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21 泣くな

 ローランドの帰りは毎晩遅い。夜は家庭教師の仕事が立て込むからだ。生徒は既に八人に増えてるらしい。


 私は今、自分に母が残してくれた言葉を言い聞かせている。


『ちゃんと話し合いたいなら泣いちゃだめ』


「男の人と話し合いをしたいと思ったら泣いてはだめよ。涙で解決できることなんて、たいしてありはしないんだから」


 その時は(突然何だろう)と思ったけれど、今ならわかる気がする。両親のような仲良し夫婦でも波風が立つことはあったのだろう。



 やがてローランドが帰って来た。


「ただいまルイーズ」

「おかえりなさいローランド」

「移動販売はどうだった?」

「完売したわ」

「すごいね。おめでとう」

「ありがとう。さ、夕食を食べてね。話したいことがあるの」


 ニコニコして食べ終わるのを待った。ローランドが夕飯を食べ終わってお茶を飲んだところで切り出した。


「ローランド、父さんに手紙を書いたのね。ネールがうっかり漏らしたわ」

「あ」

「どうして私に相談もせずにそんなことを?」


 ローランドの目が泳いでいるのが可愛くて(なんか、もういいか)と許してしまいそうになるけど、グッと我慢した。


「その、君が次第に元気をなくしているから心配だったんだ。君は弱音を吐かないから、倒れるまで頑張ってしまいそうで」


「健康管理が出来なくて心配させたことは謝ります。ごめんなさい。でも私に内緒で父に知らせたりネールを呼んだりされるのは心外です。ひとこと言って欲しかったわ」


「そうだね。悪かった。君は言っても『大丈夫』と言って聞かないような気がしたんだ。君に相談して断られたら、もうネールさんを呼ぶ機会を失うと思ったんだよ。でも次はちゃんと話し合うよ」


「私が言っても聞かないかどうか、一度は試して欲しいです。お願いします」

「そうだね。わかった。俺が悪かったよ」



 シーンと静まり返る室内。



「はい、話し合いはおしまい。心配してくれてありがとう」


 椅子に座っているローランドに後ろから抱きついてローランドの頭に私の頭をグリグリする。そのまま背後から話しかけた。


「気が強い妻は嫌いですか」

「いいや。好きですよ」

「よかった。さ、明日の仕込みをしなくちゃ」

「え?」

「なあに?」

「甘えてくれるのはもう終わり?」

「あ、ごめんなさい。スープの仕込みが」


 ローランドが苦笑していた。


 明日は鳥もも肉を皮付きで焼いて魚醤とお酢と胡麻油のタレをかけた物がメイン。付け合わせはハムと豆のサラダ。それに野菜スープ。パンは丸パン。よしよし。美味しそう。


 安定して売れるようになったら人を雇おう。今は良くてもそのうち疲れが溜まるだろうから。


 人手が増えたらお菓子も作って売ろう。食後に少しだけ甘い物が欲しい人、きっといるはず。


 そんなことを考え出すと止まらなくなる。料理は楽しい。食べて喜んでもらえるのは嬉しい。移動販売は幸せになれる仕事だ。


 仕込みが終わったら遅い時間だった。ベッドに入ったら足先が冷えてるのに気がついた。ローランドがスルリとベッドに入ってきた。


「体が冷えてるね」

「うん」

「足が氷みたいだよ。俺の足にくっつけて」

「ローランドの足は温かいわね」

「痩せたなぁ」

「ご心配をおかけしました」

「日に日に痩せていくから不安だったよ」

「動かないからおなかもすかなくて」

「俺、家でできることは持ち帰るようにするよ」

「それは私を甘やかしすぎ」

「王都が合わなければ引っ越すよ?」

「ここにいる。あなたと一緒ならそれでいい」

「ルイーズ、すまない」

「なにが?」

「俺のせいで君をイーダスから引き離した」

「それ、また言ったらげんこつで殴りますよ」

「そりゃ怖いな」

「ふふふ」



♦︎



 翌日は待っていてくれる人が三人いた。二日目にしてこれはありがたい。


 家で下味を付けておいた鶏肉をどんどん焼いて包丁で切っていく。豆とハムとのサラダを載せていく。丸パンは別売りにしたけど、希望する人は結構いた。


 あらかた売れて人が途切れたところでネールが話しかけてきた。


「ルイーズ様、昨夜は?」

「穏やかに話し合いできたわよ」

「それはようございました」

「心配かけちゃったわね」

「心配するのが年寄りの仕事ですから」

「ありがとうネール」


 ネールは笑って私の右手を両手で優しく包んでぽんぽんしてくれた。


 売り物が残り少なくなってきた頃、上等な服装の女性がやってきた。


「まだ残っているかしら」

「あと五人分くらいなら」

「では五人分を。うちの従業員たちが喜んでいたわ。懐かしいお袋の味だって」

「ありがとうございます」


 女性は四十代くらいか。裕福そうな人だった。


「料理は毎日変わるの?」

「はい。そのつもりです」

「毎日自分で作ったサンドイッチを食べるのに飽き飽きしていたのよ。近所のお店は混んでるし。助かるわ」

「そう言っていただけて嬉しいです」


 盛り付けが終わり、五人分なのでどうやって運ぶのだろうと思っていたら若い男女がやって来て運んで行った。


「やっぱり男の人を雇おうかな。近くまでなら配達もできるし用心にもなるし」


「そうですね。儲けは減りますが長い目で見ればその方が良いかもしれません。信用ができる人からの紹介があるといいんですけどね」


「信用できる人、ね。悲しいことにまだそういう知り合いが一人もいないのよ」


「いい方法を一緒に考えましょう」


「ネール、ありがとう。あなたがいてくれてどれだけありがたいことか」


「思いがけず張りのある暮らしができて、私の方こそお礼を言いたいところでございます」

 

 

 まだ人脈を築けていない私だけど、数少ない王都の知り合いが助け舟を出してくれることになった。



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