表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
29/29

29 明日も移動販売

「温かいお昼ごはんはいかがですか!今日は鶏肉の揚げ物ですよ!スープは野菜がたっぷりです!」


 新しい店員のメリッサちゃんが可愛い声で呼びかける。どんどん人が集まってくる。


「やあ、いい匂いだね。ひとつおくれ」

「はーい、毎度ありがとうございます。丸パンはどうしますか」

「パンは二個で頼む」

「はーい」


 メリッサちゃんが盛り付けと売り子、私は会計係。メリッサちゃんがいなかったら移動販売は成り立たない。販売数が増えて一人ではこなせないのだ。


 ローランドは今年で三十一才になった。鍛錬を欠かさないお陰で今でも筋骨隆々だ。外国語の先生には見えないと生徒たちによく言われるらしい。


 年齢を四つ多く言っていたことは結婚する時に知らされている。その時、とても緊張して告白するローランドに「うん。わかりました」とだけ返事をして驚かれたっけ。


「怒らないの?」と言われたけど、別に。たいしたことじゃない。「むしろお得な感じよ」と笑ってしまったっけ。


 ローランドと夫婦として生きることに比べたら、ほとんどのことはどうでもいい。小さなことにこだわって私とローランドの間に溝ができることの方が問題だ。


 私の気持ちは十歳のあの日からずっとブレない。ローランドを初めて見た日から、私は変わらず彼のことが好きだ。



 ある夜、ローランドが真面目な顔で聞いてきたことがある。


「ルイーズはいったい俺のどこが好きなんだい?あんまり大切にされるから不思議で仕方ないんだが」

「結婚して五年も経ってからそれを聞きますか」

「いや、ずっと不思議だったけど」


「艶々した黒髪、少し目尻が上がってる黒い目、たくましい背中、盛り上がった胸、ごつい腕、大きな口を開けて美味しそうに食べること、声が色っぽいこと、笑うと目が可愛らしく細くなること、私に甘いこと、寝てる時にむにゃむにゃすること、綺麗好きだけど人には口やかましくないこと、ロザリオを可愛がるとこ、」


「ストップ!ストップ!うん、わかった、ありがとう」

 ローランドが赤くなっていた。


「まだあと五十は楽に言えるけど」

「うん、いい、十分」


 いい機会だから全部放出したかったのに。残念。

 

♦︎



 実家の父さんは孫のロザリオに会いたい一心で三ヶ月ごとに王都に通っている。ロザリオが父との別れ際に毎度ギャンギャン泣くのが身を切られるようにつらい、とこぼす。


 そうそう、父に同行しているコズモさんが、昔の恋人とのお付き合いが再開したそうだ。


「ずっと女っけが無かったコズモさんがねえ」

と私が感心していたら、ネールが

「若い時のコズモの女遊びときたらもう、鬼畜でしたから、女はもう十分飽き飽きしたのかと思ってましたけどね」

と笑う。


「やめろやめろ。お嬢と坊ちゃんの前でなんてこといいやがる」

と怒るコズモさんとネールは仲の良い姉と弟みたいだ。


 そんな二人を見て笑っている父さんが、一度我が家でお酒に酔って母との馴れ初めを聞かせてくれたことがある。


「若い頃、王都の支店で働いている時だ。俺はそこそこ金を使える立場だったから調子に乗っていたんだ。若い遊び仲間を引き連れてでかい顔をしていてな」


「ふうん」


「ある時、他のグループと喧嘩になった。双方十人くらいずつで。殴り合いの喧嘩の途中で相手が刃物を振り回してさ」


「怖い……」


「俺が弟みたいに可愛がってた奴が内臓に届くまで深く刺された。命は取り留めたが、それが原因でまともに働けなくなった」


 黙って聞いていたコズモさんがそこで口を挟んだ。


「王都の支店で長年働いている事務員ですよ。事務仕事なら働けるからと、先代の商会長にマチアスさんが頭を下げ続けて頼み込んだんです」


「それでも奴が失った健康な身体は金と引き換えにはできないんだ。償い切れないことだよ。そいつの息子が最近やっと結婚してな。礼を言うんだ、俺に。長いこと世話になったと。奴があんな身体になったのは俺のせいなのにな。もう忘れてくれと、俺のせいじゃないなんて言いやがる」


「父さんにそんな過去があったのね」


「ああ。奴の怪我で落ち込んで酒に逃げていた時にイーダスに戻って本気で働けと尻を叩いてくれたのが母さんだよ」


「そっか……」





 平凡な暮らしをしていても、人それぞれ何かしらの苦い過去があるんだなと思う。みんな苦しんだり悲しんだりしながら過去を踏みしめて立っているんだなって思う。



 私の長い片想いは成就した。ローランドもご両親のことを知ることができた。


 あとはイーダスを離れなければならなかった理由だけが残っているけれど、私は何を聞いても驚かない自信がある。ローランドとロザリオがいてくれたらそれでいい。



「ルイーズ、俺はあと二年でイーダスで暮らせる。戻りたいだろう?」

「んー。私はどちらでもいいかな。ローランドの仕事は王都なんだから、王都でいいんじゃない?」


 ローランドの顔が微妙だ。


「え?何か問題でも?」

「俺は、ずっと申し訳ないと思っていたから」

「はい、ストップ。その話はそれ以上言うと一発お見舞いする約束よ」


 会話を聞いていたロザリオが無邪気な顔で質問した。


「お母さん、お父さんより強いの?」

「あらロザリオ、そんなわけないじゃない。ロザリオのお父さんはとっても強いんだから。ね?ローランド」

「あ、ああ。そうだな。母さんは父さんより少し強いだけだぞ」


 ブフッとロザリオが笑う。こいつめ、わかってて聞いたわね?


 お茶を淹れ、保存食のクッキーを出して四人でお茶にした。ネールはロザリオの隣でニコニコと私たちの話をきいている。


「私はね、どこに住むかより、誰と暮らすのかが大切なの。王都はロザリオの生まれ故郷だし、ローランドが働くには王都の方が都合がいい。私の商売は王都でも上手くいっている。いいわよ、無理にイーダスに戻らなくても」


「そうですね。マチアス様もアラン坊ちゃんに商会を全て譲ったら王都で暮らすのもいいなと仰ってましたよ」


 ネールの言葉に一番驚いたのは娘の私よ。


「私は何も聞いてないんだけど?」

「旦那様もアラン様がこの先に結婚したら一人になりますからね。お寂しいのかもしれませんよ」

「僕、おじいちゃんと一緒がいい!」

「ロザリオ、それをおじいちゃんに直接言ってあげなさい。きっと喜ぶわ」

「うん!」



 さあ、そろそろ下ごしらえを始めますか。明日も移動販売屋は忙しいはず!


⚫︎いったん完結です。もしかしたらいつの日か続きを書くかもわかりません。

⚫︎王子様もお姫様も出て来ず、大きなイベントも起きないこのお話に最後までお付き合いいただいた全ての皆様にお礼を申し上げます。次にアップ予定の「毒薬姫の微笑み(仮)」はもう少しメリハリのあるお話になるはずです。

お話がある程度ストックできるまでお待ちいただければ幸いです。

⚫︎最後に、誤字報告にただひたすら感謝しております。誤字報告無くして成立しないといつも思っております。お世話になっております。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