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22 新しい店員

 新しい人を加えたいと思いながら日は過ぎた。


 住まいの下にあるパン屋さんで移動販売用の丸パンを買うようになってしばらくたったころ、パン屋の奥さんにお礼を言われた。


「いつもたくさん買っていただいてありがとうございます。移動販売のごはんを私も食べたいんですけど、お店を離れられなくて。ごめんなさいね」


「それは気にしないでください。パンまでは手が回らないので、私はとても助かっているのですから」


 そこで思い切って「人手を増やしたいけど知り合いがいないので困っている」と相談した。


「お手伝いを頼めそうな男性に心当たりがあったらご紹介願えないでしょうか」


「移動販売のお手伝いですか。私の弟は働き者ですよ。仕事を増やしたいと言ってました。パンの配達は朝早くに終わってしまいますから」


 この奥さんの弟さんなら見ず知らずの人よりずっと安心だわ。


「まずは面接を」ということになり奥さんの弟、リカルドさんと今、カフェでネールと三人で話し合いをしている。賃金は提示済みだ。



♦︎



「実はルイーズさんの移動販売を見て僕もやってみたいと思っていたんです」


 リカルドさんは体格のいい金髪に茶色の目の男性だ。笑顔がパン屋の奥さんによく似ていた。二十五歳だそう。


「料理の経験はありますか?」


「凝った料理を作ったことはありませんが、一人暮らしの料理くらいなら」


 黙って聞いていたネールが質問をした。


「リカルドさんは体格が立派ですけど、何か訓練をしてきた方かしら。面倒な輩が来たら追い払えますか?」


「王都軍に八年間入っていました。怪我で膝を傷めて除隊したんですが、街のチンピラ程度なら対応できますよ」


 私とネールで目を合わせ頷いた。ネールは満足らしい。私は大賛成。


「ではリカルドさんにお願いしたいと思います。いつから働けますか?」

「今日からでも働けます」


 新しい従業員が増えた。





 早速リカルドさんには今夜から働いてもらうことになった。まずはメニューを書いたメモを見せて買い物から。


「明日は肉と野菜の串焼き、野菜の炒め物、卵のスープです。串は今夜のうちに八割ほど焼いて、明日売る前にもう一度焼いて出すつもりです。スープは今夜作ってしまいます」


「了解です」


 そこからは買い物と料理。我が家の台所で料理をした。リカルドさんは料理に慣れていた。謙遜してたみたい。ネールも満足そうだ。



♦︎



 翌日、肉と野菜の串焼きは好評だった。タレを甘辛にしたのが良かったらしく「このタレが美味しい。タレの作り方を教えてほしい」と何人もの人に言われた。タレ、だいじよね。


 そして近くの店や事務所から再びまとめて注文が入った。ありがたいこと。早速リカルドさんが配達に活躍してくれた。


 最初に食べてくれた男性のお客さんも毎日来てくれる。食器を返しながら

「野菜が必ず付いてくるのが助かるよ。一人暮らしだと、野菜はあまり食べなくてね」

と感想をくれた。

 ありがたいありがたい。


 ほぼ完売で販売を終えた。


「人気ありますね」

「ありがたいことです」

「これから明日の買い物ですか?」

「いえ、明日は十日ですのでお休みです。十のつく日は月に三回お休みなんです」


「あっ、そうでしたね」

「また明後日お願いしますね。ネールもゆっくり休んでね」


 こうして無事に採用枠も埋まり、万事がつつがなく終わった、はずだった。





「移動販売屋さん。終わったの?」


 まとめ買いをしてくれる美しいあの女性だった。


「ちょっとお話したいんだけどいいかしら。そんなに時間は取らせないから」

「はい。ネールも一緒でいいですか?」

「経営者はあなたでしょう?あなただけでお願いしたいんだけど」

「あ、はい。では私だけでうかがいます」


 ネールには馬車で待っていてもらい、女性の事務所にお邪魔した。広々した立派な事務所だった。従業員はぱっと見で六人いた。


 奥の部屋に通されてお茶を出された。


「あなた、お店を出す気はある?あるなら出資をする用意があるわ。あなたの田舎風の料理は王都で人気が出ると思うのよ」


 前置きなしで本題を告げられた。


「大変ありがたいお話ですけれど、王都にいつまでいるかを決めていないので、今はお店を構える予定はないんです」


「あら、どういうこと?地方から王都に稼ぎに来たのではないの?」


「イーダスで商売していましたけど、夫の事情で王都に来ましたので」


「良かったらどんな事情か教えてくれる?」


「ええと。どこまでお話していいか、夫に聞いてからでないとお答えしにくいんです。申し訳ありません」


「あらまあ。なんでも旦那さんの許可が必要なのね。旦那さんはおいくつ?なんの仕事をしているの?」


 えーと。この人の上からの物言いは意識してのことだろうか。それとも無意識なのだろうか。私がまだ若くて子供と思われているのだろうか。


 上手く対応しないとよねぇ。お客さんだし。


「夫はとても理解のある人で、いつも私の意見を尊重してくれる人です。そういう人だからこそ、私は夫の意見を大切にしたいんです。二人でなんでも話し合って決めるのが私たちのやり方なんです」


「で、あなたは?あなた個人の意見はどうなの?」


「私の意見ですか。そうですね、子供が授かるかもしれませんし、イーダスに戻ることになるかもわかりません。なので王都にお店を構えるのは難しいと思っています」


「そう。わかったわ。でも一応旦那さんと相談してくれるかしら。お店を立ち上げるまでのお金の心配はいらないからって伝えてくれる?」


「……はい」


 馬車でネールが心配して待っていた。事情を話した。


「資金の必要は無いって言わなかったんですか。その手の資金ならマチアス様がいくらでも出してくれるでしょうに」


「ううん。父さんに出してもらうつもりもないし、王都に店を持ちたいとも思ってないの。自分の仕事は自分でどうにか切り盛りしたいし、いろんな人のところへ行く移動販売屋が好きなんだもの」


「ええ、ええ、そうでしたね」


「私、今回のお話を聞いて思った。せっかくの移動販売屋だもの、広場だけじゃなくて、他にも行こうと思うのよ。お客がついたところだから少しもったいないけど、お店が無い地区にも行ってみようかと思って」


「やってみましょう。試してみる価値は大いにあります」


「とりあえず出資のお話は断るわ」


 次の日はお休みの日だったけどネールと二人で新たな移動販売の場所を探すことにした。ネールがどうしても一緒に行くと粘るのだ。


 心配されてるわね。

 でも、ありがたいことと感謝しよう。





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