手である。味音痴が混ざってるため、凛は食べられるのだがな。俺は腹痛で悶えることになるだろう。


 えっ、ちょっと待てくれ。今日は旅行2日目ここで弁当は腐ってるはずだ。ヤバい。

 今、弁当と決めつけるのは早計だ。確認するのが先だ。

 


 「もしかして、弁当持ってきてくれた」


 忙しなく手を動かす、凛に聞いた。不安を悟られぬように自然に。


 「そうだよ! 昨日から仕込んできてたの」


 一点の曇りなき笑顔。無知の善意ほど怖いのもはない。ありがたいのはありがたいのだがな。


 「ありがとう、弁当」


 悪意がないと思うと余計に面倒なものだ。まぁ、たでてしまえばしっかりと栄養になるはずだ。


 「よしっ、食べよう」


 空想の世界から帰ってくるとそこには既に弁当箱が可愛らしく2つ並んでいた。凛の顔は絵に書いたような笑顔だった。


 『いただきます』


 近くにあった倒木に腰掛けて、弁当の蓋を開ける。


 「うまそッ『そうでしょ!!」


 そんなに嬉しいのかできが良いのか、食い気味に返答された。


 俺は恐る恐る箸を口に運んだ。ゆっくりと噛み味わう。


 「・・・美味い」


 普通に美味しかった。一日たっているのにも関わらず、腐っている様子など微塵もなかった。


 「ふぅー、よかった、まずいって言われたらどうしようって心配だったんだよ」


 やや斜め上を見ている。少しだけ頬が紅潮している気がした。


 「私も食べよーっと」


 いただきますと呟き、自分の弁当を食べ始めた。


 「やっぱり、美味しい」


 自画自賛かよと思いながらも、この不思議と美味しい弁当を食べ勧めた。他愛のない会話をしながら。気付いている不自然さに目をつぶり。


 そして、何故か俺はこのタイミングで思い出してしまった。『凛が両親を殺した』かもしれないということを。明らかなこの矛盾。記憶に生じる誤差。『凛のせいじゃない』そう思うほど心にはナイフが刺さっていった。その度にあふれる血で俺の心は汚れていき、衰弱していった。


