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2 山の村の紫水晶

 家に戻り、ベントニオに水を飲ませて身体を拭いてやる。


「夜にまた少し歩こうね」


 首を撫でながら話しかけるとベントニオはルイーズの手に顔をこすりつけてきた。生まれて数日後から走るのが好きだったベントニオの名前は「黒い風」という意味だ。


 今日は山の村に行く。林業で生計を立てている人が多いから、鍛冶屋お勧めの道具類と砥石。あとは小麦粉、調味料、果物、魚の干物、本、石鹸、焼き菓子、茶葉、布地、リボン、刺繍糸、化粧品。何でもありだ。


 ルイーズはぎっしり積まれている品揃えを見ると、なんとも言えない満足感を覚える。


 ルイーズの移動販売だけでなく、ラカン商会自体が何でも屋で、初代は馬一頭で品物の仕入れから販売までをこなした人だ。二代目は店を構えて商売を大きくした。


 そしてルイーズの父にして三代目のマチアスの代になると、事情があって働きたくても仕事に就きにくい人に声をかけては建築屋、酒場、雑貨屋、床屋、肉屋、古着屋などを開いて商売を任せてきた。


 だめになる店もあったが繁盛する店もあって、今、マチアスが管理している仕事は多方面に渡ってイーダスの街を支えている。しかし裏方に徹しているのでそれを知る人は少ない。


 父の直属の部下たちも訳ありの人が多く、彼らがいる中で育ったルイーズはすっかり強面こわもてな男たちに免疫ができてしまった。


 ルイーズが移動販売をする時に必ず護衛としてついて来てくれるコズモもその一人だ。何か人に言いにくい過去があることだけは父から知らされている。「コズモに昔のことを聞くな」と。


「お嬢、準備が終わりました」

「はーい。じゃあ行きますか」


 出かけようとして

「あっ、お化粧してないわ」

 そういうと

「つまらん男を釣り上げても面倒ですからそのままでいいです」

と渋い顔で言う。


 父と同年代のコズモは足音をさせない。気配も感じさせない。細い身体に浅黒い肌は異国の血を感じさせ、暗めの銀髪と赤みの強い茶色の目は目つきが鋭くて、見るからに「危険な男」な印象だ。噂では酒場ではたいそう女たちにモテるらしい。


 移動販売用の馬車は小型だがギッシリ荷を積んでいるので、馬はベントニオの兄のソリーゾと母馬のカリータの二頭だ。

 

 二頭を馬車に繋いでコズモとルイーズは外の御者席に腰を下ろす。パシンと手綱を鳴らせばカリータが主導して移動販売の馬車は出発した。


 ソリーゾは「笑顔」カリータは「慈母」という意味の名前だが、これがまあ気の強い慈母で、狼四頭に囲まれた時には、狼を威嚇し、それでも噛みつこうとした相手は蹴り飛ばしたという武勇伝の持ち主だ。


 馬車は順調に進み、イーダスの街から三時間ほどたった。ここから目的地までは緩い上り坂が続く。





「待ってたよ、ルイーズちゃん」

 

 村の入り口に何人もの女の人たちが立って待っていてくれた。

 

 ルイーズの選んだ日用品は評判がいい。「痒いところに手が届くような品揃え」と喜ばれてどんどん売れていく。


「わあ、この本可愛い」

「果物が新鮮ね」

「こんなリボンが欲しかったわ」


 ルイーズの運ぶ品は女たちにいつも人気だ。街まで往復に一日近くかかるこの辺りでは、ルイーズが運んでくる品は貴重だ。王都でしか売られていない新しい柄のリボンなら尚更だ。


(そうでしょう、可愛いでしょう)


 ルイーズは子供の頃に繰り返し見た夢の中で、こんなお店に自分も毎日通っていた。狭いけど何でもある、いつでも開いてる夢のような店だった。その夢の中の店を忘れがたくて移動販売を始めたのは誰にも内緒だ。


