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9 白湯を飲む

「あの時間に通りかかった男は一人きり。十中八九あれじゃないかねぇ」


 馬の上は前にネール、後ろにコズモだ。


「あんたよりだいぶ大柄の傭兵。歳の頃は三十少し前。がっちりしていて黒目黒髪。言葉に訛りは無い。王都の育ちかもしれないね。親切で人の良さそうな男だよ」


「名前は?」

「聞かなかった。怪しまれるだろ?ただね」

「なんだ」

「独身かと聞いたら答えなかった」

「ふん」

「でも、若い娘を騙す人には見えなかったんだよ」

「ネミル、やきが回ったんじゃねえのか?」

「そうかもしれない」


 ネールがあっさり認めた。


「あれがルイーズ様を騙しているんなら、私はやきが回っているんだろうさ。それともルイーズ様の全くの片想いじゃないかね。それなら余計なお世話はするべきじゃないよ」

「そうか」


 コズモには思い当たる男が一人いた。それが傭兵のローランドなら確かにコズモが見ても真面目な男だった。


「ま、そうかもしれないな。様子を見るか」



♦︎



 商会に戻ったコズモはマチアスに呼び出された。


「カルダノ商会の仕事を手伝うよう頼まれたんだが、お前行けるか?」

「カルダノって、あのカルダノですよね」


 マチアスが渋い顔で頷いた。


「ルイーズのことはきっちり断ってある。相手もそれとは関係ないと言っているんだが、どうも嫌な予感がするんだ。お前なら任せられる。頼めるか?」


「それはかまいませんが、お嬢の護衛はどうします?トニオがまた来ないとも限りませんよ」


「護衛は雇う。うちの連中で腕が立つやつらは全員が当分塞がってるんだ。仕事を放らせてルイーズの護衛をさせるわけにはいかん。ギルドに募集をかけるよ」


「カルダノ家は仕事で恩を着せてルイーズ様をってことは無いでしょうか」


「そこまで落ちぶれちゃいないと思うが、つけ込まれないように気をつけてくれ。もし何かあったならすぐに報告してくれ。娘を売ってまで稼ぐ気は無いからな」


「わかりました」



♦︎


 


 

 ローランドはギルドの掲示板を見て戸惑っている。昨日の件があって今日のラカン商会からの護衛募集だ。しかも馬車の護衛なのに一人。護衛はたいてい複数の募集だ。一人しかいなかったら何人かの敵に囲まれた時に客や荷物を守る者がいなくなる。


「まあ、餌なら餌で、誘き寄せられてみるか」


 紙を掲示板から剥がしてカウンターに持っていく。受付の男に

「これ、一人だけの募集なんだね」

と尋ねると

「ああ、街の中を移動するだけの移動販売の馬車の護衛だよ。娘さんが一人で売っているんだ」

と答えが返ってきて胸がトクンと跳ねる。


「いつもは護衛が付いてたよね?」

「その人が他の仕事らしいよ。どうする?期間は五日間だ」

「ああ、受けるよ」

「はい、じゃ決定っと」

 受付の男はローランドにサインさせると募集の紙を契約済みの箱に入れた。


 ギルドの帰り、いつものように港に寄る。

船の名前、大きさ、荷運びの様子、港の倉庫の様子、人の出入り。


 いろんな様子をチェックして常と違うことがあれば記録する。今日は大きな船が一隻。大量の木箱が港に積み上げられている。積荷の箱には海向こうの国の文字で『大理石板・カット済み』と書いてあった。八人の男たちが二手に分かれて木箱を持ち上げて運んでいる。


 二方向から木箱の山を見ておよその数を計算する。


 立ち止まらず、のんびり歩きながら見物人を装って見ていると、木箱を運んでいる男たちの背中の家紋がカルダノ商会の紋なのに気づいた。


 人目につかない場所まで行ってから記録用紙に今日の日付と「カルダノ商会 大理石板カット済み 木箱(中) およそ二百六十箱、男八人」と書く。


 そのあとは港を背にして倉庫街へ向かう。働いている人々の中に紛れて動く。傭兵の格好は紛れ込むのに丁度いい。傭兵は護衛と戦闘だけでは食っていけないから、この手の肉体労働の仕事場には必ず何人かはいるものなのだ。


 いかにも仕事の途中のような早足で歩き回り、扉が開いている倉庫を見て回る。あまり変化はなかった。


 次に港近くの商店街へ向かい、王宮の次官が関心を持っている商会、商店を見て回る。異常なし。その次は少々危ない地区だ。


 路地から路地へと歩き、怪しげな店、怪しげな小屋を覗く。ガタイのいい若い傭兵にちょっかいを出すのは客引きの女だけで、荒んだ顔の男たちには避けられる。


(薬物中毒者は見当たらないな)


 おそらく地下室や店の奥の隠し部屋にはいるのかも知らないが、そこまでは探らない。


 しかしこれが路上にまで薬物中毒者がたむろするようになればローランドを含めた国の人間が捜査に動き出す。個人宅や店の奥の部屋での薬物使用などの踏み込んだ捜査は地元の警備隊が日々情報を元に対応している。それが手に負えなくなっているかいないかをチェックするのがローランドたちの仕事なのだ。


(さあ、一度帰るか)


 何か気になることがあったような気もするが思い当たらない。夜間にまた別の地区を見て回るのだが、昼の部はここまでだ。


(明日からはルイーズの護衛だ。王都の土産だと言って最終日に髪飾りを渡そう。初日に渡して気まずくなったら仕事に差し障りが出そうだ)


 移動販売の馬車は街中の人目の多い所を動くから襲われることはまずない。それでも可愛い娘の安全のために護衛を雇う父親マチアスの、真面目そうな顔を思い出した。


 護衛に雇った男が娘に髪飾りを贈ったと知ったら気分を害するだろうと今頃気がつく。


「しまったなぁ」


 髪飾りを買ったことも。

 あの娘に心を惹かれたことも。


 ビアンカにはいつもガミガミ叱られていた。


「あんたみたいなうすらぼんやりの評価がなんでアタシより高いのか、アタシには謎よ。納得できない」

 


 ビアンカに言われるまでもない。自分も今まで何度も兵士に戻りたいと申請したが、「今の仕事に関しては、お前は向いてるんだよ」と次官は毎回笑って却下した。それは直属の上官の評価も同じらしい。


「向いてないと思うがなぁ」


 借りている部屋に戻るとポケットの中から例の小箱を取り出してタンスの上に置く。


「まあ、腐るものでもないし」


 お湯を沸かし、お茶を入れようとして茶葉が切れていることに気づいて白湯を飲んだ。


「やっぱり俺、間諜には向いてないよ」


 白湯を飲みながら何気なく小箱を手に取って話しかけてしまう。


 と、今日見た景色の中でずっと違和感があった物の正体に気づいた。白湯を置き、急いで昼間見た港に向かう。


 現場を確認するとすぐに手紙を書いて早馬に託した。



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