 秘密を凛には持ちたくない。そんな考えが浮かんできた。都合のいい、秘密を明かされる相手の気持ちなんて考えていない、自分勝手な考え。


 「ごちそうさまー、はぁー美味しかった」


 弁当の中身はなくなり片付けに入っていた。ガチャガチャとなる隣でまだ踏み込めず考えていた。


 こんなことを言えば、喧嘩になるのは明らかだ。これが間違っていたらそんなの凛に対する最大の侮辱だろ! 明らかに言うべきでない。そんなことは昔から知っていた。


 「燐、どうしたの、そろそろ戻るよ」


 行こうよと差し出された手にいってしまった。


 「本当は、俺の両親は殺されたんだ」


 足元はじめっとしていた。茶色の地面しか見えていない。


 「えっ」


 『意外だ』そんなところだろう。何に対する意外なのかは分からない。


 「これは凛がやったの」


 無言。怒っているのか、泣いているのか、はたまた笑っているのか。何もわからない。


 さっきまでの天気はどこかへと飛んでいった。代わりにあるのは曇天の空。ゴロゴロと空が鳴いたあと水は溢れ出した。


 「雨降ってきたし、場所をかえよう」


 凛の言葉に人間味が消えていた。あえて言うならAIのようだった。命令を実行するだけの単調で冷酷な機械そんな感じがした。


 無言の空間が怖かった。核心に触れるのが怖かった。真実を知るのが怖かった。だから逃げた。本当はずっと前から不自然さに気づいていた。今日、全てが分かる。


 凛の先には古びた小屋があった。迷ってしましそうな道のりだった。でもまるで知っていたかのような足取り。


 「ギィィィ」


 両開きの木の扉を開く。倉庫そういった方がしっくりくるような雰囲気だった。


 もう一度、声をかける。


 「凛が、やったのか、、、」


 違う、そんなはずはない。でも心の何処かで疑っている。それを晴らすために聞いた。


 「、、、そうだよ」


 そのたった一言で全身の毛が逆立った。空気を吸うだけで全身にビリビリと電気が走る。


 「あ、アァ、ああ、あアぁぁ、あぁぁ」


 頭をくしゃくしゃにして考える。分からない。だからぶつける。


 「なんで殺したんだよッ、動機はなんだよッ、なんで俺に嘘をついていたんだよッ、なんで隠してたんだよッ、なんでッッッ、なんで、なんで、、、」


 凛を睨む。俺の痛みを理解できる唯一の人だと信じていた。薄々、凛がやったのかもしれない気付いていたでも、受け入れられない。


 「なんで殺したのか、それは気になったからだけど」


 人の命をなんとも思っていない言葉。まるで殺すことを犯罪だと感じていないような感覚。あまりに性格が変わりすぎて硬直した。


 「人が死んだところは見たけど、父さんのは事故だし、親なんてどうせ最悪の人だらけだ」


 「悪いから殺すなんて間違ってる」


 間髪入れずに法の正論を振りかざす。自分が復讐しようとしていたことを棚に上げて。


 「なんで、人を殺しちゃだめなの」


 その問いにすぐ答えることができなかった。


 「法律で決まってるだろ」


 苦し紛れの反論、言い返されることなどわかってる。


 「それはでも人が勝手に決めたことだよ、生き物はみんな殺し合っているじゃん、なんで人だけダメだなの」


 怒りが湧いてくるのと同時に、納得している自分がいる。


 「だから無駄に繁殖してるんだよ、他の生き物は殺し合って均衡を保ってるのにね」


 俺の怒りは限界だった。怒りはここまで弄ばれ、空気を入れすぎた風船のようだった。歯が折れそうな暗い食いしばる。感情に飲まれるな。自分に言い聞かせ続けた。


 「君の心が可哀想だよ、理性に押し込まれて、一回飲まれてるんだから楽になりなよ」


 『プツ』っと何かが切れた音がした。コイツは生かしておけない。復讐を果たさなければ。これ以上被害を出さないためにも。


 カバンの中から包装された塊を取り出す。一気に引きちぎり、中身を取り出す。紛れもない拳銃だ。案外、金で買えるらしい。ヘイシンとか言ったけな。


 凛に銃身を向ける。セーフティーロックは外してある。この引き金を引けば殺せる。


 「拳銃か、いいよ撃って、どんな感じか知りたかったし」


 カタカタと震える。力が入らない。打ちたくないそう思ってしまう。


 「撃てよ、だから誰も守れないだろ、覚悟なんて所詮そんなもんだろ」


 「アアァァァァァァァァァァァ」


 雨の中にバーンと大きな音が響く。俺の世界から音が消えた。耳鳴りだけしか聞こえない。

 俺の目の先に赤い星があった。実弾がしっかりと頭を貫いていた。


 「これで終わったんだ」


 大きな喪失感とともにこの小屋をあとにした。外は雷を伴う大雨が降っていた。そんなことどうでもいい。そのままホテルに向かった。


 ベッドに寝転ぶ。両親の復讐を果たせた。なのに全く嬉しくない。積年の願いのはずだった。叶ってしまうと自分の無力さを感じるだけだ。


 『人は日を生きているから星だ』この言葉は支えだった。これを言ったのは凛だ。思い出した。俺が人ってなにと聞いたら答えてくれた。大人でもない子どもの凛が。


 俺は凛が言う星になりたかった。毎日を真っ当に生きていく人に。親がいないからとか闇を抱えていてもちゃんと生きられるって証明したかっただけかもしれない。


 この言葉の本当に意味は、自分だけで光れる星は限られる。そんな星の周りにいれば自分も光っている脳に感じる。でも自分で光っている人には絶対に勝てない。そういうことだろ凛。


 この際、凛が人殺しとかどうでもよかった。俺が止めてあげれば危険ないはずだった。


 「可笑しいよな、今はいなくなったばかりなのにもう恋しくなってるよ」


 涙が溢れて止まらない。虚無感、喪失感そんなありきたりな言葉では表現しきれない。もっと復讐は気持ちいいと思っていた。自分の心の穴を埋めるほどの満足感があると思ってた。でも全く違った。


