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19 おのぼりさん

「なるほど。だいたいわかりました。ルイーズ様、正直に申し上げますがローランド様は間違っておりません。過保護でもありません」


「えええ」


「王都の人間から見たらルイーズ様が王都に慣れていないことはひと目でわかります。悪い奴から見たら、いいカモです」


「えーと、どの辺が?」


「まず、歩く速さが遅すぎます。それにキョロキョロしすぎです。財布の入ったバッグの持ち方も緩すぎます。おのぼりさんだとひと目でわかります」


「そんなに?」


「そんなにです。ローランド様は傷つけると思ってはっきり言えなかったんでしょう。だからルイーズ様を一人で外出させたくなかったんです」


「そうなの……」


「それで、あの男ですが。いいとこのボンボンみたいですけど、ルイーズ様に気があるのが見え見えです」


「……」


「あんなのに気を許してはなりません。もしローランド様が知り合いの女性と二人でお茶を飲んでいたらルイーズ様はどう思います?」


「それは……嫌かな」


「だったらご自分もビシッとお断りするべきです。相手が傷ついても知ったこっちゃありません。相手はルイーズ様のそういう優しいところにつけ込んでいるのですから」


「そんな、つけ込むだなんて。そこまで悪い人じゃないと思う」


「悪い人ではなくても図々しい人ではありますよ。ルイーズ様がご結婚されてるのを承知であのように近づいて来るんですから。既婚の女性は責任を取らずに遊べる、くらいに思っている人は多いんです」


「クリストフさんがそんなに悪い人とはとても見えないけど」


「では、そもそも相手がコズモだったらあのボンボンは同席したでしょうか?」


「それは、確かに。はぁぁぁぁぁ。王都はそこまで怖い所なのね」


 思わず頭を抱えてしまった。こんなことで移動販売なんてやれるのだろうか。


「イーダスのお屋敷の方はメイドを雇いました。アラン坊ちゃんも懐いてらっしゃいます。ルイーズ様は無理をしているのではないかと旦那様はご心配なさってました。旦那様は私にこちらの手伝いをして欲しいとのご希望です。ルイーズ様にお子様が生まれたら、どちらにしても誰かを雇わねばならないのですし」


「私、元気だって書いたのにほんとに父さんは心配症ね。ふぅ。ねえ、ネールのことはローランドに相談してからでもいいかしら」


「もちろんです。そうそう、もうひとつ言い忘れていました。往来で奇抜な化粧や服装の人を見ても、ぽかんと眺めるのはおやめなさいませ」



♦︎



 帰宅したローランドはネールを大歓迎した。


「助かったよ。ルイーズはそのうち我慢できずに王都に不慣れなままで仕事を始めそうでハラハラしていたんだ」


「そうでしょうとも。ルイーズ様はコズモや旦那様にガッチリ守られてお育ちですから、他人の悪意に気がつかないんですよ」


「そうなんだよ。全然人を疑わないから心配で心配で」


 くぅぅ。散々な言われようだわ。


 そう言うことでネールは近くの貸し部屋を契約して我が家に通うことになった。移動販売の手伝い、というか用心棒もしてくれるらしい。ネールの給金はローランドが持つことで話が決まった。


「五十八歳に用心棒をしてもらう十九歳ってどうなの」

「ルイーズ様は王都の住人としては十歳ほどです」


 そうですか。わかりました。早く実年齢に追いつくよう頑張りましょう。ええ、頑張りますとも。



 その夜、久しぶりにネールと二人で料理をした。母さんが教えてくれた豚肉と野菜の煮込みだ。懐かしい。


「ルイーズ様が王都の生まれ育ちならここまで心配はしないのです。出しゃばりだとお思いでしょうが、しばらくはお手伝いさせてくださいませ」


「出しゃばりだなんて思ってないわ。心細かったし。でも、今でも王都にそんなに悪人が多いって実感がわかないわ。パン屋さんだってカフェの人だって感じがいいし」


「そこがルイーズ様の良いところでもあるのですが、危なっかしいところでもありますね」


 そう言うネールの顔はまるでお母さんみたいな慈愛の表情だ。


「海で溺れたことがない人は溺れる怖さがわからないものですが、だからといって溺れる経験など、一度もない方がいいのです」

 

「そっか」


「さあ、そうと決まったら二人でバリバリ稼ごうじゃありませんか」


「稼げるのかしら私に」


 ネールはなんとも言えない顔で私を見た。


「少しの間にすっかり自信を失ってしまって。あんなに明るく元気だったお嬢様が」


「実は私、王都で暮らし始めてからずっと自分は無力だなと思う気持ちに蓋をして暮らしてきたの。何もかも情けなくて。全部をローランドに頼ってばかりなのが……」


「大丈夫です。お二人でなんとかやれますよ。それに私がおります。私は王都生まれの王都育ちですから悪い奴にはすぐ気づきます。だてに歳は重ねておりません」


「うん。ありがとう。ネールに負担をかけ過ぎないよう、私、頑張るから。それより、ネールは王都の育ちなのね。知らなかった」


「いい女は秘密があるものでございます」



♦︎



 夜、ネールが宿に帰ってから、ローランドに謝られてしまった。


「結局ネールさん頼みになってしまったな。俺が守ってやりたかったんだけど。ごめんよ」


「いいの。あなたは一日も早く仕事を見つけたがっていたもの。私が全てに不慣れなせいで助けられてばかりね。私がもっと……」


 ローランドが私の頭をガシッと胸に抱え込んだ。


「なになに!苦しい苦しい!ぷはっ。どうしたの?」


「俺はルイーズのおっとりとお日様みたいなところが好きなんだ。だからそんなことを言わないでくれ」


「うん」


 私だっていつまでも甘やかされてばかりではいないわ。いつの日かみんなに頼られる人になれるよう、努力するからね。


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