 男たちにも鍛冶屋お勧めの新品の斧やノコギリ、髭剃りに使うための質の良い石鹸などが喜ばれ、そちらもどんどん売れる。


 小麦粉や調味料もあらかた売れ、馬車はほぼ空だ。帰りはそこにこの村の工芸品を積んで帰る。


 コズモはいつものようにあちこちの奥さん方から話しかけられている。これがまた渋くていい男が少し照れたような顔で相手をするものだから、若い娘たちから孫のいるような年代の奥さんたちにまで取り囲まれている。


 コズモは「愛想振り撒くのも商売のうち」と割り切っているようだが、帰り道は毎回疲れた顔をしている。申し訳ない、とルイーズは心で謝る。


 さて、ルイーズの仕事の半分はこれからだ。畑仕事や林業の仕事ができなくなった老人たちが作る手芸品や細工物を仕入れるのだ。


 老後の生き甲斐として作られていたそれらは王都でその手の店に並べれば高く売れる。手間を惜しまず作られた織物、小ぶりな彫刻、刺繍された小物、木工細工を全て買い上げて街で売る。


 今までも街に出る村人に託して売ってはいたそうだが、販路が無いために売れなかったり買い叩かれたりしていたらしい。


 これは移動販売を始めたばかりの頃、老人たちが眺めるだけで買い物をしないのに気づいたことから始まった。人懐こいルイーズはそんな老人たちに話しかけ、孫のような年のルイーズは老人たちに可愛がられて手慰みに作った物だとさまざまな物をプレゼントされた。


 ルイーズその質の高さに驚いた。複雑な模様を織り込んだ布や、端材で作られた木製の細工物は十分売り物になるレベルだった。


 そこでルイーズは老人たちが作った物を買い上げることにした。


 足腰が弱って買い物に出られない彼らにこそ移動販売は必要だ。山や畑では働けず現金収入の無い彼らにとって、ルイーズとの商売は幾重にもありがたがられた。


「ありがとうね、ルイーズちゃん。私らは人の世話になるばかりだったのに、ルイーズちゃんのおかげでまた働けるよ」

老人たちは皆お礼を言う。


「儲けさせてもらってるんだから、お礼を言うのは私の方よ」


 そんな会話を何度繰り返したことか。



 今日、ルイーズはとある品に目を留めた。四角形にカットされた紫水晶を編み込んだ革紐のブレスレットとペンダントだ。ネールさんはいつも木の実や綺麗な川の石を編み込んでいるのに、今回は水晶とは。


「ネールさん、この紫水晶はどうしたの?」

「ああ、それは最近この村に流れ着いた人がくれたんだよ。私に世話になってるからってさ」

「ふうん。そうなの」


 ネールさんはだいぶ前に手芸品を選んでいたルイーズに向かって

「好きな人と添い遂げられなくても、思い続けるだけの人生もまた味わい深いもんだよ」

と語りかけてルイーズの心臓を飛び上がらせた人だ。


 いまだになぜネールさんがあんなことを言ったのか怖くて聞けないままでいるが、そのうち話を聞いてみたいとは思っている。


 ルイーズがそんなことを考えていたその時、ガタンと音がして納屋のドアが開き、ひげが伸びた若そうな男が顔を出した。


「ああ、水晶をくれたのはあの人さ。納屋でいいから住まわせてくれって」


 ところが男はいきなりドアを閉めて引っ込んでしまった。なかなかに愛想が悪い。




 帰りの馬車でいつも通り人疲れした顔のコズモにルイーズが紫水晶の持ち主の話をした。


「目は合ったんだし挨拶くらいしてくれてもいいと思わない?」

「それは男でしたか女でしたか」

「男の人。チラッとしか見えなかったけど、若いと思う」

「水晶を見せてもらえますか」


 コズモは馬車を停めてじっくりとブレスレットの紫水晶を検分して「チッ」と舌打ちするとルイーズに告げた。


「お嬢、村に戻りますよ」

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