 「ごめん、凛」


 これじゃあ、両親がいなくなったときと同じだ。いやもっとひどいか。あのときのように差し込む光はない。底なし沼に落ちていくだけだ。


 『死ぬべき人は俺だった』


 死ぬときまで最悪のなヤツだったかもしれないけど、俺には君が必要だった。そもそもあれが本心だなんて思えない。

 最後に花だけ手向けようと現場へ戻った。


 目に浮かぶ一緒に見た光景たち。隣にはもう彼女はいない。やっとの思いでたどり着いたあの場所。同じようにギィィィと音を立てて扉を開ける。


 その小屋は初めて見たときと同じ光景だった。凛の死体がないのだ。


 「なんで」


 死体は愚か、血痕すらない。しかし銃弾の跡は見える。あれは夢だったのか。いやそんなはずはない。チェックインなど凛と行ったこともある。


 「ギシッ」


 床のきしむ音がする。


 「誰がいるのか」


 返事はない。そのかわり足音だけがする。真夜中だから何も見えない。

 俺の感情はグチャグチャだ。恐怖と混乱、安堵と安定。反する感情がせめぎ合いドロドロだった。


  音の方向を向いて、まず見えたのは雷を反射するナイフだった。


 「ばいばい」


 恍惚しながら憎しみがこもった声。その持ち主は凛だった。あの一瞬でそのことを判断することが限界だった。

 目の前にはその姿がある。


 「ゴメンな、凛」


 そのまま俺の腹部に刺さーーーらなかった。持ち手の部分にその刃はしまわれ俺を傷つけることはなかった。

 俺は正真正銘、思考を放棄した。


 「残念ドッキリでした」


 急展開についていけず、口をパクパクさせる。


 「考えてたこと同じだったなんて、驚いたよ」


 そんなことない、そうじゃない俺はッッッ


 「俺は本気で凛を、、、」


 俺が最後まで言い切ることはなかった。見てしまった。心から笑っている凛を。偽りだとしてもとてもきれいだった。


 「ドッキリのタネ明かしはしなくていいんだよ」


 あんなことしたというのに何も無いように振る舞うのか。


 「あのゴム銃意外と痛かったんだから」


 ・・・ゴム銃だと。あれは確かに実銃だった、、、いやもういいさ凛が生きているなら。もうどうだっていいさ。これからは苦しむ必要がないのだから。


 「これからもずっと一緒にいようね」


 こんなに笑っている凛は見たことがなかった。君が笑っているだけでお腹いっぱいだ。


 「ああ、もうどこにも行きたくない」






 俺は後藤祐徳。いわゆる刑事である。仕事は、幻覚が見えている少年の観察だった。少年の行動を逐次細く報告していた。

 少年についてだが、光誠燐、16歳。少年は生まれたときから、幻覚が見えていると考えられる。そのせいで両親は鬱になる。結果、虐待が始まった。しかしここで少年は、ストレスからもう1つの人格を得る。自分と境遇を似せた妄想の人格。全てはこれが原因だ。この2つが混ざり合い。他人には見えない人物が想像された。ここでその想像上の人物を凛とする。それから凛が体を乗っ取ることに成功し、両親を殺害。そのため自分に観察の仕事が回ってきた。


 それからある日、凛と旅行にでかけ、両親と関わりのあった黒江氏の自宅を訪れる。しかし事前に黒江氏を避難させておいたため被害はなかった。それから樹海に潜る。一発、実銃を発砲しホテルに戻る。三時間後、戻ってる。そこで少年を見失う。


 あれから、既に5年が経過している。未だに足取りはつかめない。少年には何が見えていたか、全ては少年に聞くしかない。


 情が湧いた訳ではないが、少年に精神疾患がなければ、親が病まなければ、人当たりのいい人間であっただろう。他人と少しの差で随分と人生は変わるものだ。あのときはああしていれば、もっとこうしていれば、悔やむことは人間である限り、絶対に存在する。その差でこの少年のようになってしまうのだろうか。


 『そうはならないだろ』と思っている人が多いだろうな。しかしその根拠はどこにもない、些細なことで簡単に日常は崩れる。多くの人にそのことは理解してもらいたい。少なくとも俺はそう思う。


 ふと空を見上げる。星が輝いている。一つはあの少年に言うとすれば、

 自分で輝いている星は少ない。しかし輝いていることは自分では分からない。輝く事自体他人からの評価に過ぎない。もしそんな周りの評価を気にしないでいたなら、間違いなく一等星だっただろう。考え方次第で全ては変わる。そういっただろうな。

最後まで読んで頂きありがとうございました。もしよろしければ評価やブックマーク等よろしくお願いします。

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