17 この先もずっと
馬車は順調に進み、宿場町に着いたところで問題が発生した。宿が全部塞がっているというのだ。
聞けば近くの石造りの橋が老朽化してつい数日前に落ちてしまい、工事のために集まった人夫たちが大勢泊まってどこも満室らしい。
「すまない。今夜は野宿になりそうだ」
「私なら平気です。野宿をしたことがないので、むしろ楽しみです」
それは本心だったけど、ローランドはやたら申し訳ないと繰り返す。
「誰も悪いわけではないのですから、謝らないで」
「ありがとう。そう言ってもらえると助かる」
実はこんなことがあるかもしれないと、こっそり持ってきた保存食の出番じゃないの。
あんまりたくさん積み込んだからネールさんにもコズモさんにも若干呆れた顔をされたけど、持ってきて良かった。
宿場町の近くの森に馬車を停めてローランドが手早く場所を整えてくれる。下草を払い毛布を敷いて今夜はここで眠る。雨は降りそうもないし、暑くも寒くもないのだから野宿にはもってこいよ。
火を起こして鍋に湯を沸かしていると、あの馬車が近くに止まった。胃痛の人と息子さん。
「やあ、あなた方も野宿ですか」
声をかけてきたのは息子さん。
「仕方ありません。橋の復旧が最優先ですから。王都に向かう道の橋じゃないだけありがたいと思わないと」
そう答えるローランドに息子さんが意外な提案をする。
「薬でお世話になった上にお願いするのは恐縮ですが、もしご迷惑でなければ隣で一緒に野宿させてもらえませんか。僕たちは野宿するのは初めてで困惑しているのです」
ローランドがどうする?と目だけで尋ねてくる。
「私たちはかまいません。保存食もたっぷりありますから、一緒に食事もいかがですか?」
「それは、本当に助かります。遅れましたが、僕はクリストフ、父はエドモンドと申します」
「俺はローランド、彼女はルイーズだ。よろしく」
ローランドと息子さんが一緒に下草を払いあちらも毛布を敷く。商人の娘としては見るからに高価そうな毛布に(やっぱりすごいお金持ちなんだわ)と思ってしまう。
鍋を火にかけて乾燥野菜、干し豚肉、岩塩、ニンニク、生姜、ごま油でスープを作った。小麦粉に塩と水を入れてこねて少しずつ丸めて沸騰し始めたスープに落とした。
ローランドも馬車の親子も興味深そうに見ていて緊張する。最後にとっておきの黒胡椒を振って出来上がりだ。
「ほう、うまそうな香りだ」
「たくさんありますから、お口に合うようでしたらおかわりもどうぞ」
全員で食べ始める。お団子にスープの味がしみしみで美味しい。ニンニクと生姜たっぷりだから体も温まる。
「美味いな」
しみじみとした口調でエドモンドさんが言う。
「いやぁ、こんな美味いものが食べられるなんて思いませんでした。町でパンでも買って食べようかと思っていたんです。助かります」
クリストフさんも笑顔だ。
「ルイーズがこんなに食材を持って来ていたとは知らなかったよ」
「えへへ。コズモさんやネールさんに呆れられたけど、持って来て良かったわ」
食べ終わってくつろいでいたら、ローランドがクリストフさんに話しかけた。
「つかぬことをお尋ねしますが、なぜエドモンドさんたちは護衛を付けていないのですか?」
ローランドがそう言うと二人は気まずそうな顔になった。
「その、出先でいろいろうまくいかないことが続いたのですが、父が護衛たちに癇癪を起こしまして。隣町に行くだけだからと帰してしまったのです」
「いやはや、全く面目ない」
エドモンドさんは恥ずかしそうだ。
「イライラしたのも胃痛の原因かもしれませんね。父にはいい勉強になったでしょう」
クリストフさんは冷静だ。
「それでお二人はどちらまで?」
エドモンドさんが話を変えた。居心地悪かったのね。
「俺たちは王都までです」
「お嬢さんの護衛は頼りになりそうだ」
え?
勘違いされてる。用心のためにローランドは傭兵装備だから勘違いされても仕方ないけどね。ローランドは苦笑しているけど、私が正さねば。
「いえ、彼は夫です。守ってくれていますけど、護衛ではありません」
カチャッ。
クリストフさんがスプーンをお皿に落として驚いている。そんなに私たちは夫婦に見えないのだろうか。
「父が失礼しました。ご主人の服装が傭兵さんのようでしたので、私も勘違いしました」
「いえ、俺は少し前まで傭兵でしたから。それにこの装備だと野盗にも狙われにくいんです」
そのあとはなんとなく気まずい雰囲気になってしまった。私もローランドもいろいろ話しかけたんだけど。気まずい空気のままそれぞれに分かれて眠ることになった。
翌朝は昨夜の残りを温めて済ませ、それぞれ別々に出発した。エドモンド親子はあと半日で家に着くそうでそうで、二人ともホッとしている。
またお礼をするという二人に「さすがにもうお礼は受け取れない」と断って出発した。それからずっとローランドが無口だった。
「どうしたの?疲れましたか?」
「いや」
「私が何かしました?」
「いや」
こういう時、どうしたらいいのかなぁ。そっとしておくほうがいいのかなぁ。
すると、しばらくしてローランドがやっと口をきいてくれた。
「すまない。君は何も悪くない」
「どういうことでしょう」
「クリストフのことだ。彼は君が気に入ってた」
「そう?普通に見えたけど」
「最初は俺と君の関係がわからないからそうしていたんだろうけど、夫婦と聞いた途端にガッカリしてた」
「でも、もう会うことがない人たちだし、あなたが気にすることはないと思いますけど」
ローランドは返事をしない。どうしたものか。夫婦をやっていくのはこうした小さな試練というか分岐点がたくさんあるのだろうと思う。
「君はいいところのお嬢さんだし、美人だし、俺よりかなり年下に見える。外から見たら不釣り合いに見えるんだろう。この先もこういうことは何度も起きるんだろうなと思ったら、つい。すまなかった」
「ふふふふ」
「笑い事じゃないよ」
「私はビアンカさんがずっと羨ましかったわ。彼女がいなくなってからは彼女を恨んでました。私の大好きな人を傷つけたと思って」
しばらくローランドは黙っていた。
「そうか」
「そうです。それでも私はあなたを諦められなかった。だから結婚できた今は誰が私をどう思おうと関係ないんです。この先もずっとあなただけが好きだから」
「そうか」
「だから安心してください。私が好きなのはあなた一人だけです」
完結じゃありませんよー。